No.202
1998.1

ISASニュース 1998.1 No.202

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モスクワ上滑りの記

松尾弘毅

 12月5日名古屋へ。三菱重工の飛島,小牧両工場を見学させて頂く。学生時代以来であるから,実に30余年ぶりということになる。荒川さん他の方々に大変お世話になった。

 翌早朝,大阪府大で開かれたスカイスポーツシンポジウムヘ。紙飛行機の話あり,島人間コンテストの話あり,ラジコンの話あり,参加者もちょっと毛色が違う。これは別に私が島人間になって何処かへ行ってしまいたくなった訳ではなく,主催の日本航空宇宙学会長としてのご挨拶。

 これを助走として8日モスクワヘ。今回ホストのIKIから,空港に車をまわすからタクシーには乗るなとの指示あり,その通りまずは無事に拾って貰う。ほゞ同時刻にイベリアとアエロフロートの2便あり。アエロフロート組の話では,空いていてサービスも大変よかったとのこと。降り際に美人のスチュワーデスが「どうもありがとうごぜえました」と挨拶してくれたそうである。オリンピック施設近くのルネッサンスホテル泊。200ドルなり。当初は300ドルのホテルが用意されていたが,勘弁してもらった結果である。ホテル内料金表示は,1ユニット。そのすぐ下に1ユニット=1ドルと印刷されており,他に1ドル=6000ルーブルとの手書きの表示がある。

 9日,幹事会ならびにワーキンググループ。手空き組は三々五々市中へ。「12月のモスクワでどうしてもやるなら空港で会議を開いてくれ」というのが私の意見であったが,それでも市中へ。1986年ハレー彗星への探査機最接近の折以来のモスクワである。クレムリンから国立百貨店のGUMへ。売っているものはNIKEとかSONYとか我々にはあまり魅力がない。移動にはもっぱら地下鉄を使う。ほゞ満員で2000ルーブルなり。気温は-5°から-10°,帽子を除けば東京での真冬の装備で何とかなるものである。ただ,滑りそうで歩くのにはとても気を使う。

 10日,IACG本会議。我々の本努が何であったかについては別稿参照のこと。夜はIKI招待で郊外のレストランへ。本稿執筆予定であることを予告したところ,「ふだんから変な人間が変わったことをしても記事にはならないんでしょうな」と小川原先生。含蓄のあるお言葉である。バスからの風景がドクトルジバゴじみてきたなどと云っているうちに目的地着。バスから数十m歩くのも寒いので,飛び込んで早くドアをしめてなどと云いながら並んでクロークにコートを預けているうちに案内の女性から声あり。店が違うとのこと。野中の一軒家であるから隣と間違えたわけではない。豪快なものである。

 11日本会議続行。朝上杉君から電話あり。ウォッカを飲みすぎて帰りのバスの車中から今朝までの記憶が全く欠落しているとのこと。バスの中での話の方がよっぽど筋が通っていたと云っておく。本会議終了後,All Russian Exhibition Center (旧BDHX)へ。90余りのパビリオンを有するモスクワ名物の大展示場と聞いていたが,敷地内には本来の展示館のほかに同一規格の小店(10m2程度か)が多数出ていて売っているものはGUM同様。人出は結構あるが店にはほとんど入っていない。ちょっと不思議な風景であった。さて,中心にあるお目当ての宇宙館は真暗で,リヤカーが行きかい人が溢れている。どうやら電気製品などの小規模な問屋街(といってもほとんど倉庫)になっているらしい。奥の方に僅かにガガーリンの写真とアポロソユーズの模型が展示というよりは放置されていて,何とも我々には悲惨な光景であった。そのあと近くのコロリョフ記念館にそれでも延々と歩いて行くと,閉まっていた。格別に荒れているわけではなく何となく閉まっている感じ。夜はスタニスラフスキ劇場にてバレエ「ロミオとジュリエット」を謹んで拝見。手にした地図が3枚とも間違いあるいは不親切で,行きつくのに大騒ぎであった。事前の腹拵えは近くの日本レストランで。焼そばにビールで10万ルーブルなり。豪勢でしょう。我々のほかにも結構若いカップルが鮨などをつまんでいる。迎えのバスが見付からず(と思いたい),全員終電間際の地下鉄で帰る。

 12日,アルバート街散歩ののち夜の便で帰日。

 今回は全般に珍談の類いが少なかった。年を取って反応が鈍ったことゝ,ほんとにボケルにはもうほんのちょっと間があるというところか。

 翌日からモスクワに大寒波。残念。

 3,4日寒い中を歩いたからと云って別に何も分かりませんでした。

(まつお・ひろき)


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