No.283
2004.10

<宇宙科学最前線>

ISASニュース 2004.10 No.283 


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多様化するミッションに向けた蓄電技術 

宇宙探査工学研究系 曽 根 理 嗣  

試験中の「はやぶさ」と,搭載されたリチウムイオン二次電池(左下)およびバッテリ(右)

電池はなぜ必要か

 人工衛星などの宇宙機の運用に欠かすことができない部品がバッテリです。人工衛星は,太陽光が衛星に当たる日照期間は太陽電池により発電が可能ですが,太陽の光が当たらない日陰期間はバッテリに蓄積した電力により運用します。バッテリとは電池(化学電池)を組み上げたもので,1個の電池(通称セル)では電圧や容量が足りないので,直列(電圧が上がる)あるいは並列(容量が大きくなる)に接続してバッテリとします。

 4トン級の地球周回衛星で必要なエネルギーは3kWくらいです。この電力を発生/貯蔵するために,6〜7kWくらいの太陽電池を使って発電し,その余剰電力をバッテリに蓄電します。質量を軽減したい宇宙機にとって電池の軽量化は不可欠であり,宇宙航空研究開発機構(JAXA)では活発な研究開発を進めています。この中では,通信機器やコンピュータ,自動車などのために開発された電池の技術導入も推し進められています。ただし衛星は大電力を必要とするため,コンピュータなどで使用される電池の10倍から100倍もの容量を必要としており,その上,衛星軌道上では交換が難しいことから,高い信頼性が要求されます。

 ここでは電池が歩んできた歴史と関連付けながら,宇宙用電池についてご紹介します。


宇宙用電池の歩み

 人間が宇宙を目指した当初から,電力確保は大きな課題でした。『アポロ13』という映画中で電気系技術者が「Power is Everything!dash (電)力がすべてだ!」と言うシーンがあります。事故により電力確保ができなくなり,宇宙飛行士の生還が困難になったときに,紛糾する議論の中で電気系技術者が周囲を制して告げる言葉です。電気がなければ宇宙機を動かすことも,もちろん人間を生かすこともできません。

 電池の歴史は古く,近代化学が発達した1700年代末にガルバニがその原理を発明し,1800年代に入ってボルタ電池をはじめとする種々の電池が考案されました。「異なる物質(初期は金属)を向かい合わせて電解液により隔てると起電力を生じる」という電池の概念は,このころに生まれたとされています。しかし実はもっと古く,イラクの古代遺跡(B.C.200年ころ〜A.D.200年ころ)からも電池らしきものが発見されています。バグダッド電池と呼ばれ,粘土の壺の中に銅製の筒が入っており,中心に鉄心を入れ,電解液として酢かワインを入れて電池を構成したと考えられています。

 このように古い歴史の中で,ある種の電池は何度も充電できることが分かります。充電可能な電池を二次電池,充電のできない電池を一次電池といいます。特に1899年にスウェーデンのユングナーにより発明されたニッケルカドミウム電池(通称ニッカド電池)は,比較的軽量な二次電池であったことから携帯機器用に発達し,炭鉱などでランプを頭に付けて作業をする際や,無線機を持ち運ぶときなどに使用されました。正極材料としてオキシ水酸化ニッケルを,負極材料に水酸化カドミウムを使用しており,電解液には高濃度の水酸化カリウム水溶液を使用しています。浅い充放電を繰り返すと見掛け上の容量が劣化する現象(メモリー効果)があるなど,上手に使いこなすには難しい点もありましたが,長い時間をかけて研究された電池です。長い歴史のおかげで使い方がよく分かっており,また密閉化ができる電池なので,人工衛星やロケットでは今でも電源の主軸です。

 一方,軽量化の試みとして考案された電池が,ニッケル水素電池です。ニッカド電池の負極材料を水素吸蔵合金という物質に置き換えた電池で,ニッカド電池よりも軽くて小型になるため,初期のノートパソコンや携帯電話用に普及しました。日本の民生部品・コンポーネント実証衛星「つばさ」に搭載されたほか,光衛星間通信実験衛星OICETS,科学衛星LUNAR-AやASTRO-Fなどに使用されます。比較のために,同じ容量の宇宙用のニッカド電池とニッケル水素電池を図1に紹介します。

図1 宇宙用ニッケルカドミウム電池(Ni-Cd)とニッケル水素電池(Ni-MH)

 ニッケル水素電池とは,負極の水素吸蔵合金の中を水素が出入りすることにより充放電が行われる電池ですが,水素ガスを直接圧力容器に封じた高圧型ニッケル水素電池も開発されました。ほかの電池は民生用でも市場を持っていますが,この電池は特に人工衛星や潜水艦などで使用される電池です。図2にバッテリの外観を示しましたが,充放電を繰り返してもほとんど劣化せず,また過充電や過放電にも高耐性を有しています。日本では技術試験衛星「きく6号」に初めて搭載され,その後「かけはし」「こだま」などに搭載されました。

図2 技術試験衛星VIII型(ETS-VIII)用100Ah高圧型ニッケル水素電池の1ユニット。
   これを二段直列に接続し,1バッテリを構成する。

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宇宙用電池の新たな試み

 上述したニッカド電池などは長い歴史の中で研究されてきた大変優秀な電池です。電池が1kg当たりに蓄積可能なエネルギーを質量エネルギー密度(単位はWh/kg)といいますが,前述の電池は40〜60Wh/kg程度でした。その後,携帯電話やコンピュータなどの集積化が進む中でより高密度な電池が必要となり,リチウムイオン二次電池が開発されます。

 この電池の最大の特徴は軽いことです。エネルギー密度は100Wh/kg以上であり(最近では160Wh/kgに達するものもある),従来の二次電池の2倍以上です。1990年ころから開発が進み,モバイル機器には欠かせない技術となりました。

 例えば,ニッカド電池を搭載する4トン級の地球観測衛星であれば,全質量の約7%程度の250kgから300kgがバッテリの質量です。もしリチウムイオン二次電池が使えれば,この質量が約半分の150 kg以下になり,代わりにセンサーの搭載や打上げ費用の節約ができます。このため宇宙用リチウムイオン二次電池の開発が,世界各国で精力的に進められています。

 日本では,世界に先駆けて衛星搭載用の大型リチウムイオン二次電池の開発を進めてきました。2003年5月に打ち上げられた「はやぶさ」には,世界で初めて大容量の宇宙用リチウムイオン二次電池(約13Ah)が搭載され,順調にフライトを続けています。表紙は,「はやぶさ」と,これに搭載されているリチウムイオン二次電池およびバッテリです。


燃料電池への期待

 これまで述べてきた二次電池とは別に,人類の宇宙進出を支えてきた技術が燃料電池です。燃料電池は,水素と酸素を反応させて,燃やさずに直接電力を取り出す発電システムですが,電気とともに水を生成するため,有人宇宙活動を中心に進歩しました。

 ほとんどの電池は地上用途で培われてから宇宙に進出しましたが,燃料電池は宇宙に端を発する電池です。宇宙で電気と水の両方を必要とした人類は,月を目指すと決めたときにまだ研究レベルだった燃料電池の実用化を決心します。1960年代のジェミニ計画で実用化された燃料電池は,その後のアポロ宇宙船やスペースシャトルにおいても使用され,今も有人宇宙活動を支えています。

 今日,自動車や家庭用の電源として燃料電池に注目が集まっていますが,その基本技術は過去の宇宙開発から生まれたものともいえます。そこに最新の材料技術を導入し,安価で信頼性の高い技術として燃料電池を開発する機運が高まっています。同様の要求から,航空宇宙分野においても新しい燃料電池の開発を試みています。

      図3 閉鎖運転を目指したJAXA試作燃料電池
      スペースシャトル運用模擬を含む1000時間以上の運転試験を実施

 図3はJAXAにより試作された燃料電池です。通常は大気環境下で使用することを想定する燃料電池を,宇宙という閉鎖環境下で運転が可能な設備として試作しました。スペースシャトルで要求される運転条件で運転試験を続けており,安定な発電性能を確認できています。いったんひな型ができると,いろいろな研究の方向性が見えてきました。

 まず,この閉鎖型燃料電池を小型軽量化して,宇宙機に搭載できる状態にしたいと考えています。現在JAXAが開発中の宇宙ステーションの補給機は,総質量約16トン/ペイロード質量約6トンに対して,搭載するリチウム系電池は1トン程度となります。燃料電池が使用可能となれば電源質量を半減でき,類似のミッションの能力向上が図れると考えます。

 また,JAXA宇宙科学研究本部には気球や垂直離着陸ロケットなどの技術があります。気球は成層圏領域を飛びながら観測や実験をしますが,その電源として使用すれば,北欧や南極の冬のような太陽の昇らない地域でも長期間の観測が可能になります。垂直離着陸ロケットは水素/酸素を燃料としており,この燃料の余剰分を活用すれば,数kgでロケットに必要な電力を賄える発電機として活躍することができます。

 この延長として,深宇宙探査機や地球周回衛星などにおいても,画期的な技術革新をもたらすことが可能になります。人工衛星は軌道上での姿勢制御用に燃料と酸化剤を積んでおり,これを燃料電池と共有すれば衛星電源の質量軽減が可能になるからです。また,衛星の電力系に不具合が発生したときでも,残推薬を使用して発電を行うことができれば,衛星の不具合にかかわるデータを送信できるばかりか,軌道を変更してデブリ(宇宙のごみ)化を防止することも可能となり,極めて有効な技術として進歩するものと期待しています。


今後の展開

 地球から離れた場所で電気を必要とする宇宙機は,いろいろな電池を工夫して使用しながら歴史を刻んできました。当面は,リチウムイオン二次電池をいかに使いこなすかが,宇宙用電源技術としては大切な研究になると考えます。また,燃料電池技術を習熟させ,さらには宇宙機の大型化に対しては,水の電気分解装置と組み合わせた再生型燃料電池が適用される時期がくることと思います。

 それでは,電池以外の蓄電システムはないのか。これも重要なテーマです。その一例が電気二重層キャパシタです。電極表面の電気二重層領域に電気を蓄える装置で,電池に比べると急速充電や急速放電が可能なほか,二次電池の10倍から100倍以上の充放電回数に耐え得ると考えられています。これが将来の宇宙機を支える技術として成熟するかどうか,現在研究を開始しています。

 ほかの技術同様,宇宙機に搭載する蓄電システムも万能というものはありません。時代とともに廃れる技術もあれば,新技術として期待されつつ実用化に問題を抱えることもあるでしょう。しかし,電気がなければ電子機器を動かすことができない以上,進歩し続けることを期待される分野の一つであると考えます。

(そね・よしつぐ) 



追悼

 宇宙航空研究開発機構総合技術研究本部エレクトロニクス技術グループ長 桑島三郎氏が,去る2004年9月15日に逝去されました。氏は生涯を宇宙用電池の研究開発に捧げ,宇宙機基盤技術としての電源系技術の発展に貢献されました。教えを受けた一人として,ここに哀悼の意を表するとともに,心からご冥福をお祈り申し上げます。

 桑島さん,後のことは心配でしょうが,どうかお任せください。心安らかに,宇宙から見守ってください。



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