No.295
2005.10

<宇宙科学最前線>

ISASニュース 2005.10 No.295 


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「中くらいのブラックホール」は存在するか? 

宇宙科学情報解析センター 海 老 沢 研  

 星の周りの重力場はアインシュタインの重力方程式で記述され,それを解くとブラックホールというものが現れる。小さいところにモノを押し込め過ぎて自己重力が無限に強くなってしまった,という不思議な天体だ。最初にその解を見つけたシュバルツシルト博士の名前にちなんで,これ以上小さくなるとブラックホールになってしまう限界半径を「シュバルツシルト半径」と呼ぶ。

 太陽のシュバルツシルト半径は約3km,地球は約1cm。地球を半径1cmまでつぶすと,ブラックホールになってしまう。でも,そんな小さなブラックホールを作るメカニズムは知られていない。この宇宙には,太陽の3倍から10倍程度の質量を持つ比較的小さなブラックホールと,数百万倍以上の巨大ブラックホールが存在する。では,その中くらい,太陽の数百あるいは数千倍の質量を持つブラックホールはこの宇宙に存在するだろうか,というのがこの記事のテーマである。


星サイズのブラックホールと巨大ブラックホール

 質量Mの天体のシュバルツシルト半径は2GM/c2。Gとcは万有引力定数と光速であり,どちらも宇宙の構造を決めている根本的な自然常数だ。すなわち,シュバルツシルト半径は質量に単純に比例する。これはブラックホールの性質を調べる上でとても大事なことだ。ブラックホールを遠くから見たとき,その体積(みたいなもの)は,シュバルツシルト半径の3乗に比例すると思ってよい。密度は質量/体積で,ブラックホールの質量はシュバルツシルト半径に比例するから,結局ブラックホールの密度はシュバルツシルト半径の2乗に反比例することになる。つまり,重くて大きなブラックホールほど,その密度は小さいということになる。太陽の約10億倍以上の質量を持つブラックホールの密度は,水よりも小さくなる。

 宇宙には太陽の50倍くらいまでの重さの星が存在すると考えられている。もともとの質量が太陽の約10倍以上のものは,星の進化の最終過程で超新星爆発を起こす。その後に燃え尽きた星のしんとして,中性子星かブラックホールのどちらかが残る。超新星爆発の衝撃で星のしんがギュッと押し込まれると,陽子と電子がくっついて,すべて中性子になってしまう。普通の星は,核融合反応を起こして燃えていることで,その圧力と重力が釣り合って安定している。それに対して,もう燃焼していないので燃焼の圧力で自分を支えることはできないが,中性子同士の強い反発力で形を保っているのが中性子星だ。典型的な中性子星は,東京の山手線くらい(半径約10km)の大きさ,太陽くらいの質量を持つ。しかし,それにも限界があって,太陽の約3倍より重くなると,中性子間の反発力でも支え切れない。それほど強い重力にあらがう力は,自然界には存在しないのだ。そういう天体は重力崩壊を起こしてブラックホールになってしまう。

 つまり,活動を終えたコンパクトな星で,太陽の3倍以上の質量を持つものは,ブラックホールにほかならない。消去法的な議論だが,こうやって我々の銀河系の中に,確実なブラックホールが10個以上見つかっている。それらは通常の星とペアを組んでおり,その伴星の運動をスペクトル線のドップラーシフトで測ることによってブラックホールによる引力が分かり,その質量が求められるのである。この測定は精密で,今ではブラックホールの存在を疑う天文学者は存在しない。今までに測定されたブラックホールのうち最も重いものは,太陽の14倍の質量を持つ。このようにして超新星爆発の後にできる太陽質量の3倍から10倍程度のブラックホールを,ここでは「星サイズのブラックホール」と呼ぼう。

 一方,銀河の中心には,星サイズのブラックホールよりもはるかに重いブラックホールが存在する。ほとんどの銀河は回転していて,その中心には強い重力源がある。その重力に引かれて銀河の中心にどんどんモノが集まってくると,その生成過程はともかく,ブラックホールにならざるを得ない。このような,銀河の中心に存在するブラックホールを「巨大ブラックホール」と呼ぶことにしよう。ある種の巨大ブラックホールは,モノがそこに落ち込むときの重力エネルギーを,電波からガンマ線まで広い範囲の電磁波として放射することで知られている(活動銀河核)。また最近では,星サイズのブラックホールと同様に,銀河の中心の巨大ブラックホールに関しても,その周りの星や物体の運動からブラックホールの質量を直接測定できるようになってきた。例えば,我々の銀河系中心のブラックホールは太陽質量の300万倍,M87という銀河では30億倍程度である。

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X線観測からブラックホールの質量を求める

 星サイズのブラックホールや巨大ブラックホールは,強いX線源として観測されることが多い。X線の観測データを解析することによって,ブラックホールの質量,周辺の物理的状況,それに最近ではブラックホールが回転しているかどうか,そんな議論もできるようになってきた。

 宇宙研の「てんま」「ぎんが」「あすか」というX線天文衛星も,X線観測によるブラックホールの研究に大きな貢献をしてきた。「ぎんが」衛星の大きな成果の一つが,X線のスペクトル観測から星サイズのブラックホールの質量が推定できることを示したことである。その原理は単純で,星サイズのブラックホールの降着円盤(伴星からの物質が渦を巻いて落ちていくときにできる)のサイズをX線観測から決めて,それをシュバルツシルト半径と結び付けてやればよい。「てんま」や「ぎんが」の観測から,降着円盤のX線エネルギースペクトルは黒体輻射(真っ赤に燃えている石炭みたいなもの)で近似できることが分かった。石炭でも降着円盤でも何でも,黒体輻射のエネルギースペクトルは温度だけから,そこから出てくる熱の量は表面積だけから決まる。星サイズのブラックホールの周りの降着円盤の温度は約1000万度。X線スペクトルフィットからその温度を決めて,観測されたフラックスから円盤の面積,すなわち内縁の半径が決まる。

 「ぎんが」衛星は,円盤の温度とフラックスが大きく変化しても,内縁の半径は一定であることを発見した。ブラックホールの周りでは,物体はシュバルツシルト半径の3倍より近づけないことが,一般相対性理論から分かっている。円盤の半径は,シュバルツシルト半径の3倍でピタリと一定であるべきだ。「ぎんが」はまさにそれを発見したのである。この美しい結果は,最近の高エネルギー天文学の教科書にも引用されている(図1)。

図1 「ぎんが」衛星が観測した,星サイズのブラックホールLMC X-3のX線スペクトルパラメーターの時間変化。降着円盤の質量降着率,光度,高エネルギー成分が大きく変化しても,円盤の内縁は一定で,それからブラックホールの質量が決まることが分かる。筆者の博士論文から取った図だが,Longairの『High Energy Astrophysics』という教科書にも載っている。


X線で明るく光る天体ULXの正体は?

 さて,ブラックホールについてもう一つ大切な性質がある。それは重くなればなるほど,その周りの降着円盤が低温になるということだ。降着円盤は黒体輻射に近いから,その光度は表面積と温度の4乗の積に比例する。一方,以下で述べるように,ブラックホールの最大光度は質量に比例する。ここで,シュバルツシルト半径が質量に比例することを思い出してほしい。円盤の表面積は,シュバルツシルト半径の2乗,つまり質量の2乗に比例する。その結果,質量の大きなブラックホールほど円盤の内縁が大きくなり,温度が下がる。実際,星サイズのブラックホールの降着円盤は1keV程度のX線領域で観測されるが,巨大ブラックホールに関しては,それよりもずっと波長の長い,紫外線領域で観測される。

 ブラックホールにモノが落ち込み,重力エネルギーを解放して光るとき,その光度は質量によって決まる「エディントン限界光度」を超えることができない。球対称を仮定すると,光の圧力でモノが押し返されて重力と釣り合い,それ以上は重力エネルギーを解放できない,という限界が存在するのである。エディントン限界光度は質量に比例し,太陽質量では1038エルグ/秒。つまり星サイズのブラックホールでは,その10倍程度,1039エルグ/秒を超えられない,ということになる。しかし,1980年代,X線天文学で撮像観測が可能になり始めたころから,銀河の中心核からずれたところに,やけに明るく,1040エルグ/秒程度で光る天体が存在することが知られていた。もし太陽質量の100倍のブラックホールなら,エディントン限界を超えずに済むのだが,果たしてこれらの天体は「中くらいのブラックホール」なのだろうか?

 1993年に打ち上げられた「あすか」衛星により,これら「Ultra-Luminous X-ray sources(ULX)」のエネルギースペクトルを初めて精密に測定できるようになった。それに対して「ぎんが」衛星で星サイズのブラックホールについて確立した手法を当てはめれば,ULXの質量に制限が付くかもしれない。しかし,出てきた結果は予想とは正反対であった。もしULXが中質量ブラックホールならば,その降着円盤は星サイズのブラックホールよりも低温であるべきだ。しかし,観測された降着円盤の温度は,どれも星サイズのブラックホールよりも高かったのである。これはそのまま解釈すると,星サイズのブラックホールよりもさらに小さな質量(例えば中性子星)で,数十倍のエディントン光度で光っていることになる。そんなことは物理的にあり得ない。いったいULXでは,何が起きているのだろうか?

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スリムディスクか,中くらいのブラックホールか

 ここで,二つの解釈が登場する。まず一つは,予想通りの低温降着円盤成分と,高エネルギー側の残りを説明する,べき関数スペクトル成分を仮定するものである(図2左側)。星サイズのブラックホールでも,降着円盤成分よりも高エネルギー側で非熱的な,べき関数スペクトル成分が存在した。それと同じ2成分モデルを適用したものである。この解釈によると,低温降着円盤スペクトルから推定されるブラックホールの質量は,太陽質量の数百から数千倍になる。もう一つの解釈は,ULXにおいては質量降着率が高くなり過ぎ,標準的な降着円盤モデルは破たんしており,円盤は「スリムディスク」と呼ばれる別の物理状態になっている,というものだ(図2右側)。実際,スリムディスクモデルは理論的に予言されており,円盤の光度がエディントン限界に近くなると重力エネルギーのすべては局所的に熱化されず,移流によってエネルギーが内側に運ばれる。スリムディスクから期待されるエネルギースペクトルの計算は複雑だが,最近の研究によると,どうやら標準的な降着円盤よりもかなり温度が高くなるようで,これはULXの観測とうまく合う。また,スリムディスクは文字通り薄過ぎず,厚過ぎず,球対称の仮定を逃れたおかげで,エディントン限界の10倍ほどの光度まで出すことができる。

図2 謎のULX天体,NGC1313 X-2のX線エネルギースペクトルを説明する二つのモデル。モデル1では,太陽の数百倍の質量を持つ「中くらいのブラックホール」の周りの低温降着円盤を仮定する。一方,モデル2では,約30太陽質量を持つ「星サイズのブラックホール」の周りの高温降着円盤を仮定する。筆者は後者を支持しているが,いったいどちらのモデルが正しいのだろうか。

 図2に示したように,どちらのモデルでも観測スペクトルをうまくフィットさせることができる。しかし,私は以下の理由から,前者のモデルを信じない。
(1)星サイズのブラックホールの場合,高エネルギー側のべき関数成分の時間変動は大きく変動していた。しかし,ULXの場合,常に低温円盤成分とべき関数成分の比はほぼ一定であり,不自然である。これは,スリムディスクの形を無理やり現象論的な2成分モデルで合わせているためではないか?
(2)星サイズのブラックホールでは,円盤の光度と温度が大きく変わっても内縁の半径は一定,という降着円盤の半径とシュバルツシルト半径を結び付ける強い証拠があった(図1)。そういう証拠がULXについては見つかっていない。

 私は後者のモデルの立場に立ち,降着円盤の理論家と協力し,スリムディスクのスペクトルをULXに当てはめ,ブラックホールのパラメーターを求めようとしているところである。我々のモデルでは,ULX中のブラックホールの質量は30太陽質量程度,かなり重い星サイズのブラックホールである。降着円盤はスリムディスクになっていて,エディントン光度の数倍で光っている。これによって,観測された1040エルグ/秒程度の光度も問題なく説明できる。数百,あるいは数千太陽質量の「中くらいのブラックホール」は必要ない。

 近い将来さらに観測と理論が進めば,我々のモデルが正しいことが証明され,ULXの正体に決着をつけられると思っている。いや,もしかすると我々が間違っていて,本当に中くらいのブラックホールの証拠が発見されるかもしれない。そのときは頭をかいて反省しなくてはいけないが,もしもそんなものが宇宙に本当に存在するとしたら,それはそれでものすごくエキサイティングで面白いことなのである。宇宙は簡単には真の姿をさらけ出してはくれず,実にじれったくもあるが,ULXの謎解きではまだしばらくは楽しめそうだ。

(えびさわ・けん) 


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