No.257
2002.8

<研究紹介>   ISASニュース 2002.8 No.257

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ペネトレーターで惑星(衛星)の地殻熱流量を直接観測する

宇宙科学研究所 田中 智  



1.はじめに

 多くの惑星や衛星は地震活動を思わせる大断層や火山噴火,溶岩流出(の痕跡)などの痕跡が見られ一部の惑星では現在に至っても活動を続けている。地球では,とりわけこの日本ではこれらは日常茶飯事に見られる現象である。プレートテクトニクスという言葉はもはや一般に普及していると思われるので説明を要しないと思うが,硬い岩石が1年間に数十センチメートルもの速さで運動している。これらすべての原動力となっているのは惑星内部からの熱をどうやって外に排出するプロセスにほかならない。地球は今なお内部に持っている熱エネルギーを一生懸命外に出そうとしている最中であって約30億キロワットの熱を排出している。これは世界中が消費している電力量におよそ匹敵する量である。この熱エネルギーは46億年前に地球が生成したときにためこんだエネルギーと岩石中に微量に含まれる放射性同位体の発熱に起因している。従って惑星や衛星が排出している現在の熱流量を知ることは惑星生成時から現在に至るまでの惑星の活動の様子や惑星を作った材料物質が何であるかを推定するための重要な制約量である。

 地殻熱流量とは惑星内部から単位面積あたり単位時間に流れる熱量のことである。これは計測点の熱伝導率と温度勾配を計測すれば得ることができる。本稿では熱流量をペネトレータで計測するためにクリヤしてきた主要な問題点や今後の課題について紹介する。


2.ペネトレータで熱流量を計測する

 LUNAR-AミッションやペネトレータのことについてはこれまでのISASニュースなどでも度々取り上げられてきたので詳しく説明しないが,母船から投下された後に減速,および姿勢制御された槍型のプローブが約300m/sの速度で表層下数メートル貫入して惑星や衛星の内部構造探査を実施する(図1)。月の場合では約1mという深さが太陽からの熱入力の影響がほとんど無視できる深さなのでこの貫入条件を満たすことは熱流量計測にとって重要である。太陽熱入力の影響を受けない深さは表層物質の熱拡散率と自転周期などの関係で変化する。地球の場合だと同条件になるのに10倍以上の深さが必要である(従って地球の場合は太陽からの影響をほとんど受けない海底で行われることが多い)。

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図1:ペネトレータ投下シーケンス概念図


 レゴリスの熱拡散率が非常に小さいおかげでわずかの深さでの熱流量計測が可能になるのだが,逆に困難も生じる。ペネトレータをレゴリスと同じ程度の熱物性で作ることは到底不可能であって,少なくとも数倍,大きいものでは100倍以上もの熱伝導率を有する部材を使わざるを得ない。この状況ではペネトレータ周囲は大きく異なったものになってしまう。さらにこのことは熱平衡に達するまでに長時間を要する。この様子を図2に示した。

図2:レゴリス中のペネトレータ温度分布予想図。

a)ペネトレータの初期温度0℃で15日経過後
(レゴリス温度は約-20℃で温度勾配が1mあたり1度)


b)ほぼ熱平衡状態に達した温度分布。いずれも温度間隔は0.05度



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 これに対抗する手段はペネトレータの熱伝導率を極力小さくすること,各部位の熱物性を詳細に計測し精度の高い数値シミュレーションによる温度場を精密に再現することである。後述するが平衡状態(に近い状態)を迅速に達成するためには貫入時の温度ポテンシャルを高精度で制御することも重要である。ペネトレータの搭載機器が確定している現状では熱物性を実際に測定し精密に数値計算に反映させることが目下我々の研究の重要な一部を占めている。

 図3はペネトレータ全体の熱物性を測定した結果の一例である。本例ではペネトレータ表面に約40点の温度センサーを取り付け周囲の温度を徐々に変化させたときの表面温度変化を示したものである。この実験は探査機で通常実際される熱真空試験と共通した部分もあるが,求めている精度が10倍以上高いので温度計測方法やセンサー実装方法に特別の配慮が施してある。周囲を一定温度で変化させているのに対しペネトレータの表面温度は内部の熱物性を反映して温度分布が現れる。これを数値計算と比較することによって内部の熱的構造を推定する。これまでに達成できた熱物性の計測精度は熱流量観測で重要な影響を及ぼす部位についておよそ6%程度である。この精度が熱流量の計測精度に直接影響しているので計測精度の向上および数値モデルの高精度化をさらに続けている。


図3:ペネトレータ熱物性測定試験結果一例。
ペネトレータと周囲が等温の状態から周囲温度を一定の割合で降下
させたときのペネトレータ表面温度変化を示した。
図中の実線は数値モデルでシミュレーションした予想温度分布。 


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3.耐衝撃性との闘い

 ペネトレータの開発で最も難しい点の一つは,貫入時に発生する5000G以上と推定される高い衝撃力に十分耐える機器を開発することである。ペネトレータには貫入の際に高速でかつ複雑な圧縮,および引っ張り応力が数十ミリ秒のオーダーで発生する。このような高歪み速度下での材料特性やそれを推定する精度もよくないことから,どうしても実証的に確かめざるを得ない。

 熱流量観測にとって最も厳しい条件にさらされるのはペネトレータ表面付近に実装される熱伝導率センサーと呼んでいるものである。このセンサーは月レゴリスと直接接触させて計測を行う。厚さ0.5mmの銅プレートの保護板の直下に温度センサーとヒーターが組み込まれヒーター印加時の温度応答で熱物性を測定する。これまでにおよそ100台以上の実証試験を繰り返した。その中にはセンサーに断線が生じて使用不可能になるという致命的な現象が発生した事もあった。不具合を生じたセンサーを詳細に調べた結果,センサー内部に亀裂が入りヒーター部分が断線していることがわかった。センサー搭載部分の局所的な構造モデルを構築して応力場計算の実施やシミュレーション試験を実施した結果,センサーを搭載している特定の部位に応力集中が生じていることが明確になった。そこで,高歪み下でも非常に大きな靭性を有する充填剤(エポキシ樹脂)が開発されたことを知り,センサー周りの充填部材の変更を検討した。数値的な見積もりや実験的な結果はセンサーを固定する充填材の変更のみで十分耐えることが示され,2001年6月に実施された貫入試験においてその耐衝撃性が示された(図4)。


図4:2001年6月実機貫入試験直後の構体表面。
構体表面に装着された熱伝導率センサーの状態を拡大して示した。
本試験で熱伝導率センサーの耐衝撃対策の有効性が実証された。 


 このように熱伝導率センサーの開発においては,数多くの困難があったが,いずれも解析的検討と実証試験を通じてこれらの困難を克服してきた。現在では,これらの開発を通じて,きわめて高い耐衝撃性を持つ熱流量計測システムが完成したと考えている。

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4.最近の研究と今後の展望

 前に述べたように(図2a)温度ポテンシャルをレゴリスと極力近づけることは熱的平衡条件を達成させる上で重要である。ペネトレータの場合機器配線や重量などの問題から熱制御については,受動的なウェイトが高い。つまり熱制御材の光学特性(太陽光吸収率や赤外輻射率)が熱制御に大きなウェイトを占めている。工学部門の協力を得て熱制御材の高精度計測および紫外線などによる劣化特性を正確に把握する測定を実施している。

 ペネトレータは将来の惑星,衛星内部構造主力探査機となることは間違いないと信じている。世界に類を見ない本技術を開発することが困難なことは当然だがこれまでに得られた経験や課題の数も膨大なものになっている。熱流量計測のためにより最適化したセンサーの設計やペネトレータ構造設計などこれら将来の課題を念頭に入れつつ最初の一歩であるLUNAR-A計画を成功に導きたい。

(たなか・さとし) 


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