No.295
2005.10

ISASニュース 2005.10 No.295

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バイコヌール出張記 

システム運用部第一運用開発グループ 池 永 敏 憲  


気温45℃の砂漠へ

 「暑い」ではなく「熱い」のだ。

 7月7日。小型オーロラ観測衛星INDEXチームの先遣隊としてバイコヌールの地を踏む。気温は45℃。こんな「熱い」七夕は,生まれて初めてだ。

 バイコヌール宇宙基地は,カザフスタン共和国のほぼ中央南に位置する。アラル海の東200km。旧ソ連の宇宙への玄関口であり,世界初の人工衛星スプートニク,さらに人類初の宇宙飛行士ガガーリンも,この地から宇宙へ昇った。ソ連崩壊後の現在でも,この基地は軍事用も含めたロシアの主要なロケット打上げ場として活躍中だ。

 そのバイコヌール宇宙基地から車で1時間ほど走ったところに,射場で働く労働者などが生活する町がある。町はコンクリートの塀で囲まれ,その塀の向こうには広大な荒野が広がる。カザフスタン領だ。40平方kmほどの小さな町の中には,約6万人のロシア人とカザフ人が生活している。砂漠のど真ん中と聞いていたのですごい場所をイメージしていたが,想像していたよりはるかに文明的な町だ。中心部には市場があり,シャンプー,リンスに歯磨き粉,酒もあるしタバコもある。スターウォーズのDVDだって手に入る。銀行,郵便局,学校など,普通の町と何ら変わりない。

 だが,さすが砂漠だ。気温45℃。部屋のエアコンを全開にするも効果なし。オフィスでは汗だく。夜も眠れない。砂漠なんだから,夜中はもう少し冷えてもよさそうなのに。スタッフの中には少しでも快適にしようと,枕を冷蔵庫に入れて冷やして使う人もいる。部屋の清掃に来たロシア人が冷蔵庫に入った枕を見つけ,「あの日本人は大丈夫か?」と同僚と話している。だが,そんなことを気に掛けている余裕はない。それほど「熱かった」。

 ロシア人たちは皆,陽気で親切だ。正直,ロシア人は陰気とばかり思い込んでいた。彼らは踊りながら歌を唄い,大声で笑い,酒を飲む。バイコヌールに向かう飛行機の中で,隣のロシア人が私に話し掛けてくる。「日本から来たのか? 仕事は何だ? トウキョウってどんな町だ? 英語はどこで習った? お前の出身はどこだ? キュウシュウって何だ?」。宇宙関係の仕事をしているというそのロシア人は,プログラミングが専門らしい。「ロシアといえばアナログ」と,ずっと思い込んでいたのだが。

バイコヌール射場での作業のひとこま(左から斎藤宏文教授,友谷 茂氏,筆者)


常識の違いを超えて

 そんなロシア人たちとの仕事は,順調とはいかなかった。日本人とロシア人では,「常識」が明らかにずれていた。我々の常識では,「クリーンルーム」にトンボやハエ,ましてやコウモリなど飛んではいない。クリーンルームの床を掃除のおばさんが無塵衣も着けずにモップでごしごし洗うことはない。機材の搬入時に,開梱室の外の扉とクリーンルームの扉を同時に開けたりはしない。だが……,彼らはそうではないらしい。衛星のそばに設置してあるパーティクルカウンターの数値が跳ね上がる。日本のスタッフがそれを見せて,「そんなことは絶対にしないでくれ」と申し入れるが,「なんでそんなことを気にするんだ?」と言わんばかりの顔。ロシアの宇宙機は,さぞホコリに強いのだろう。

 しかし「絶対に成功させる」という意識だけは,日本人もロシア人も一緒。やり方や考え方は違っても,目指す目標は同じなんだ。

 8月12日,INDEXをロケットに載せる。後は,彼らを信じて打上げを待つのみだ。

 8月24日。打上げ当日。オフィスの部屋で打上げの瞬間を待つ。スピーカーから聞こえる通訳の声にじっと聞き入る。

“Final count down”

 いよいよだ。ロシア人の一人が,胸の前でそっと十字を切っている。

“……5, 4, 3, 2, 1, launch ! ”

 瞬間,射点が赤い光で照らされた。そして,その光はすごい速さで真っすぐ宇宙へ昇っていく。20秒ほど遅れてロケットのごう音が聞こえてくる。

“……Motor pressure steady……Flight parameter nominal……”

 我々にできることは何もない。ロシアのスタッフを信じるだけだ。

“……Separation of OICETS……”

 OICETSチームの部屋から拍手が聞こえる。OICETS分離後にINDEXが分離される。いよいよだ。ひたすら待つ。その待ち時間が異様に長く感じられる。いや,実際に長かった。まだか? もしかして分離失敗? 焦り始めたその瞬間,

“……Separation of INDEX ! ”

 拍手喝采だった。

(いけなが・としのり) 


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