No.297
2005.12

<宇宙科学最前線>

ISASニュース 2005.12 No.297 


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広大な宇宙に広がる小さな固体粒子を究める 

東京大学大学院理学系研究科 尾 中 敬 

 宇宙空間には,星間ガスと呼ばれる気体と一緒に,1ミクロンより小さな固体の微粒子がたくさん浮遊していることが知られている。彼らは,“星間塵”あるいはダストと呼ばれる,宇宙の塵である。この“ダストさん”たちは,星からの光を散乱したり吸収したりして遮るため,紫外・可視の天体観測では非常に煩わしい存在であり,どんなダストがどれだけ宇宙空間に浮遊しているかを知ることは,遠方の星や銀河の性質を正しく理解するために極めて大事な問題である。また,ダストは星間空間のエネルギー収支に大きな影響を与えるとともに,表面反応などを通じて星間空間の物質進化にも抜き差しならぬ役割を果たしている。出来たての銀河は,ダストに埋もれているかもしれない。また,我々が住む地球は,もともとはこれらの塵が積もって山となって出来上がったものだと考えられている。

 このように,ダストは我々の“起源”にも密接なつながりを持ち,宇宙空間のさまざまな現象に必ずといってよいほど付きまとっている重要な存在である。その正体を知ることは,さまざまな宇宙空間での出来事を理解する上で大きな意義がある。幸か不幸か,このダストの性質や特徴を表すスペクトルは可視域にはほとんどなく,重要なスペクトルバンドは地上から観測できない紫外線か赤外線域に集中して存在する。そのため,ダストについての主な情報は,大気圏外からの観測データから得られてきた。特に赤外線では,吸収した星からの光をダストが熱放射する。この熱放射光は,空いっぱいに広がって淡く光っているため,大気からの放射の強い地上望遠鏡では観測できない。その観測には背景放射を抑えた宇宙空間からの“冷却”望遠鏡が必須であり,ダストの研究には宇宙空間からの観測が重要な役割を果たすのである。

 ダストは,宇宙空間に存在する固体になりやすく量の多い元素の組み合わせから,炭のような炭素質のものと,石ころのようなケイ酸塩的なものが主成分だと思われている。しかし,本当にどんなものがどれだけあるかは,いまだにはっきりしていない。ダストの正体を明かすことは,現代天文学の大きな課題である。特に,いろいろなダストが宇宙空間のどこで生まれ,どのように育っていくのかを探ることは,これからの宇宙観測の非常に大きなテーマの一つである。


赤外線衛星観測が示唆した超微粒子ダスト

 まず,炭と石ころのようなダストがあるとすると,エネルギー収支から,宇宙空間では20K程度の温度に落ち着くと期待される。従って,熱放射のピークは,波長100ミクロンより長い遠赤外線にくる。1983年に打ち上げられた世界初の赤外線天文衛星IRASは,予想された遠赤外域の熱放射成分に加えて,拡散放射光の中間赤外線に非常に大きな超過成分を検出した。この現象は,1989年に打ち上げられたCOBE衛星の観測でも確認された(図1)。この驚くべき事実は,実は程度の差こそあれ,それ以前の研究で予想されていた現象であった。すなわち,10ナノメートルあるいはそれより小さいダストを考えると,熱容量が吸収する光子のエネルギーよりずっと小さくなることが簡単な計算から分かる。こんな小さなダストがあると,1個の光子を吸収するたびに温度が跳ね上がって短い波長に熱放射されることになり,観測された超過成分が説明できる。予期せぬ出来事は,このような“超”微小なダストがいっぱいあったことである。

図1 我々の銀河系からの赤外線拡散光のスペクトル。黒丸はCOBE衛星のデータ。破線は,通常のダストから期待される熱放射を示す。10〜60ミクロンの点線は,超微粒子による超過成分を示す。5〜12ミクロンのスペクトルは,衛星搭載赤外線観測装置IRTSの観測による。PAH構造を持つ物質からのバンド構造が見られる。5ミクロンより短い波長の放射は,ほとんどが暗い星からの光である。

 さらに,1995年に打ち上げられた日本初の衛星搭載赤外線観測装置IRTSや,ヨーロッパの赤外線衛星天文台ISOのスペクトル観測により,6から12ミクロンにかけての超過成分はなだらかなものではなく,6.2,7.7,8.6,11.3ミクロンにバンド構造を持つことが分かった(図1)。このバンドは,ベンゼン環を多数持つ多環式芳香族炭化水素( Poly-cyclic Aromatic Hydrocarbon:通常PAHと呼ぶ)と呼ばれる分子の一群に共通の特徴であり,炭化水素の小さなダストが宇宙空間にいっぱい存在することが示唆された。しかし,PAHというのはあくまでも分子の総称であり,個々の分子のスペクトルは非常に細かなバンド構造を持っている。一方,観測されるバンドには,分子に見られる細かな構造はない。いろいろな分子からの放射が重なって観測されていると解釈することもできるが,銀河系内で観測されるバンド構造は大きな変化が見られない。このことは,バンドがより安定した物質から放射されていることを示唆し,多くの分子の重ね合わせとする考えに,ややもすると疑問符を投げ掛ける。PAHの構造を含む,より安定な炭化水素の物質が宇宙空間に存在するのかもしれない。

 IRTSのデータを詳細に解析した最近の研究で,バンド構造の変化や,バンド強度と遠赤外線放射との相関の変化が,初めて銀河系内で明らかになった。この結果は,ダストの出自や消滅の原因を探る貴重なデータとなる。今,稼働中のSpitzer宇宙望遠鏡では,ISOで確認された16から18ミクロンにある関連するバンドを多くの天体で検出しており,このダストの性質を詳細に解明することが期待される。楕円銀河のような年老いた星が多い特殊(?)な環境では,ずいぶんと違ったバンド構造が見られることも分かってきた。2006年打上げ予定のASTRO-Fは,IRTSの成果を発展させ,銀河系のさまざまな領域や近くの銀河に対して,このダストからの放射の変化を観測的に明らかにし,その起源を解明することが期待される。

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赤外線衛星観測で分かってきたダストの新しい仲間たち

 固体の格子振動は,赤外線域に集中している。最近の衛星観測では,これまで知られていなかったダストバンドを多数発見し,新しいダストの仲間たちの存在を明らかにした。宇宙空間のダストは,これまでガラスのように結晶化していない石ころが主流だと考えられていたが,ISOによる年老いた星や若い星のスペクトル観測により,結晶質の石ころも存在することが分かってきた。結晶化が進化のどの段階でどのような過程を経て進んでいくのかは,太陽系の起源とも結び付く,今最もホットな話題の一つである。

図2 竜骨座大質量星生成領域(可視域の写真)と赤外線スペクトル。実線は丸で示された位置のISO衛星によるスペクトル。破線は四角で示された位置のSpitzer宇宙望遠鏡のスペクトル。22〜24ミクロンにかけての幅広いバンド構造が見られる。

 結晶質の石ころのバンドは,星の周りには見られるが,普通の宇宙空間からの熱放射には見られないので,いわゆるダストとしてはまだマイナーな存在である。PAHのバンドのように,宇宙空間からの熱放射の成分の中にも新しいバンドが検出されている。例えば,図2に示すのは,大きな質量の星が生まれているところに限ってISOが見つけた,22から24ミクロンにかけての幅広い放射バンドである(実線)。最近のSpitzer宇宙望遠鏡の観測でこのバンドの存在がはっきりと確認されたが(図2破線),比較的限られた電離領域にのみ存在することも分かってきた。もし大質量星の誕生と関連するものだとすると,例えば超新星爆発に伴ってつくられたり,変質したダストである可能性もある。Spitzer望遠鏡の観測では,比較的最近に星がいっぱいできたと思われる銀河にも,似たようなバンドを検出している。このバンドが,星ができる現象と深い結び付きがあることが確認されれば,生まれたての銀河を探す際にも,非常に有効な手掛かりになると考えられる。また,石ころや炭のダストはどこでできているのかよく分かっていないのに対し,出自がはっきりした初めてのダストでもある。しかし一方,出自は分かっても正体がどういうものかは,はっきりしていない。そもそも一つの幅広いバンドしか特徴付けるものがないため,組成の特定は,かなり難しい。酸化鉄とか,出来たての石ころなど,いろいろな説がいわれているが,これまでのところ残念ながら決定的な報告は得られていない。今後,より多くの天体で探索することで,その正体がはっきりすることを期待している。

図3 ISO衛星による星生成領域シャープレス171の遠赤外線スペクトル。差し込みは40〜80ミクロンの拡大図と,透輝石のスペクトルとの比較を示す。100ミクロン付近にも,炭素のタマネギや炭酸塩ダストが候補である幅広いバンド構造が見られる。

 図3には,これもISOで見つかった,もっと怪しげなダストのバンドを示す。一つは65ミクロン付近に,これまた星生成領域で見られた放射バンドである。透輝石(Diopside)と呼ばれるカルシウムを含む結晶質の石が,似たようなバンドを持つことが分かっている(図3差し込み図)。もしこの推理が正しければ,普通の宇宙空間に見つかった初めての結晶石である。

 さらに同じスペクトルを詳しく見ていくと,100ミクロン付近にも,なにやら幅広い弱々しいバンドがあるように見えてくる。似たようなバンドが見つかった星では炭酸塩ダストが候補として挙げられているが,星生成領域で見られるバンドは,もっと波長の長い側に尾を引いているようにも見える。我々は,石墨のシートが丸くくるくるっとなった,カーボンオニオン(炭素のタマネギ)の微粒子からの放射ではないかという説を立ててみた。もちろん,弱々しい幅広のバンド一つだけでは,決定的な決め手とはなり得ない。しかし,炭素のタマネギは紫外線の吸収バンドの説明にも提唱されており,そんなに場違いな思い付きでもないかもしれない。


これからのダスト研究と宇宙からの観測

 以上のように,衛星冷却望遠鏡による赤外線の観測は,ダストの性質を知り,また新しい仲間を見つけ出すことに,非常に有効である。現在稼働中のSpitzer宇宙望遠鏡は,暗い天体の赤外線スペクトルを得ることが得意であり,それぞれのダストの詳細な研究が進むことが期待される。一方,我々のASTRO-Fは,広い波長範囲で宇宙空間の広い領域を観測することが得意であり,図1に見られるような宇宙空間でのさまざまなダストの存在量の変化をいろいろな環境下で調べて,ダストの生い立ち,成長,衰退の研究を大きく発展させるものと考えている。

 最後に,ダストのX線観測の重要性を一言付け加えておきたい。赤外域に見られるダストバンドは,PAHバンド(図1)に見られるようにダストの構造を理解する上で重要な手掛かりとなるが,図2,3で示唆されるように,なかなかユニークにダストの組成を追求することができない。これは,固体のバンドが,形や大きさや結晶性といった,さまざまな要因に依存してしまうことにも起因する。ダストの組成は,これまで宇宙空間に観測されるガスの量と,太陽組成の差から見積もられていた。しかし,この方法は,太陽組成がもともとの組成であるという一方的な仮定を前提としている。実は,X線のスペクトルをとると,ダストによる散乱光や,ガスとダストの両方からの吸収を分離して観測することで,ダスト中の元素量を直接見積もることのできる可能性がある。すでに,「ぎんが」衛星をはじめとしていくつかの観測がなされ,X線領域のダスト観測の重要性が高まっており,今後の発展が大きく期待される分野である。

(おなか・たかし) 


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