No.302
2006.5

ISASニュース 2006.5 No.302

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スペースVLBI衛星「はるか」 その1 

井 上 浩 三 郎 


「はるか」


 工学実験衛星の2番機であるMUSES−Bは、軌道上での大型アンテナ展開をはじめ、精密姿勢制御、多周波低雑音受信、大容量データ伝送、位相基準信号の伝送、高精度軌道決定などの工学実験、ならびにスペースVLBIによる電波天文観測を行うことを目的として、1997年2月12日、新型のM−Vロケット1号機によって、内之浦から打ち上げられました。近地点高度220km、遠地点高度2万1000km、軌道傾斜角31度の軌道に投入され、「はるか」(HALCA;Highly Advanced Laboratory for Communications and Astronomy)と命名されました。重量は約830kgです。


有効開口径8mの展開アンテナを衛星本体に取り付けての振動試験。
試験中にアンテナの状態を近接目視チェックする面々。



初期運用状況

 軌道に乗った衛星の内之浦での第1可視で、太陽電池パドルの展開とKuバンドアンテナの展開が確認され、電源系をはじめとするさまざまなバス機器の動作はすべて正常でした。しかし、衛星の姿勢が予定した太陽角から外れており、かつ角速度制御が予想した状態と異なっていたため、いったんセーフホールド制御に待避し、翌日の第2可視において正規の3軸姿勢制御を確立しました。2月14日から近地点高度を上げるため、RCSによる軌道制御を3回にわたって行い、近地点高度560km、遠地点高度2万1400km、軌道傾斜角31度、軌道周期6時間20分という、実験や観測を行うのに必要な軌道を実現しました。そして2月24日から28日にかけて、本衛星の重要課題であった大型アンテナの展開実験を行い、有効開口径8mの主鏡面の展開、ならびに副反射鏡の伸展に成功しました。

 搭載した観測系機器の初めての電源投入は2月18日に行われ、VLBI観測システムとしての搭載観測系の基本的性能を順次確認した上で、3月24日、天体からの電波の初受信に成功しました。5月7日には「はるか」と地上電波望遠鏡との間の干渉実験に入り、5月13日、「はるか」と臼田(64mアンテナ)間で干渉縞の検出に成功しました。この成功により、「はるか」がスペースVLBI衛星として基本的な機能を満たしていること、臼田地上局、相関装置など地上系を含めてスペースVLBIのための基本システムが実現していることが確認されました。世界初のスペースVLBI衛星が誕生したのです。


射場で行った修復作業

 それにつけても思い出されるのは、相模原での長期にわたる衛星総合試験を無事終了し、衛星を内之浦へ運んだ後のことです。射場での試験も順調に進み最終整備も終えて、衛星をロケットに引き渡す日の最後のチェックにおいて、太陽電池パドルを押さえているワイヤーのテンションが規定を若干外れて緩んでいることが発見されました。

 予想もしないトラブルで、調査した結果、ワイヤー受け金具を取り付けている衛星ハニカムパネルの座に問題があることが判明しました。強度計算の見直しなど、関係者による懸命の検討の結果、ハニカム(ハチの巣)構造の一個一個に充填剤を充填し補強すれば問題ない、との結論に達しました。材料の手配、徹夜で行った充填作業など、厳しいトラブル修復作業でありましたが、何とか間に合い、打上げに臨みました。その頑張りは見事でした。

 打上げ後、軌道に乗った衛星の太陽電池パドルが非可視のところで正常に展開したときのうれしかったこと。関係者の努力が実り、その処置が適切であったことが実証されました。また、この不具合を発見したこと自体が素晴らしいことです。最後まで衛星を慎重にチェックし、小さい問題点も見逃さなかった熟練技術者の目こそが、成功の鍵を握っているのだということの好例として、今後に受け継いでいかなければと考えています。

(いのうえ・こうざぶろう) 


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