No.256
2002.7

ISASニュース 2002.7 No.256

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第11回

宇宙環境利用の優等生;無容器プロセシング 

栗 林 一 彦 

 材料プロセシングにおける無重力環境の効果,つまり宇宙でさまざまな材料をつくることの意義をキーワードで表せば,「無対流」「無容器」「高真空」の三つになる。無対流は文字通り密度差に起因した対流がなくなること,無容器は液体の保持に容器が要らないこと,高真空とは地上の実験室では得られないような大空間の高真空領域のことである。

 融液を冷やすと融点で凝固するというのは,熱力学的に平衡な場合であって通常は大なり小なり過冷する。これは凝固には核生成を伴うからであって,核生成のための駆動力,つまり過冷却が必要なことを意味している。過冷却が大きい場合,通常とは違う物質が得られる可能性があるが,これは極めて難しい実験となる。というのは地上重力下では融液の保持にルツボ(容器)が不可欠であり,容器を使うと容器壁そのものあるいは容器壁から混入した不純物が核生成の優先サイトとなるからである。この点,液体の保持に容器を必要としない無重力環境は,新物質や高品質物質の創成の格好の場であり,この点から,容器を使わずに物質を融かしたり固めたりする無容器プロセシングは,宇宙環境利用の優等生と目されるようになった。

 ところが,筋書き通りには運ばないのは無容器プロセシングとても例外ではなく,宇宙実験の機会はなかなか訪れてこない。業を煮やした研究者は,自らの手で試料を空中に浮揚保持することを始めた。彼らは電磁力,ガス流,音圧,静電場,磁化力等々,さまざまな手法を用い,金属,半導体,セラミックスなど,さまざまな物質を空中に浮遊保持し,加熱,融解,凝固を試みた。筆者もその一人であり,「浮かない話が多い昨今,せめて研究ぐらいは浮いた話にしよう」といいながら,もっぱら浮いた浮かないに憂き(浮き)身をやつしている。

 話を本線に戻して,無容器プロセシングの実験例を示そう。空中に浮いた液体は表面張力により丸くなり,そのまま固めれば球形の単結晶が得られるはずである。ところが,多くはそうはならない。理由は多くの物質では固まる際の界面がでこぼこ,というよりぐしゃぐしゃになるからである。図は空中に浮いた直径5mmのシリコンの液滴が固まる瞬間を高速ビデオで撮影した写真である。左は融点より50度低い温度で固まる際,右は130度低い温度で固まる際の像であり,白い部分はすでに固まった部分,赤い部分は未だ固まっていない部分である。

 両者の違いは明らかであり,左図では線状(3次元的には板状)に固まり次第に線幅(板厚)が大きくなるのに対して,右図では小さな結晶がばらばらに生成する。単結晶化には左図のような結晶化過程が適していることは明らかである。裏返せば,固まる温度を巧く制御してやれば球状の結晶が得られることになる。これは試料を空中に浮遊保持すれば造作もないことだが,一個一個作っていたのでは非効率きわまりない。そこで筆者は,空中浮遊の代わりに液滴の自由落下による量産を試みることにした。すなわち特殊実験棟に設置したドロップチューブを使ってポタポタと液滴を落下させ,一定の温度で固まる工夫を施してやれば,1時間1万個も可能になる。現状は未だ道半ばの感が濃いが,いずれISAS発の初のベンチャービジネスへと,夢だけはどんどん膨らんでいる。

(くりばやし・かずひこ) 


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