No.272
2003.11

<宇宙科学最前線>

ISASニュース 2003.11 No.272 


- Home page
- No.272 目次
+ 宇宙科学最前線
- お知らせ
- ISAS事情
- 科学衛星秘話
- 内惑星探訪
- 東奔西走
- いも焼酎
- 宇宙・夢・人
- 編集後記

- BackNumber

磁気圏ダイナミクスの新しい見方 

東京工業大学大学院理工学研究科 藤 本 正 樹  


磁気圏という宇宙空間

 宇宙空間といえば,「そこは真空である」というのが,まず頭に浮かぶイメージではないでしょうか。実際,地表からどんどん高度を上げていくと,空気はどんどん薄くなっていきます。そして,地上100km付近では,地上でわれわれが普段接している空気とは異なる状態にあるガス dash ガスを構成する原子・分子がイオンと電子に分かれた電離ガス(プラズマ) dash が出現し始めます。この電離ガスは,地球大気が太陽光を受けて電離したもので,さらに高度を上げると密度は下がり続け,地上300kmより上では,もともとは太陽から吹き出した超希薄な電離ガスが次第に卓越するようになります。

 ここから先に進むのに,太陽を出発点とした視点に移りましょう。太陽大気は100万度もの高温のため電離した状態にあり,また,その高温のために太陽重力で束縛されずに太陽から外に向かってどんどん吹き出しています(太陽風)。地球は,この太陽風で満たされている太陽系空間に浮かんでいるわけですが,地球の場合は固有磁場を持っているため,プラズマの流れである太陽風はこの磁場に衝突し,磁気圏という空間を作り出します。地上300kmより上に広がる宇宙空間は,このようにして形成されるプラズマの世界です。そこでのガス密度は,1cm3当たりにガス粒子(イオン,電子)がせいぜい10個存在する程度です。地表面の空気より18桁も密度が低いので,「真空だ」という第一印象は必ずしも間違っていないと思われます。ですが,希薄でも実はプラズマが存在することから,そこでは例えば,極域の夜空を彩るオーロラの乱舞といったものに反映されるようなダイナミックな現象が展開しています。さらに,希薄であるからこそ,「無衝突過程」という地上での常識が通用しない物理過程がダイナミクスを支配している,という興味深い世界です。

 宇宙のほとんどは希薄なプラズマで満たされています。その意味で,磁気圏は典型的な宇宙空間の一つであるといえるでしょう。その一方,磁気圏は地球周辺の宇宙空間であるが故に,科学衛星による「その場」での観測が可能な唯一の宇宙空間でもあります。宇宙空間プラズマを支配する仕組みが地上での常識と異なることから,「その場」観測による宇宙プラズマ理論の詳細な実証は必須であり,そのような普遍的価値を持つ研究の機会を磁気圏は与えている,と言ってもいいでしょう。また,今後人類がますます宇宙進出するであろうことを考えれば,磁気圏は人類が活動する空間でもあるわけで,その際に悪影響を与え得る磁気圏プラズマの活動的現象は,天気予報をするかのように事前に予測(宇宙天気予報)されている必要があるでしょう。これらは,科学衛星観測による実証を伴いながら,磁気圏・宇宙プラズマ物理の理解を発展させていくことの意義の大きさを示しています。

- Home page
- No.272 目次
+ 宇宙科学最前線
- お知らせ
- ISAS事情
- 科学衛星秘話
- 内惑星探訪
- 東奔西走
- いも焼酎
- 宇宙・夢・人
- 編集後記

- BackNumber

電磁流体力学(MHD)からスケール間結合へ

 われわれは,基本的には宇宙空間における大規模でダイナミックな現象に興味があります。現象の空間スケールが大きいのであれば,電磁流体力学(MHD)は十分に正しく現象を再現する,というのが従来までの常識でした。MHDとは,通常の流体力学の運動方程式に磁場によってプラズマガスに加えられる力を加味し,さらに磁力線がプラズマガスとともに動いて変形する(「凍結の原理」)という磁場の時間発展を規定する式を加えたものです。この近似体系は,「凍結の原理」によって磁力線の変化がイメージしやすい,大変便利なものです。分かりやすさという点ではかなり完成度が高く,「これで全部OKです」と言えたらどんなに楽だろうかと思います。「でも実は……」というのがこの記事の趣旨です。

 さて,MHDに従えば,以下のような磁気圏の描像が得られます(図1)。太陽風が地球の双極子磁場と衝突するので,昼側では双極子状の磁力線が少しつぶれた形状となっています。一方,夜側では太陽風との相互作用の結果,磁力線が引き伸ばされた形状となっています。引き伸ばされた磁力線とは,反対向きの磁力線が電流層を挟んで向き合っている状態でもあります。この磁気圏尾部電流層は,しばしば薄くなるのですが,そのとき内部で爆発現象が起きます。それが,磁気圏活動の主要な源です。


図1 磁気圏


 上では「相互作用」や「爆発現象」と,ややあいまいな表現をしました。ここでは詳細には立ち入らず,これらにおいて「磁気リコネクション」が重要な役割を果たしていることだけを指摘しておきます。磁気リコネクションとは,互いに向き合った反対向きの磁力線がつなぎ替わるという現象で,磁力線のトポロジーを変えるという意味,そして磁場という形で蓄えられていたエネルギーをプラズマの熱・運動エネルギーに解放するという意味で,宇宙プラズマにおいて最も重要な現象の一つです(図1)。そして,この磁気リコネクションに代表される宇宙プラズマにおけるダイナミックな現象は,たとえそれが全体としては大規模なものであっても,実はMHDだけでは不十分にしか再現できない,という問題点があるのです。

 MHDという近似体系の範囲内で磁気リコネクションを取り扱おうとすると,非理想的な電気抵抗というものを導入する必要があります。電気抵抗は地上においては当たり前の概念ですので,そこに何の問題があるのかと思われるかもしれません。しかし,宇宙プラズマにおいては,地上では当たり前である電気抵抗の起源となる粒子同士の衝突がありません(無衝突プラズマ)。つまり,電気抵抗と同様な効果が地上とは異なる過程で発生して,それが磁気リコネクションを引き起こすのです。その過程においては,MHDでは無視してしまっているイオンスケール,さらには電子スケールといった微細スケールのダイナミクスが,重要な関与をしているのです。つまり,磁気リコネクションを真に理解しようとすれば,地上の常識を外挿して電気抵抗を想定するのではなく,MHDスケールからイオン・電子スケールまでスケールの異なるダイナミクスの連係の中で,結果として電気抵抗と同様な効果が現れる仕組みを把握する必要があります。この視座の転換の有効性は,あらゆる大規模でダイナミックな宇宙プラズマ現象において主張することができ,この考え方を「スケール間結合」と呼びます。そして,これを定式化するということは,時空スケールが何桁も異なるモジュールを連動させて考えるという,大変チャレンジングなものです。しかし以下に述べるように,今後,新規開発していく次世代観測機器による実証と,発展を続ける大規模プラズマ粒子シミュレーションの成果を有機的に組み合わせることで,可能になることだと考えます。

- Home page
- No.272 目次
+ 宇宙科学最前線
- お知らせ
- ISAS事情
- 科学衛星秘話
- 内惑星探訪
- 東奔西走
- いも焼酎
- 宇宙・夢・人
- 編集後記

- BackNumber

これまで,そしてこれからの磁気圏プラズマ「その場」観測

 科学衛星による磁気圏プラズマ「その場」観測とは,科学衛星のいる場所一点での,プラズマ粒子,電磁場,そしてプラズマ波動を計測するということです。1990年代以前MHDという問題意識が支配的だったので,イオン粒子データは流体的に加工(密度,流速,温度といった流体力学的パラメータとして解析),電子は参考程度,という研究がほとんどでした。1992年に打ち上げられた日米共同衛星GEOTAILが端緒となり,1990年代から現在に至る衛星データ解析では,イオンと電子は別の流体であること,さらにはその粒子的性質まで踏み込むこと,という問題意識が主流となっています。その結果,例えば磁気圏尾部リコネクションに関して言えば,磁気リコネクション領域周辺での電流構造,イオン・電子粒子加速の様相などが見えてきました。つまり,磁気リコネクションという,全体としてはMHDスケールのダイナミクスに埋め込まれていて,かつ全体として時間発展するのに重要な役割を果たしている,イオンスケールダイナミクスの把握が進んだということです。この成功の要因は,従来に比べて感度の高い粒子計測器を搭載したこと,かつ,粒子の速度空間における様相(分布関数)を綿密に調べるという徹底的な研究を行ったこと,また,プラズマ粒子的効果を含んだ大規模シミュレーション結果を参照しながらデータ解析を進めたこと,であったと考えます。

 水星を探査する日欧共同BepiColombo計画の一翼を成すMMO探査機は,水星磁気圏を探査します。そこに搭載されるプラズマ計測器は,従来の惑星探査機用のものに比べれば「とんでもない」と表現してもいいほどの時間分解能を持っています。これは従来のように,水星磁気圏のおおまかな様子を知るということに探査の目標を置いておらず,地球とパラメータが異なる水星磁気圏において宇宙プラズマ物理における最先端の問題意識に堪えるデータを提供し,宇宙プラズマ理解の構築に実証的に寄与することが目標とされているからです。実際,水星公転軌道においては太陽面爆発に伴う惑星間衝撃波が地球軌道に比べてはるかに強い状態で観測できること,水星磁気圏のサイズが全体として小さいことによって境界層乱流効果が増幅される可能性,尾部電流層が常に薄い状況にある場合の磁気リコネクションに関する問題など,パラメータの相違に起因する現象のバリエーションが予想できます。ある程度の予想がある一方で,やはり思いもよらない仕組みを見せてきた宇宙プラズマの世界のことですから,楽しい驚きを味わいながら実証を伴った知見の発展をさせていくことになるでしょう。

 科学衛星による宇宙プラズマ「その場」観測は,太平洋に浮かぶボートで気象観測することに例えられるでしょう。観測船からのデータはその地点での詳細な情報を与えますが,その一隻のデータだけで気圧配置を決定することが難しいように,単一衛星観測ではプラズマ中の空間構造は推測するしかありません。それでも,数値計算とタイアップしたりしてかなりの成果を上げてきました。しかし,「スケール間結合」という問題意識,つまり全体の中で鍵となる小さな領域を詳細に調べながら,その鍵領域が時間発展する全体の中にどのように埋め込まれているのかを同時に把握したいという意識が本格化するにつれて,隔靴掻痒(かっかそうよう)の感が出てきました。

 全体を把握するという方向の努力は,ISTP計画でもなされました。これは,さまざまな磁気圏領域を探査する各国の科学衛星をコーディネートし,さまざまな領域を同時観測するイベントを増やし,領域をまたいで展開する磁気圏ダイナミクスを把握しようとするものです(図2)。GEOTAILもこのメンバーであり,磁気圏昼側境界での磁気リコネクションの大規模な様相を欧米の衛星と同時観測して明らかにする,といった大きな活躍をしてきました。ISTPではせいぜい数機の同時観測しかありませんでしたが,それでも同時多点観測の有効性は高く評価されるに至りました。


図2 ISTP計画


 鍵となる領域の空間構造をしっかり把握したいという要求は,コンパクトな編隊を組み,その中に鍵領域を挟み込むという方法で満たすことができます。これを世界で初めて実行したのが欧州のCluster-IIです。つの衛星で編隊観測を行い,磁気圏各領域における最適衛星間距離,複数衛星データ相互参照テクニックといったノウハウの獲得と同時に,科学的成果も出始めたところです。また,2006年には米国のTHEMIS衛星が打ち上げられ,5機編隊で磁気圏尾部にある爆発的オーロラの巣に迫ります。

 ここまで述べた現在進行中の計画では,実はプラズマ観測の時間分解能の制約から,せいぜいイオンスケールのダイナミクスまでしか迫れません。その一方で,電子スケールにおいても大規模ダイナミクスに反応して興味深い現象が展開していることが,プラズマ波動の観測からは知られています。代表的なものは,強い電流に伴って発生する静電孤立波構造です。大規模でダイナミックな現象の発展によって局所的に強い電流が駆動され,それによって電子ダイナミクスとの結合が起き,そのことがさらに大規模ダイナミクスにフィードバックするという,まさに何桁にもわたって「スケール間結合」が発動していることを支持するものです。ただし,その真の実証には,プラズマ観測も電子スケールを分解するだけの時間分解能を持つ必要があります。

- Home page
- No.272 目次
+ 宇宙科学最前線
- お知らせ
- ISAS事情
- 科学衛星秘話
- 内惑星探訪
- 東奔西走
- いも焼酎
- 宇宙・夢・人
- 編集後記

- BackNumber

そして,次世代の観測へ

 これらを踏まえて,次世代の観測計画とはどのようなものであるべきでしょうか。まず,鍵となる領域をきちんと観測しながら,同時に全体を把握する必要があります。また,鍵領域の観測では電子スケールまで迫る必要があります。これらの要請を満たすものとしてわれわれが考えているのが,NASAMagCon計画と同時にSCOPE計画を実行する,ということです(図3)。


図3 MagCon計画(左)とSCOPE計画(右)


 MagCon計画とは,磁気圏内に数十個の小型衛星をまき散らし,それぞれは簡単な観測しか行わないが,それでも全体のMHD的様相は把握しようというものです。ISTPにおいて試みられたことが,より組織的に行われます。衛星間距離を地球半径の2〜3倍にとり,地心距離10地球半径から30地球半径までの磁気圏を稠密に覆うので,磁気圏物理で焦点と領域全体で何が起きているかを把握するという意味では,よく考えられた計画です。

 しかし,「スケール間結合」という問題意識にのっとれば,物事を引き起こす鍵となる領域,例えば磁気リコネクション領域で電子スケールまで分解して,何が起きるかだけでなくてそれを起こす仕組みは何かという問題も同時に観測して,実証的に理解したいわけです。そこでSCOPEではMagConが全体を把握する中,衛星編隊でイオンスケール程度の空間構造を把握しながら,その中心では高時間分解能プラズマ粒子計測とプラズマ波動観測を行い,電子スケールダイナミクスまで把握する計画です。

 MagCon計画SCOPE計画の共同観測は約10年先と考えています。それまでに開発すべきことは多々あります。日本で初めての編隊飛行だということに伴う事柄は言うまでもありませんが,これまで立ちふさがっていた困難も突破して「鍵領域の完全観測」を目指すので,観測機器の設計や基礎開発だけでなく,それを理想的な状態で搭載するための衛星構造に関する議論も始めています。10年はずいぶん先のようにも思えますが,現在進行形のプロジェクトのデータ解析や大規模数値シミュレーションといった,一見プロジェクトに無関係なことでも,「スケール間結合」という視点を意識して進めることで次世代計画を充実させていくことになる,つまり,誰もが結果的にSCOPE計画と関連を持たずにはいられない10年だと考えます。ものすごい高時間分解能(10msec)で観測して初めて真の理解が可能となる,というのはずいぶんな回り道のように思われるかもしれませんが,宇宙プラズマという常識の通用しない世界を相手にしている以上,「急がば回れ」こそが正しい戦略でしょう。

(ふじもと・まさき) 


#
目次
#
お知らせ
#
Home page

ISASニュース No.272 (無断転載不可)