No.257
2002.8

ISASニュース 2002.8 No.257

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3泊4日のイタリア紀行

國 枝 秀 世  

 午後の日射しにつやつやと光る石畳をゆっくりと登って行くと,石積みの建物が不規則だが心地よく並んでいる。見上げると,バルコニーに切り取られた,6月のイタリアの抜ける様な青空がそこにあった。道ばたでスツールに腰掛けたおやじさんに迎えられて小さなアーチをくぐる。目が慣れると共に,奥に続く通路脇のワイン樽の列が浮かんで来る。その向こうに灯りの見えるドアがあり,ようやくレストランだと分かる。昼食のメニューはごくシンプルで,4種類。きのことガーリックのパスタと炭酸入りの水を注文する。簡単な皿に盛られたスパゲッティは自家製パスタの看板に偽り無く,口の中をイタリアへ来た満足感で満たしてくれる。これが,この後10時間の激論の序章となると知る由もない。

 今回,イタリアへ向かったのは,ESAX線天文衛星ニュートンの観測提案(活動的銀河)の審査のためであった。76編の提案書を,宇宙研への行き帰り,新幹線,最後は早朝,成田を発ったイタリアへの飛行機の中で読み続け,議論のまとめを用意してのぞんだ。この日も朝8時半に宿へ迎えが来て,ローマ天文台へ向かう。場所はローマ南東30kmほどにあるFrascatiと言う,かつてはローマ貴族のヴィラのあった,なだらかな丘の上にある。ホテルもそんなヴィラの一部に立てられ,部屋の窓からはあずまやのある庭園が広がる。バルコニーに出ると,北の方にはスモッグに霞むローマの街が望める。振り返るとすぐ向こうの山に望遠鏡ドームのあるローマ天文台が佇む。その左手向こうにはモンテポルッチオの街が,小高い丘の上,教会の尖塔を中心にかたまっている。まわりの山裾にはオレンジがかったレンガ色の屋根を載せた家々が,一幅の絵画の様に点在する。

 車で10分ほどの天文台は,3階建てだがそれにしては背の高い建物である。これは940年代1,ムッソリーニが荘厳さを強調しようとして,好んで立てた一連の建造物の一つである。中に入ると,天井の高いホールに古い望遠鏡,観測装置が真鍮の鈍い光を放っている。木組みに載せられた機器は,当時の最高の技術で作られたものの持つ威厳を備えている。我々の会議室は,両側に4m程の高さの本棚が並んだ廊下を進んだ奥にあった。本棚の上の方には革表紙に金文字の浮かぶ本も並んでいるが,下の方には新着雑誌が揃い,今も機能している。残念ながら100年以上前の歴史的書籍はそこには並んでいないということだった。

 会議はこの日と翌日の二日の予定で始まったが,ドイツ人,イタリア人,日本人がある意味で公平に,ある意味でそれぞれの利益代表として,76編の提案をつほどにサブグループ分けして議論した。持ち寄った個人個人の採点は時に大きく食い違い,議論が続く。昼食までは比較的平穏に過ぎ,冒頭の楽しいランチとなった。その後は立場,解釈の違いもあって長引き,夏至近い6月の太陽も知らぬ間に沈み,気が付くと午後10時をまわっていた。偏見かもしれないが,イタリア人もやる時はやる,と感心する。ヘトヘトになって宿へ帰ると,レストランは終わっていて,ルームサービスの軽い食事とワインで寝てしまった。

 翌日は,前日の頑張りで難問は大筋決着し,詰めの議論と順位付けの確認で終始し,昼過ぎに手打ちとなった。少し遅めのランチをFrascatiの町に出て取ることにする。歩道にテーブルのあるデリでサンドイッチを買って食べる。選ぶのを迷う程,ハムやサラミが並ぶ。カウンターから振り向くと,イタリア対メキシコの試合がTVで始まっていた。一瞬,店が揺れる程の歓声が上がり,直後にブーイングが鳴り響いた。イタリアの最初のゴールがオフサイドで取り消された時である。一緒に食事をしたイタリアの研究者も「今日勝たないと予選敗退だ」と沈んだ顔をしていた。「日本ではイタリアチームは若い女性に大人気だ」と持ち上げてやっても,「勝てなきゃ」と不満そうだった。今回の会議で事が比較的スムースに進んだのも彼があまり元気がなかった所為かも知れない。

 この凝縮した1日半の議論を終えて,午後遅くローマへ出るものの,疲労と,折からの30度近い気温にぐったりとなって食事もそこそこにホテルに戻った。審査の二日をはさんだ3泊をしただけで成田へ着いた土曜日,午後には宇宙研で予算についてのヒアリングが待っていた。帰りのフライトが満員でアップグレードされたのがわずかな慰めであった。これぞまさしく東奔西走!。

<追伸>イタリアチームのオフサイドは線審がメキシコディフェンダーの影で見にくかった所為だと夜の番組で図説していたが,この件だけで喧々諤々の議論を延々2時間続けるイタリアの番組にも驚いた。

(くにえだ・ひでよ) 


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浩三郎の科学衛星秘話
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