No.286
2005.1

<宇宙科学最前線>

ISASニュース 2005.1 No.286 


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「ロケットの次のゴール」または「詐欺師ペテン師の世界」 

宇宙航行システム研究系 稲 谷 芳 文  

 「正月にふさわしいことを書け」と言われて「いつも正月ネタにされるのはイヤだ」と,ひねくれてもしょうがないので,「誌面をもらってありがとう。先のことを考えるよすがにでもしてください」……と素直な前置きで始めます。ロケットの次のゴールをどうするかという話をします。

 一発打ったら全部捨てる今のロケットは,通信や放送や航法といった,電波に乗せて情報をばらまく世界を作り上げ,ビジネスができる状況を作りました。打ち上げる荷物としての人工衛星とは,要するに電波をばらまく道具や情報を捕ったり伝えたりする道具です。昔に比べて情報伝達や通信の技術はこんなに進歩したのに,ロケット屋はこの30〜40年何か進歩したのかい?と言われても「うーん,すみません」とうなってしまいます。この衛星の世界では,どの市場調査によっても今後の15年以上輸送の需要は頭打ちで,衛星が高機能化したり寿命が延びたりするので,毎年見直されるたびに打上げ市場は縮小してしまって,新しい打上げシステムの出現や,そのための大規模な投資を促すことには全然なっていないのです。スペースシャトルは宇宙へのアクセスの障壁を取り除いて新しい輸送需要の喚起を期待したのですが,今では年に数回しか飛ばない状態からさらにストップしてしまって,繰り返しのメリットがまったく生かせないことになっています。輸送機自身の技術の問題と需要が盛り上がらなかったために「うまく転がらない再使用」の見本になってしまいました。

 それでは,衛星を運ぶのではない別の需要とはどんなものでしょうか? 技術的に可能でかつ経済的に成り立つ輸送需要のうち,定量化されているのは太陽発電衛星の建設と一般の人の宇宙旅行です。これらのスタディによると,輸送コストの低減の目標は2桁のダウンだといわれます。前者は巨大な発電設備を軌道上に置いて地上に送電するもので,エネルギー問題の解決と地球環境の保全という社会的な要請が出発点です。電力の供給価格がほかの手段と競争できるとか,ゼロエミッションが発電衛星ですが,建設や軌道上への輸送のために発生する環境負荷がほかの発電に比べてどうか,という意味で,輸送に対する要求が決まります。後者の旅行では,一般の人へのアンケート調査に基づいて年間旅客数を推定し,今のエアラインのように一般の人が切符を買って乗客となるためには,と詰めていくと,毎年百万人の乗客がいてこれを運ぶ仕掛けを作れば年間収入が1兆円オーダの事業ができる,と試算されています。新しいロケットの開発をするお金くらい,すぐ出てくると思いませんか。どちらの輸送も毎日何十機も飛ぶ輸送船団のようなものが必要で,毎回捨てているようなロケットではとても回転する世界ではありません。偶然ですが両者の輸送規模や頻度は同じ程度になって,表1のようになります。これから本当に役に立つ再使用型とはどんなものか少し考えてみます。

表1 2桁コストダウンの世界

 今のロケットとシャトルと宇宙旅行の輸送機1フライト当たりの費用内訳を図1に示します。使い捨てロケットは打ち上げるたびに新品ですから,費用の大部分は結局ロケットの製造費です。シャトルは年に6回の打上げが前提で,運行するのにだいたい1万人の人がかかわっているので,この人件費を飛行回数で割ったものと同じです。さて宇宙旅行の機体では,アンケートを参考に切符が1枚200万円で1機に50人の旅客とすると,1回1億円がフライト経費です。エアラインのバランスシートを参考にすると,直接間接の運航経費とは別に経費の10〜15%を減価償却に充てられると健全な経営なのだそうです。1飛行での収入が1億円で減価償却費は1000万円のオーダですから,機体が1機何百億円とすると何千回の飛行が必要ということが分かります。真の再使用とは,機体を作るだけでは全然ダメで,高い頻度で繰り返し飛ばなければペイしないことがよく分かります。

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図1 運航経費の内訳

 さて,このように1日に何十回も飛ぶ世界では,今のロケットの安全率では1日か2日に1回墜落することになってしまいます。現在の航空輸送では事故で機体を失う確率は百万回に1回以下です。図2はある再使用型エンジンの安全性の論文からの引用ですが,まったく故障なしに飛んだ場合が左側で,何らかの故障が起きても検知してエンジンを安全に止める,検知できなくて不意に壊れたり火災になってもほかにダメージを与えない,この場合でも所定の飛行性を失わずに安全に降りられる,それでもダメなら一番右の機体喪失,という図式です。使い捨てロケットで信頼度を上げよ,というのは要するに故障しない確率を上げることで,図の左側の線だけで頑張ることです。再使用とは,図の中ほどの故障許容の仕掛けと帰還能力を使って安全に降りるシステムにすることが,その本質です。今の飛行機もシャラーッと飛んでみんな安心して乗っていますが,実はけっこう故障していて,それでも大丈夫なのは今言った故障してもよい仕掛けが最初からシステムに組み込まれているからです。今のロケットの成功率を飛行機の10-6と単純に比べて,ロケットは危険だと言う人がいますが,この議論抜きに比べても無意味であることが分かります。どうやったら,こういうロケットを設計できるか考えてみてください。再使用で大事なのは1000回オーダの繰り返しと故障許容型のシステムの構築であることが,ここで言いたいことの本質です。

図2 再使用の故障許容システムが安全性を桁違いに上げる

 ロケット屋は物事を大層にやるのが好きです。燃料の液体水素を入れるときは半径1km立ち入り禁止,とやります。世の中では環境の要請からすべてのエネルギーをクリーンエネルギーと水素で賄おうとする「水素社会」構築の仕事が進んでいます。クルマ屋さんやエネルギー屋さんですが,彼らと話すと考え方がずいぶん違うと気が付きます。要するに宇宙と言って特別な世界を標榜したがる我々と,世の中に受け入れられるシステムを作ろうとする人との違いです。ガソリンスタンドで燃料を入れるときやクルマが走るときに,誰も退避しません。水素でも同じことをするにはどうしたらよいか,と考えて投資をしている人たちと,総員退避の人たち,または世の中を相手にしている人とそうでない人,などという対比までできそうです。今でこそまだクルマ屋さんがロケットはどうしているの?と聞きに来たりしますが,そのうち向こうの方がずっと進んでしまったら,古臭いロケット屋はカッコ悪いですね。宇宙の殻に閉じこもっていたら進歩はない,というのがもう一つの言いたいことです。

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 そこでまず,繰り返しとはどんなものかを実際に体験しようと,おもちゃのようなロケットを飛ばしています。故障を見つけたら緊急着陸する仕掛けを組み込んであるんだ,とか,液体水素を積んで繰り返しだ,とか,1日1回3日連続だ,などと調子に乗ってやっていますが,高度何十mをうろうろ飛んで降りるだけなのでヒコーキにも勝てないロケットです。今のロケットは1回だけ持てばいいということでモノを仕上げますが,帰ってきたらまた明日やれと言われる仕掛けはやっぱり違う考えで設計せんといかんな,と実感します。このへんを上等に言うと「再使用のシステムアーキテクチャ」とでもなるのかなと思います。ただしやっていると,普段のロケットとは違う外からの反応があります。「宇宙旅行ってこんな感じですか?」と何やら送られてきたのが表紙の絵です。お土産の紙袋を持って乗り込んだりスリッパを履いている人もいたりして,こんなに気楽には乗れないなあとか,機体もちょっと違うわな,と何だか変なのですが,でも雰囲気はあります。M-VやH-IIAではこんな反応はないので,これを世の中の関心とサポート,または「これに未来を見てくれたか」と勝手に誤解することにしています。


 有人ロケットを作るには初めから一般の人とはいきませんから,まずはテストパイロットからになるだろうと,アンケートをしてみました。日本の航空機パイロットサークルの日本航空協会の皆さんと一緒にやりました。アンケートは,有人ロケットを設計するのに世間の狭いロケット屋では気付かない視点があるのでは,という動機で,乗るための条件や必要な安全装備などを聞き,面白い発見がいろいろありました。恐る恐る,上のような有人ロケット実験機ができたら搭乗したいと思いますかという質問もしました。実はこの調査はスペースシャトル・コロンビア号が墜落した直後になってしまい,「ロケットになんか誰も乗りたくない」と言われたらどうしようと心配したのですが,日本中の50人のテストパイロットの人たちが協力してくれて,結果は図3のようになりました。

図3 有人弾道ロケット実験機への搭乗希望

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 世の中,20世紀から21世紀になったのは,ほんの4年ほど前のことでした。次の100年や次のミレニアムが始まる,と少しは盛り上がった技術革新の予測や実現し得る未来の議論は,まったくしぼんでしまいました。21世紀はまだ96年もあるというのに,正月が済んだら今年の抱負もクソもなくなったのと同じです。「再使用」が真の意味で役に立っている世界は今の状態から比べるととんでもない世界だ,と分かります。一足飛びにこの状態にはたどり着けないのは当然ですが,どうやったらできるかを考えるのは,とても楽しい仕事の類なのだと思います。何十年とか百年のスパンであれば,もっとアグレッシブでないといけないかとも思います。攻め口はいろいろあると思います。皆さんはどう思いますか?

 ある日の長友先生との会話。
「うーん,こういうロケットを作ったら年収1兆円か。金出す人が出てきたらどうしよう」
……
「先生,なかなか誰も何も言ってきませんね」
「そーか,こっちから金集めでもするか」
「集めてできなかったらどうします?」
「詐欺師ペテン師の仲間入りだな。おれはもう辞めるから,あとお前やれ……」

(いなたに・よしふみ) 


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