No.278
2004.5

<宇宙科学最前線>

ISASニュース 2004.5 No.278 


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宇宙科学ビジョンにおける太陽系探査の役割
〜次期小天体探査への挑戦〜 

固体惑星科学研究系 矢 野 創  


 「はやぶさ」探査機が小惑星イトカワ往復の旅路に出発してから,1年がたちました。電気推進エンジンを連続運転する「はやぶさ」の運用は,ケプラー軌道に沿った従来の人工惑星と違い,まるで石炭をくべながら進む蒸気機関車のようです。実験科学者である私が運用スーパーバイザーの一人として「運転手」の任務にやりがいを感じるのも,毎日の運用自体が「はやぶさ」とそれに続く太陽系探査の発展に必要な工学実験だからです。

 そう,電気推進や小惑星サンプル採集など,「はやぶさ」が実証する多くの新技術は,次世代の探査機でも活用されることが期待されています。では,2010年代初頭に「はやぶさ」を引き継ぐ太陽系探査は,どのような科学目標に挑むべきなのでしょう これはJAXAが掲げる宇宙科学への「ビジョン」に直結する問い掛けであり,(驚いたことに)E.クランツがアポロ13号の飛行主任を務めた年齢に並んでしまった36歳の私にとって,もはや自分の世代が真正面から考えるべき問題なのです。

「はやぶさ」に続く次期小天体探査機案(原図出典:NASA/JPL, NASA/JSC, APL, NAOJ, NIPR, ISAS/JAXA, MEF, A. Ikeshita, Honda & Honda, T. Noguchi & H. Yano)


惑星科学の成立と「はやぶさ」の使命

 その問いに答える前に,そもそもなぜ科学者は太陽系探査を行うのかを考えてみます。

 狭い領域「科」の専門家としての「科学者(scientists)」がヨーロッパに出現したのは,19世紀半ばだといわれています。そんな近代科学の中核を成した「物理学」を朝永振一郎は,「我々を取り囲む自然界に生起するもろもろの現象dash ただし主として無生物に関するものdash の奥に存在する法則を,観測事実をよりどころに求めつつ追求すること」と定義しました。一方E.シュレーディンガーは,「我々は,すべてのものを包括する統一的な知識を求めようとする熱望を,先祖代々受け継いできました」と認めて,自然を要素分割して理解していく「物理学の世紀」から,多様な「科」を統合する学問「生命科学の世紀」へと,20世紀が変遷していく流れを作りました。

 そんな中で「惑星科学」は,古典物理学を基盤にしながらも,天体観測・物質分析・再現実験・理論計算などの研究手法を「統合」した学際領域として成長してきました。20世紀後半には宇宙機による「その場探査」という武器も手に入れて,今日の姿になりました。ですから「太陽系探査」とは,単独ミッションで目標天体すべての謎を解くというよりも,他の手法では得られない現地の情報を収集して,全体像を総合的に描くのに貢献する活動なのです。

 「はやぶさ」を具体例に考えてみましょう。望遠鏡観測で発見された数十万個の小惑星のうち,反射スペクトル型で分類されているものは2000以上に上ります。ただしこれらのデータは,各小惑星の表層物質のみを反映した低空間分解能の情報であって,そのパターンはローカルな地形,粒子の形状・サイズ,宇宙風化作用の強さなどに大きく依存します。また,小天体の破片である隕石・宇宙塵もすでに数万個が地上で採取,カタログ化されています。しかしながら,すべて大気突入以後に地球環境と反応しており,月・火星・ヴェスタを除くと個々のサンプルの母天体は特定できていません。

 河原で拾った小石を見ただけでは産出した上流の地層の位置,集積時期,形成条件を推定するのが難しいように,起源が不明な隕石のみでは太陽系内の空間分布の情報に読み直せません。そもそも地上の隕石・宇宙塵コレクションが太陽系全体の特徴をバイアスなく反映しているかどうかも判断できません。小惑星イトカワ(型)を「はやぶさ」の搭載カメラや分光計で全球的に計測した上で,産状の情報を持ったサンプルを地球に持ち帰り,特定の隕石グループ(普通コンドライト)と直接比べる。そこまでできて初めて,小惑星のスペクトル型データベースと隕石・宇宙塵の分類データベースの間を研究者が往来できる橋が一本架けられます。これこそが,サンプルリターン探査ならではの貢献です(図1)。

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図1 月・火星起源以外の隕石・宇宙塵試料の母天体については,まだ仮説の域を出ていない。(図版:廣井・矢野)


21世紀の太陽系探査が挑むテーマ

 最初の質問に戻りましょう。「はやぶさ」の成果を踏まえた次世代探査は何を目指すべきか

 まず,21世紀の宇宙科学すべてに共通した目標があるとすれば,それは「宇宙の始まりから私たち一人ひとりの人生に至るまでの,連続したストーリー」を紡ぎ出して,人類の世界観を刷新することだと思います。その中で惑星科学が果たす役割は,天文学と宇宙論が構築しつつある,「ユニバースが誕生から現在の構造を持つに至った歴史物語」と,地球科学が描き出しつつある「全地球史」の間を,
 (1) 太陽系内のすべての天体の誕生と進化,
 (2) 太陽系以外の多様な惑星系の形成,
そして
 (3) 生命前駆物質の化学進化,
それぞれのシナリオに矛盾がないようにつなぎ合わせる法則を導き出すことでしょう。

 1990年代NASAは,“Origin”というたった一つのキーワードを掲げて,宇宙,恒星,地球,生命それぞれの「起源」を探ることに観測・探査の目標を集約させました。原因と結果は自然法則の連鎖で結ばれていますから,「起源」という初期条件を明らかにするのと並行して,それぞれの時間・空間スケールでの「進化(Evolution)」のベクトルを支配する法則を見つけ出さなくてはいけません。私はこの「進化」こそ,JAXAのすべての宇宙ミッションを貫くキーワードになるのではないか,と思っています。JAXAの「太陽系科学探査の中長期的目標」は,
 (A) 太陽系の起源・進化,
 (B) 惑星の多様性,
 (C) 生命の起源,
 (D) 磁気圏の統一的理解,
つです。(A)〜(C)は,原始太陽系の情報を保持している小天体の進化過程を解明することが鍵となります。その際,ガス雲の収縮,塵から天体への成長,微惑星の合体,内部の熱的分化に至るまで,原始太陽系の進化過程のどのイベントを調べるかによって,訪問すべき小天体を正しく選ばなくてはいけません(図2)。

図2 原始太陽系の異なる場所でどんな進化段階を調べたいかで,探査すべき小天体は変わる。(図版:矢野・安部)

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 以上から,「はやぶさ」に続く太陽系探査では,原始太陽系の異なる進化段階の痕跡をとどめる小天体を複数訪問して,それぞれの時間スケール・物質・構造・環境などの情報を明らかにしていくのが一つの道筋でしょう。具体的なテーマとしては,第一に,「はやぶさ」のようなサンプルリターンを主要スペクトル型の小惑星に少なくとも一例ずつ行い,隕石・宇宙塵のデータベースとの対応付けを,なるべく早く決着させること。第二に,太陽系の時間スケールで生命前駆物質の化学進化がどれほど進むかを調べること。第三には,未分化小惑星から月や固体惑星の大きさまで成長する過程での内部構造の進化を追うこと,だと考えます(図3)。日欧米では現在,1980年代の国際ハレー艦隊に続く,彗星・小惑星探査の「第二の黄金期」を迎えていますが,これらつのテーマは,十年後も解決すべき目標として私たちの挑戦を待っているはずです。

図3 独自に検討した小天体探査ロードマップ。破線のだ円は現行の日本のミッション, 白いだ円は将来ミッション案。帯は海外の探査機。( 図版:矢野・安部)


次期小天体探査の始動


 さて,90年代後半から私たちはMUSES-C計画の一環として,行きやすい小惑星を探す観測やミッション設計の改良を続けてきました。その後,全国200名以上の有志が参加した「小天体探査フォーラム(MEF)」を通じて,次期ミッション案を4年にわたって検討しました。そして今年3月の宇宙理学委員会で「小天体探査ワーキンググループ(WG)」の設立を申請し,認可していただきました。

 現在は,理工学の若手が作るコアメンバー会議を毎週開き,5月末第1回WG全体会議と,重点開発項目ごとに分けた
  「探査機計測」
  「サンプラー改良・試料分析」
  「表面探査パッケージ」
  「ミッションデザイン」
  「航法・誘導制御」
つのサブグループの始動に向けて準備中です。今後の詳細検討では,「はやぶさ」の設計・試験・運用で学んだ教訓を活かして,科学的意義と工学的実現性が共に高いミッション実現と,開発期間・コストの抑制につなげたいと思います。以下に,これまで検討された代表的な2案をご紹介します(詳細は以下を参照,http://www.as-exploration.com/mef/mef_report/mef_report.html)。


●ミッション案1:
     スペクトル既知NEOマルチランデブー&サンプルリターン

 小惑星は反射スペクトル観測から,1ダースほどのスペクトル型に分けられています。現在の小惑星帯の一番内側にはS型V型,次にC型,さらに外側にはP型,そして木星トロヤ群などにはD型が多く分布していることが統計的に明らかになっています(図4)。ここから,火星と木星の間では原始太陽系の形成後,半径方向に物質があまり混ぜられなかったことが予想されます。そこでこの案では,1〜2機の探査機を主要なスペクトル型に属する近地球型小惑星複数個にランデブーさせ,全球マッピングや表層・内部構造の調査後に,サンプルを地球に持ち帰ります。探査対象としては,S型は「はやぶさ」で訪問するので,S型に次いで多く,炭素質コンドライト隕石の母天体と目される未分化小惑星のC型,母天体内部の熱的分化を探るためのM型E型V型,そして生命前駆物質の宝庫と予想されるP型に注目しています。そして小惑星と隕石・宇宙塵の分類の対応付けを決着させ,原始太陽系における物質の空間分布に焼き直します。なお,複数の小惑星からサンプルを持ち帰るためのミッション設計には,ロケットの本数,探査機の台数,探査機1機が訪問する小惑星の数というパラメータの組み合わせを,理工学の要求・コスト・リスクなど,さまざまな面から評価しなくてはいけません。

図4 小惑星帯では日心距離によって小惑星のスペクトル型ごとの存在率が大きく変化する。(図版:廣井より改変)

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●ミッション案2:「ファミリー」ミッション

 似た軌道要素を持つ小惑星帯天体の一群「族(ファミリー)」は,原始惑星が衝突破壊してできたと考えられています。この案では,同じファミリー内の複数の天体を訪問することで,母天体の内部構造,衝突破壊・再凝集の履歴,その物理・化学的素過程の解明を目指します。探査機は,
(1) 3大ファミリーの1つである「コロニス族」のS型小惑星に3〜6年間で3〜4個,
または
(2) 同一族ながら多様なスペクトル型を持つために,2つの小惑星が最近衝突した現場ではないかといわれている「ナイサ・ポラーナ族」の中で,3年間で2個,スペクトル型が異なる小惑星に接近します。
その後フライバイしながら,各天体表面へ自律航法型の子機を衝突させ,地下数mの深さから放出される破片を採集して,地球に持ち帰ります。これは次期小天体探査のつのテーマのうち,特に小惑星の内部構造探査に挑むものですが,新しい開発要素がやや多いのが課題です。

(やの・はじめ) 


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