空に届け,学生の思い 〜CanSat奮闘記〜
東京大学大学院工学系研究科航空宇宙工学専攻
中 須 賀 真 一
衛星は350mlのジュース缶サイズ
アメリカでのCanSat実験を始めて今年で7年目になる。350mlのジュース缶サイズに衛星の基本機能と趣向を凝らした実験機能を詰め込み,アメリカのアマチュアグループのロケットに搭載して4kmの高度まで打ち上げ,切り離してパラシュートで落下する約15〜20分の間にさまざまな実験を実施する。場所は,ネバダ州リノから北へ車で約2時間半のBlack Rock砂漠。日本にはあり得ないような広大な平坦地で,学生は衛星作りの最初のトレーニングの大舞台を迎える。
砂漠の一ヶ所に設けられた発射場。そのそばの簡易テントの下で,苦労の結晶であるCanSatの最後のチェックと調整を念入りにして,決められた時刻までにロケット側に提出する。後はもうどうすることもできない。ロケットをランチャーに据え付け,打上げの番になると,学生が英語でアメリカの人たちにミッションを説明する。地上局のあるテントでは,仲間が八木アンテナを構えて待っている。そして,期待と不安の中での日本語でのカウントダウン。「グッゴゴゴゴゴー」地響きとともに固体ロケットは重力の6倍の加速度であっという間に真っ青な空に消える。そして,勝負はロケットからCanSatが放出される一瞬で決まる。放出を検知して送信が始まる瞬間,このときに電波が受信でき正しい実験データが得られるかどうかで,数ヶ月の努力が報われるかどうかが決まるのである。
実世界の厳しさを知れ
CanSat実験(アメリカの砂漠でのロケットによる年1回のCanSat実験をARLISS:A Rocket Launch for International Student Satellitesという)は,1999年にスタンフォード大学のTwiggs教授の呼び掛けで始まった。日本からは当初,東大と東工大が参加したが,年々規模が拡大し,2004年9月の実験には東北大,日大,東大,東工大,創価大,JAXAの若手チームなどが参加し,打上げロケットも20機を超えた。アメリカからはロケットグループのAEROPAC以外に3大学が参加した。
CanSat実験の目的は,数ヶ月の短期間に衛星プロジェクトの全プロセス,ミッションの創成からシステムの考案,設計,製造,地上試験,打上げ,運用,結果解析までをすべて経験させること,またそれを通して,プロジェクトマネジメントやチームワークを実践的に鍛錬させることにある。特に,作った物を現実の世界で動作させ,「実世界から評価」を得ることが大事で,それで工学教育は完結するのである。いいかげんな設計や製造・試験は必ずしっぺ返しが来る。設計図の上では,常に物は「動くはず」である。しかし,世の中はそう甘くない。その厳しさを知って次に反映させることが大事である。失敗するとものすごく悔しい,だから今度は絶対失敗しないぞ,という思いが学生を成長させ,技術を発展させるのである。失敗は小さなプロジェクトのうちにたくさん経験しておくべきであろう。高度4kmまでとはいえ,激しい振動・加速度環境まで提供するARLISSは,その意味で非常に貴重な機会を提供してくれているといえる。
アメリカの連中との交流も楽しい。ロケットは小さなモデルロケットから長さ3mのCanSat打上げロケット,さらにはもっと大きな2段ロケットまでさまざまで,3日間の打上げイベント中に300機以上がひっきりなしに打ち上がる。技術も半端ではない。電子回路や分離機構など随所に工夫が見られ勉強になる。AEROPACグループの中の一人は,高度200kmまでの打上げを目指しているほどである。アメリカのアマチュアエンジニアの底辺の広さ,レベルの高さをいつも感じる。しかし,CanSatの精巧さでは,日本は負けてはいない。アメリカの学生が5個詰め込むところに,日本の学生は7,8個詰め込むのである。日本の宇宙開発はこんな小さなところで勝負すべきではないかと,いつも思う。