No.256
2002.7

<研究紹介>   ISASニュース 2002.7 No.256

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宇宙プラズマの秘密を探る
〜希薄なプラズマの不思議な振る舞い〜

宇宙科学企画情報解析センター 篠 原 育  

 よく宇宙空間は真空だと言われますが「宇宙空間は真空ではなくて,非常に薄いけれどもガスで満たされています。」と聞いても驚く人はあまりいないでしょうか。宇宙空間を満たすガスは,ほとんどの場合,ガスを構成する分子や原子がさらに電子とイオンへとばらばらになった“プラズマ”状態にあります。地球周辺空間では,太陽コロナから吹き出してくる太陽風と呼ばれるプラズマの風や,地球の超高層大気に太陽からの紫外線があたることによってできる電離層のプラズマがその起源です。太陽風は地球軌道付近では密度は数個/ccしかなく,温度は数十万度です。太陽風がどれ程希薄なガスであるかというと,一滴の水を日本海全体(約130万km3)にならすことができたとすると,その時の水分子の密度が大体数個/ccに相当します。これほどに希薄な気体に何か面白いことがあるのでしょうか

 太陽風の速さは数百km/秒にも及ぶ超音速の流れで,この流れが時々刻々と地球に向かって押し寄せてきます。地球には固有磁場がありますが,電荷を帯びた粒子で構成されるプラズマは電気伝導度が非常に良いので,地球磁場は太陽風中に閉じ込められることになります。こうしてできた太陽風中に浮かぶ地球磁場の支配する領域を“磁気圏”と呼びます。磁気圏は太陽風にとって障害物なので,超音速の太陽風の流れが衝突することによって衝撃波が磁気圏の前面に形成され,地球の昼間側の磁気圏は太陽風に圧縮されてつぶれた形になります。一方,地球の夜側の磁気圏は太陽風に引き摺られて長く伸びたしっぽのような形になり,もし磁気圏が目に見えたとしたらまるで彗星のように見えるでしょう。


図1:磁気圏の模式図と百武彗星


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 以前は,磁気圏は何の活動もない静かな領域だと考えられていました。しかし,人工衛星による宇宙空間の直接探査が始まると,静かな磁気圏像とはまったく異なって,太陽風と磁気圏の間ではエネルギーやプラズマのやり取りがおこなわれ,磁気圏が非常にダイナミックに変動している様子が明らかになってきました。最も変動が激しい現象としては磁気圏サブストームがあげられます。太陽風中に存在する磁場が南向きの時は,地球の昼間側で地球の磁場と反平行になるので太陽風と地球の磁場がつなぎかわることができ,太陽風のプラズマやエネルギーが磁気圏の中に取り込まれるようになります。取り込まれたプラズマやエネルギーは,地球の夜側の磁気圏(磁気圏のしっぽ)の磁場やプラズマ・シートと呼ばれるプラズマの貯蔵庫に蓄えられますが,この蓄積されたエネルギーがある時爆発的に解放されて発生するのがサブストームと呼ばれる現象です。サブストーム時には磁気圏の構造は大きく変動し,極地方の夜空には鮮やかで激しいオーロラが舞います。こうして激しく変動する磁気圏周辺空間では,オーロラを発光させるオーロラ電子以外にも様々な高エネルギープラズマ現象が発生します。

 例えば,プラズマ・シートに蓄えられたプラズマの温度は数千万度〜数億度にも達します。この温度はその起源である太陽風のエネルギーから想像されるものに比べてずっと高いものですが,その成因は未だに謎のままです。このように宇宙空間は,高速で流れるプラズマ(=太陽風)とその障害物(=地球・惑星)とが相互作用をすることによって,非常に活動的で面白い現象に充ちた空間となっています。私たちの研究対象はこのように“希薄で目に見えない”宇宙プラズマの世界に生ずる激しくて複雑な現象です。学生の頃に読んだ何かの教科書のまえがきに「物理現象の面白さはその質量密度に比例する。」と書いてあったのを覚えていますが,この言葉は間違っているのではないでしょうか。

 太陽系の惑星間空間を含め,宇宙空間のほとんどの場所は希薄なプラズマで満たされていると考えられています。ですから,宇宙空間で発生している活発な現象を理解するためには,この希薄な宇宙プラズマの性質をよく知る必要があります。宇宙プラズマを特徴付ける重要な性質は“粒子同士が直接衝突しない”ことです。私たちが地上で接している空気の密度は1cm3あたり1020個もの分子が含まれています。これだけ大きな分子密度をもつと分子同士は非常に頻繁に衝突し,素早く熱平衡に至ります。このような場合,統計力学から粒子の速度分布はMaxwell分布になることが知られています。

 普通,衝突頻度が大きい数密度の大きいガスの力学を考える場合は局所的には熱平衡が実現されていると考えて,ガスを構成する粒子の速度分布を気にすることなく,熱力学的な取り扱いをします。ところが,宇宙プラズマのようにプラズマを構成する電子やイオンの数密度が1cm3あたり数個以下のようなガスでは,粒子同士が衝突することは非常にまれなことになります。例えば,太陽風の場合,一つの電子が他の電子やイオンと衝突する頻度は約2週間に一度しかありません。このように粒子同士の衝突の効果が無視できるほど小さいプラズマのことを“無衝突プラズマ”と呼びます。無衝突プラズマでは地上の空気のように衝突によって素早く熱平衡に至ることができないので,しばしばMaxwell分布からかけ離れた速度分布(非熱的分布)が実現されます。

 それでは,無衝突プラズマの中ではどんな“変な”分布も安定に存在できるのでしょうか 答えはノーです。ここで重要な役割を果たすのが電磁場の波です。プラズマは構成する一つ一つの粒子がプラスやマイナスの電荷を持っているので電場や磁場から力を受けます。逆に,電子とイオンの運動のずれからプラズマ中に電流が流れると電場や磁場が発生します。プラズマの運動と電磁場の変動はお互いに影響を及ぼしあい,切っても切れない関係にあります。プラズマが“変な”分布をしている場合は,その分布が原因で電磁場に波が発生します。(プラズマ不安定)プラズマ中の粒子はその波から影響をうけてその運動が変わるので,次第に速度分布の形も変わっていきます。このプロセスはプラズマの分布が安定な状態になるまで続きます。“変な”分布を持ったプラズマは電磁場の波を介してMaxwell分布(=熱平衡)へ近づいていくことになります。(図2)したがって,無衝突プラズマ中では「プラズマ不安定を通したプラズマ粒子と電磁場との相互作用が衝突の代役を務めている」と言うことができるでしょう。


図2:粒子の衝突と速度分布


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 プラズマ不安定は,不安定の源となる“変な”分布の粒子種が電子によるのか/イオンによるのか,分布の形はどうなっているのかなどの諸条件によって,発生する波の特性周波数や波長は様々です。また,これらの関わる不安定の種類によって粒子衝突の仕方も変わります。このような複雑な粒子間衝突の仕掛けが,無衝突プラズマの理解を非常に困難な(=面白い)ものにしています。

 粒子間衝突の効果は,前に述べた粒子分布の熱的な緩和という意味以外にも,大局的なプラズマの運動の観点からも重要です。例えば,電流中でイオンと電子が衝突してお互いに運動量を交換することが,大局的には電気抵抗が発生したことに相当します。電気抵抗の発生はジュール加熱や磁場拡散の原因となって大局的なプラズマの運動に影響を及ぼします。無衝突プラズマ中では,プラズマ不安定に起因したイオン‐電子間衝突によって電気抵抗の効果が表れることになりますが,そのモデル化は容易なものではありません。

 空気や水のような流体の運動を考えるときは,私たちは普通,流体力学の理論を用いて一つ一つの分子の運動は問題にしません。同じように太陽風だとか磁気圏だとか,プラズマの大局的な運動を調べるときには,磁気流体力学の理論を使います。例えば「磁気圏の形」とか「磁気圏内でのプラズマの対流運動」などについては磁気流体力学でよく理解することができると言われています。しかし,粒子の運動の効果を無視する流体理論では前に述べた電気抵抗のような散逸効果の原因を直接含むことができません。

 これまでのプラズマ物理学では,プラズマ不安定の理論から導かれた電気抵抗などの輸送係数(粘性,抵抗,熱伝導)モデルを磁気流体力学の式に繰り込むことによって,無衝突プラズマの大局的な振る舞いを調べてきました。実際,これらの輸送係数を無視する散逸の無い理想磁気流体力学の取り扱いだけでは,異なる二つのプラズマ領域間(太陽風と磁気圏)の相互作用がまったく無くなってしまうので,流体理論を使う限り,どうしても輸送係数のモデルが必要となります。もしこの方法が正しいならば,これらの輸送係数を正しくモデル化することができさえすれば,いちいち複雑なプラズマ不安定の詳細に立ち入らずに,プラズマの大局的な運動を正確に知ることができるようになります。しかし,実はプラズマ不安定を通しての散逸効果を流体力学的な輸送係数といった形で表現することが,無衝突プラズマの散逸過程の本質を捉えているかどうかは必ずしも自明ではありません。そもそも,宇宙プラズマ中には様々な非熱的な粒子加速現象が観測されており,これらの現象は磁気流体力学的に理解することは不可能です。

 プラズマ不安定の効果を磁気流体力学の輸送係数として表すことができるための一つの条件は,流体力学的な大局的なプラズマの運動に対してプラズマ不安定の時間・空間スケールが十分に分離できることです。ところが,時間・空間スケールが十分に分離できている場合でさえ「プラズマ不安定とその背景となる流体力学的な構造の時空間発展が場合によってはお互いに強く影響を及ぼしあうこと」が,最近の私たちの計算機シミュレーションの結果から判ってきました。内容について詳しく紹介をする紙面はありませんが,重要なことは,
(1)それ自体は散逸効果を発生できない流体的な運動と散逸に関わるプラズマ不安定とが結びついて,
(2)プラズマ不安定の理論から予想されるよりもずっと大きな散逸をもたらし,
(3)磁気流体的構造をも変化させ,
(4)一部に非熱的電子加速が発生した,
ことです。このような現象は,明らかに磁気流体力学では記述しきれません。宇宙プラズマの特性をより正しく理解するためには,私たちはもっとこれまでの磁気流体的取り扱いに疑いの目を向ける必要がありそうです。

 以上に述べてきたような宇宙プラズマの性質を研究するためには,プラズマの速度分布の形やその場の電磁場の変動を高精度に知ることが非常に重要です。この点において「リモートセンシング観測」や「地上プラズマ実験」による研究よりも「計算機シミュレーション」と並んで「人工衛星による宇宙空間のその場観測」による研究が有利です。GEOTAIL衛星は地球磁気圏のプラズマの速度分布を12秒に一度観測していますが,GEOTAIL衛星の最大の成果の一つは,磁気流体力学の枠組みを超えたイオンのダイナミクスを明らかにしたことでした。実際,観測されたイオン速度分布からは,イオンが流体としてではなく粒子として飛び交っている姿が浮かび上がりました。

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図3:GEOTAIL衛星が観測した粒子として振舞うイオンの速度分布関数


 しかし,GEOTAIL衛星の時間分解能ではイオンのダイナミクスを観測するので精一杯で,電子のダイナミクスは未知の世界のまま残されました。GEOTAIL衛星の成果の延長として,私たちは2010年頃の打上げを目指してSCOPE(Scale Coupling in Plasma Environment)プロジェクトの立案を開始しています。この計画では,複数衛星による編隊観測と超高時間分解能(GEOTAIL1/1000)の電子分析器を観測の核として,電子のダイナミクスまでを詳細に観測することによって,これまで計算機シミュレーションでしか扱えなかった宇宙プラズマの散逸過程の実態に迫ることを目指しています。SCOPE計画による実証的サポートを得ることができれば,これまでの磁気流体力学を超えた,新しい宇宙プラズマの普遍的な記述体系を得ることができるのではないかと期待しています。

(しのはら・いく) 


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