No.297
2005.12


ISASニュース 2005.12 No.297 

13人目

宇宙の先輩探し 


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東京工業大学 小 谷 太 郎 

 このシリーズには次々と珍妙な星が登場しているが,その中には,最初は単なる想像上の星であったが,やがて望遠鏡の中に発見されて存在を証明されたものがある。アルバート・アインシュタインの重力方程式の解であるブラックホールや,統計物理から予想された中性子星などが有名な例であろう。一方,夢想家の脳裏には輝いているものの,いまだ存在が確認されていないへんてこな星もある。ここでは,フリーマン・ダイソンが1959年に予言したが※1,本稿執筆時点で未発見の「天体」,ダイソン殻について紹介しよう。

 ダイソン殻は,自然の天体ではなく,巨大な人工天体である。卵の殻のような構造で,中心に恒星を一つ閉じ込めている。ダイソン殻の内側には絶えず恒星の光が降り注ぎ,居住可能な土地が広がっている。仮にその半径を太陽と地球の距離程度とすると,その面積は地球表面の10億倍にもなる。すると単純に考えて,現在の人口の10億倍,つまり500京人を養うことができる。人口増に悩む異星の文明にとって,ダイソン殻は究極の解決法となろう。(ちなみに我ら人類の増加率がこのまま続くと1000年もたたずに500京人を超えて,ダイソン殻が必要になる。)


ダイソン殻を割ってみた想像図。   
中には地球軌道がすっぽり収まる。  
好みによっては,外側に住むことも可。

 もちろん,このような途方もない建築は現在の我々のテクノロジーでは不可能で,我々よりはるかに優れた文明が何世代もかけて建造するものであろう。宇宙のどこかには,先輩文明が何億年も昔に建造したダイソン殻が浮かんでいるかもしれない。

 我々と似たような環境を好む文明が建造するダイソン殻は300K弱の温度になるので,ダイソン殻は赤外線で輝き,一見「赤色巨星」と呼ばれる普通の年老いた星に似ているだろう。そのスペクトラムには,大気や殻の材質に起因する特異な吸収線や輝線があるだろう。もしダイソン殻が穴を持つなら,中心の恒星のスペクトラムがちらちら見えるかもしれない。そのような赤外線天体を探す試みは,ダイソンの予言以来行われている※2。比較的最近では,寿岳潤,西村史朗らによる報告がある※3。今のところ,これぞという候補天体は見つかっていないが,調べられたのは全天のうち,ほんの引っかいたほどの領域にすぎない。今後の探索に期待したい。(こういう分野は根強い人気を持つので,今後も細々と続くであろう。)

 ところで,ダイソン殻が考えられた時代には,知られている中で最強のエネルギー源は恒星の核融合エネルギーだったのだが,現在ではもっと強力なエネルギー源が発見されている。例えば,活動銀河核(巨大ブラックホールとその周りの降着円盤)は,恒星の1000億倍のエネルギーを輻射しているものもある。そうすると,さらにアグレッシブに発達した文明は,降着円盤を覆う構造体を作るのではなかろうか。このアイデアは,福江純によって1995年に提唱された※4。安定性からいって,ダイソン殻より降着円盤上の板の方が建造しやすい。探すべきは,赤外線放射する活動銀河核かもしれない。ただし,自然に存在する銀河核も,周辺に塵の雲を持っていれば赤外線源となっていたりするので注意が必要だが。

 蛇足だが,人間の想像は,想像の対象について語ると同時に,想像者についても明らかにするものである。ダイソン殻という構想が人々にアピールした1960年前後は,人類初の人工衛星「スプートニク」打上げが人々に衝撃を与え,多くの国が大戦の疲弊から回復して経済成長を遂げ,寿命も人口も急激に伸びていた時代だった。ダイソン殻は,そのような時代の思想を象徴するといえる。地球が我らの成長に狭過ぎるなら,宇宙を改造してしまえというわけである。その後ご存じの通り,急成長はどの国でも頭打ちになり,公害や環境破壊が表面化して人々は科学技術に懐疑的になり,(地球全体の人口は増えているが)先進諸国の人口は減少傾向にある。もう,テクノロジーの進歩によっていつまでも成長が続くとナイーブに考えることはできない。人口問題は,太陽系の改造よりも,人口増加率を下げて解決する方がはるかに楽なはずである。そうすると現在,ダイソン殻の探索には,絶え間なきテクノロジーの発達により1960年の成長を維持した文明,我らにできなかったことを成し遂げた文明を探す意味があるのかもしれない。失った夢を宇宙に探すようなものである。

※1 Dyson, F. J., Science 131, 1667 (1959)
※2 Bradbury, R. J., Proc. SPIE 4273, 56 (2001)
※3 Jugaku, J., Nishimura, S., Proc. IAU Symp. 213, 437 (2002)
※4 福江純, 天文月報88, 199 (1995)

(こたに・たろう) 


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