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第24回
X線CCDを使って月・小惑星表面の元素を測る
加藤 學
実験室での元素分析に蛍光X線分析法という手法があり,分析技術として様々な分野でもちいられている。実験室では励起源としてX線や電子線を使い,真空容器の中で試料をたたいて放出される二次(蛍光)X線のエネルギーと強度を測定することによって試料中に含まれる構成元素の定量分析を行っている。自然界でも同様な現象が見られ,太陽から放出されるX線によって月や惑星の固体表面の元素が励起され,元素に固有のエネルギーを持った二次X線が発生する。軟X線と呼ばれる10 keV程度以下のエネルギー領域のX線を検出器で受け,エネルギー分析をすれば,月・惑星表面を構成する元素のうち,主要なもの(太陽活動度に大きく依存するが,5%程度以上)が同定できる。これを証明したのは1970年初頭に実施されたアポロ15号,16号であり,アポロ指令船の軌道に沿った赤道付近の領域で,Al,Mg,Siについて測定がされた。前面にAl,Mgフォイルのフィルターを付けてエネルギー分別する比例計数管を用いて固有X線が検出された。励起源の太陽X線が同時に観測されていないことなどの理由で,定量分析までは行なえなかったが,元素間の比,即ちAl/SiやMg/Siで表すことによって月の海の部分と高地の部分で元素比が大きく異なることや,大きなクレータの中央丘の部分が周りのクレータ底と元素組成比で大きく変化していることが明らかになった。
惑星でバルク組成が明らかになっているものは 未だない。地球については様々な手法,地震波計測と高温・高圧下のモデル実験,マントル由来の岩石研究などによって内部構造モデルを構築する研究が進められているが,決着は付いていない。当然,月も火星も水星も未だである。地球以外は表面すらもほとんどわかっていない。月はアポロ計画で持ち帰った岩石試料や先に述べた蛍光X線分析により赤道付近の海の部分については調べられたが,月表面の10%にも満たない。アポロ計画が米国の威信を賭けるという目的を達成し,早々と計画を打ち切った後,30年経って“月の表面構造をグローバルに知る”という純粋に科学的な興味をテーマにグローバルな探査がやっと実行された。クレメンタイン計画とルナプロスペクタ計画である。前者は可視・近赤外分光により鉱物組成分布を,後者はガンマ線分光により元素組成を全球的に観測した。両計画とも既開発品で“物品棚に載っている”センサーを衛星に搭載して実行したものであるが,グローバルに月を見ることによって新しい知見を我々にもたらした。
アポロ計画や最近実施された小惑星探査のニア計画ではセンサーとして金属フィルター分別の比例計数管が用いられた。今回著者らが小惑星探査機MUSES-Cと月探査衛星セレーネに元素分析器として搭載する準備を進めている蛍光X線分光計のセンサーはX線を検出できる(光学センサー用CCDにくらべフォトン検出層が厚い)CCDである。このCCDの紹介は大阪大学常深教授による稿が昨年の第10回にある。月・惑星表面から放出される蛍光X線は100cm2に数十個/秒であるので,大きなX線の受光面を必要とする。常深先生らのグループが1インチという大きなCCD素子の開発を京都大学のグループと共同で浜松ホトニクスで始められていたので我々も混ぜてもらうことした。月では表面からの照り返しがあり,CCDの駆動温度をあまり低くはできないので,何度で使えるかを見極めることがまず最初の仕事であった。大阪大学の常深先生の研究室へ押しかけていって測定させてもらった(当時は1/2インチのものしかなかった。測定させてもらったというより北本助教授と大学院生に測定してもらった)。その結果はマイナス40度ならば十分なエネルギー分解能が得られるということがわかった。これならば月のような温暖なところでもパッシブな放射で十分温度条件がクリアできると判断し,センサーとしてCCDを用いることにした。MUSES-C衛星には4枚,SELENE衛星には16枚のCCDが主センサーに,1枚ずつが太陽X線モニタ用の標準試料観測用に搭載される。いずれもパッシブなラジエタでマイナス40度以下の温度が実現することが熱モデル,熱真空試験で示されている。この蛍光X線分光計での開発課題の一つにX線の透過率を落とさず,かつ音響振動に耐え可視光線を遮光するX線窓の開発であった。5ミクロン厚のベリリウム膜を衛星打ち上げ時の過酷な音響条件に耐えるようにする必要があった。NASDAとNALの音響試験施設を使わせていただいて試験を繰り返し,開口率87%程度のものを開発することができ,来年の打ち上げに間に合わせることができた。月と小惑星の蛍光X線観測を楽しみに,フライト品の製作と性能試験に働いている。
(かとう・まなぶ)
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