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ご専門は構造工学ですね。
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小松: |
主に,人工衛星の振動の研究をしています。事例を挙げると,地球軌道を回る通信衛星は,太陽電池パドルを太陽へ向けながら,アンテナは常に地球に向くように動かす必要があります。太陽電池パドルやアンテナは大型化していますが,そのような軽くて大きい構造物は柔軟性があるので,動かすと振動します。衛星に搭載されている液体燃料も振動しています。これらの振動が衛星本体を揺らして,正しい姿勢が保てなくなってしまうのです。
例えば,高度約3万6000kmの静止軌道を回る通信衛星の場合,角度にして100分の5度以下の精度で正しい方向へピタリと衛星本体の姿勢を常に制御する必要があります。振動により100分の1度ずれてしまうと,地上の数kmもずれた場所を向いてしまいます。太陽電池パドルやアンテナ,液体燃料などがどのように衛星本体を揺らすかを計算に入れて,姿勢を制御する必要があります。無重力状態での衛星の振動を,大気と重力のある地上の実験をもとに予測しなければならないのが,この研究の難しいところですね。
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予測は一致するのですか。
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小松: |
打ち上げた後に衛星をわざと揺らして,振動の仕方を確かめる場合があります。すると予測値とは1割程度の誤差が出ることがある。その時点で誤差の原因を調べても遅いので,ある程度の誤差をカバーできるように,あらかじめ制御系を設計してもらいます。
液体燃料の動きを予測することは,燃料を再着火する際にも必要です。吸い込み口に液体燃料がないと再着火できませんが,無重力や低重力の状態では,どこに液体燃料があるか分からない。そこで再着火前に少し加速します。すると,どこかにあった液体燃料が,吸い込み口のある後方へ落ちてきます。加速したときにきちんと吸い込み口へ液体燃料が落ちて捕捉できるように工夫しなければなりません。
近年,コンピュータによる数値計算法が進歩し,無重力状態での液体の振る舞いを,流体力学を使って計算できるようになりました。その計算結果を設計で扱いやすいモデルに変換して,流体力学の研究と制御系や燃焼系の設計の橋渡しをする仕事も,構造を担当する私たちの役目です。
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なぜ振動の研究を?
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小松: |
大学を卒業して,航空宇宙技術研究所に入りました。配属先の先輩たちは曲面構造の強度研究などを行っていましたが,先輩と同じことをやっても自分の芽は出ません。人とは違うことをやろうと,曲面構造の振動の研究を選びました。ただし,所外では振動の研究を行っている人がたくさんいる。そこで,日本ではほとんど誰もやっていない,曲面構造に入っている液体の振動を研究しようと思いました。
好き嫌いで研究テーマを選んだのではなく,人がやっていないテーマを探したのです。いかに人がやっていないテーマを見つけられるかで,研究者として成功するかどうかの半分以上は決まると思います。テーマを選んだ後,研究を進めていくうちにそのテーマが面白くなり,好きになります。たぶんほとんどの研究者はそうだと思いますよ。
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振動の研究の面白いところは?
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小松: |
応用数学として面白いですね。20代後半のころ,ロケットの構造研究をしていた私は,液体の入った球形殻の振動を「ルジャンドル陪関数」という特殊関数を使って数値解析し,きれいな振動パターンを導きました。その振動パターンとまったく同じものが実験でも見つかったときには,感激しましたね。大学で習った特殊関数が,こんなところに応用できるとは驚きでした。
そのころ数値解析では,「有限要素法」という手法がブームでした。人と同じ手法では面白くないと思い,液体の振動の解析に積分方程式を使う新しい手法を用いました。それが数年後に,「境界要素法」と呼ばれブームになった。境界要素法に関する英語の本を書かせてもらい,それが海外で認められ,日本語訳も出版されました。偶然,自分の研究がブームにのったのです。
その後,1980年代の初め,飛行機の振動試験の担当を命じられました。当時,自動車業界が振動・騒音対策に力を入れ始め,実験的モード解析という分野が活発になりました。このときも偶然,自分の研究がブームにのりました。
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ブームにのる秘訣は?
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小松: |
運ですね(笑)。ただし,人のやっていない,ニッチ(niche)な分野を目指すこと,そしてチャンスは逃さないことが大事です。自分に白羽の矢が立ったときには,嫌だったり自信がなくても逃げないできちんと応えるべきです。逃げていたら運はやって来ません。
私にとって,昨年10月に宇宙研へ来たことも一つのチャンスです。早く宇宙研の仕事のやり方に慣れて,戦力になりたいと思っています。
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