No.202
1998.1

ISASニュース 1998.1 No.202

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第13回 電子陽電子消滅線

宇宙科学研究所   高橋忠幸


 宇宙では,高いエネルギーの電子が元となって起こる現象が数多くあります。この講座でも,この電子が磁場の中を走る時に放出する光や,高速で動いている電子が光子をはじきとばして,とても高いエネルギーのガンマ線にたたきあげる現象などが登場してきました。

 世の中の素粒子には必ずその反粒子と呼ばれる粒子が存在します。陽子には反陽子,中性子には反中性子,電子には陽電子といった具合です。陽電子は電子と同じ重さを持ち,電子が負の電荷を持つのに対して,陽電子は正の電荷を持ちます。宇宙では,この陽電子も,電子と同じ基礎過程にしたがって運動し,電波やX線あるいはガンマ線の放出に大切な役割を果たしています。

 電子が安定で,真空中では他の粒子に崩壊しないように,陽電子も安定です。ただし,電子と陽電子が出会うと光子を出して消滅します。陽電子を物質中に入射すると,運動しているうちにだんだん速度が遅くなり,最終的に電子と対になって消滅し,2本(まれには3本)の光子を放出します。2本のガンマ線が出る場合は,電子(陽電子)の質量と同じ511キロ電子ボルトのガンマ線が反対の方向に二つの光子として放出されます。このガンマ線を電子陽電子消滅線といいます。宇宙からのガンマ線を観測しているガンマ線天文学者は,この20年来,わが銀河中心付近でこの電子陽電子消滅線が存在する事を報告してきました。特に最近では,コンプトンガンマ線衛星が銀河中心から電子陽電子消滅線が吹き出ている様子を発表し,非常に注目を集めています。


図:コンプトンガンマ線衛星によって,得られた銀河中心付近の
電子陽電子消滅線(511キロ電子ボルト)の分布。       
銀河面のそって拡がった成分の他に,銀河中心の球状の分布と,
上方に向かって噴き出しているような分布が見れる。この噴き出
しは,「電子陽電子線の噴水」と呼ばれている。       

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 陽電子は,様々な物理現象の中で作り出されます。例えば,電子と陽電子を合わせた重さよりも大きなエネルギーを持った光子(エネルギーと質量はエネルギー=質量×(光速の自乗)という関係式で結ばれます)が物質にあたると,原子核のクーロン場で電子と陽電子の対が発生します。また,光子の密度が高い場所を高エネルギーのガンマ線が通過すると,光子と衝突して,電子と陽電子の対が生まれます。非常に高温の状況ではこうした電子と陽電子の対が沢山発生していると考えられています。したがって,わが銀河の中心に,非常に大きなブラックホールがあり,それがなんらかのメカニズムで陽電子を作り出しているのではないかというように想像する人もいるわけです。

 超新星爆発の時に作られるような不安定な原子核がより安定な原子核に崩壊する時に,陽電子が放出される場合があります。原子核が崩壊する過程で,陽電子が宇宙空間にまきちらされていき,宇宙空間をさまよった末に,電子と出会って電子陽電子消滅線を出して消滅するわけです。陽電子が電子と出会って消滅するまでの時間は周りの環境によって異なります。元々の陽電子のエネルギーが数メガ電子ボルトのような場合には,厚い降着円盤の中では瞬間ですが,低密度の星間物質の中では,消滅するまでに10万年以上かかります。したがって,銀河中心付近の電子陽電子消滅線の集中は,はるか昔に起こった爆発的な星形成の証拠を示しているのかもしれません。

 消滅反応が高温プラズマの中で起こる場合は,511キロ電子ボルトのラインに拡がりが,また中性子星の表面のように強い重力場で起こる場合には,赤方偏移したラインが観測される可能性があります。このように電子陽電子消滅線は,その元となる陽電子の分布,生成の原因,そして消滅を起こす場所の状態を知ることのできる大切な観測対象と考えられています,しかし,こうした現象をきちんと研究するためには,数百キロ電子ボルトからメガ電子ボルトにかけてのエネルギー範囲にかけて,格段に感度が高く,精度の高いイメージがとれるガンマ線望遠鏡が必要です。近い将来,こうした次世代の検出器が登場し,活躍する事が期待されます。

(たかはし・ただゆき)


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