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No.243 |
<研究紹介> ISASニュース 2001.6 No.243 |
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小惑星や月面の色の変化
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図2はS型小惑星イダ(および衛星ダクティル)の偽カラー画像である。青色は1ミクロンの吸収帯がはっきりしていて普通コンドライトに近い反射スペクトルを持つ領域で,やはり新鮮なクレーターや衝突による放出物が占めていると思われる地域である。S型小惑星でも,もともとは普通コンドライトの反射スペクトルを持っていることが示唆される。またNEAR探査機が小惑星エロスを調査した結果,X線分光で測定された化学組成は普通コンドライトに近いことが明らかになった。
図2 小惑星イダとダクティルの偽カラー画像。
2.宇宙風化作用のシミュレーション実験ここ数年,私たちはダスト計測器の較正実験のため,これまでイオン用のバンデグラーフ加速器をダスト用に改良して,ダストの超高速加速の実験を東海村の東京大学原子力研究総合センター重照射施設で行ってきた。これまでに秒速10キロ以上のダスト加速には成功している。このダスト加速器を使えば宇宙風化作用を直接シミュレーションすることが可能ではないか。しかし,物質の表面を変化させるに必要な数十万個のダスト照射はまだまだ困難である。そのためダスト衝突による加熱をパルスレーザーにより模擬する実験を行った。ミクロンサイズの微小ダストの衝突現象を再現するためには,パルスの幅を衝突の時間スケールに対応するナノ秒に押さえなければならない。1パルス当たりのエネルギーは1〜30ミリジュールのナノ秒パルスレーザーで,ビーム径を1ミリ以下のサイズに絞れば単位面積に与えるエネルギーは,微小隕石衝突と同等になる。小惑星や月表面は,レゴリスと呼ばれる衝突で生成された粉体で覆われている。そのため,一度粉砕して75ミクロン以下にした鉱物粒子をペレット状に固めたものを試料とした。レーザー光を均質に照射するために,窓付きの小型真空チェンバーを製作して,チェンバー全体をXYステージの上に載せた。レーザーのビームを振るのではなく,ターゲットを動かすことで均質な照射を実現した。パルスレーザーを照射したあとの惑星構成鉱物試料の反射スペクトルの変化を測定した。宇宙開発事業団筑波センターの分光測定装置を利用し,紫外領域の0.25ミクロンから赤外領域の2.5ミクロンまでの反射率を連続的に測定した。
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図3 パルスレーザー照射によるカンラン石試料の反射スペクトルの変化。
図4 図3の反射スペクトルを,天体観測で得られた小惑星のデータ
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3.電子顕微鏡で鉄のナノ微粒子を発見!照射後の試料を顕微鏡で観察すると,表面の鉱物粒子の周囲が褐色に変色している。また,解像度が1ミクロン程度の電子顕微鏡観察では,蒸発で形成されたような,小穴が表面に多く見られる。しかし,色の変化の原因が,蒸発に伴う変成なのか,再凝縮に伴う変成なのかはわからない。微小スケールで起きた現象を調べるため,レーザー照射を行ったカンラン石微粒子を透過型電子顕微鏡で観察した。照射試料から色の変化している粒子を取りだしてエポキシ樹脂に埋め込み,それをマイクロトームというカッターで厚さ0.1ミクロン( 100ナノメートル )以下の非常に薄い膜に切断して観察を行った。この実験のために宇宙塵の電子顕微鏡観察で実績のある,神戸大学の中村圭子氏に研究グループに加わっていただいた。
図5 レーザー照射を行ったカンラン石粒子の表面に生成した金属鉄微粒子
図6 鉄の微粒子の高解像度の透過電子顕微鏡写真。
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4.宇宙風化作用の意義と応用宇宙風化作用を説明する反射スペクトルの変化と,微小鉄粒子の生成を直接結びつけたという私たちの成果への反応は大きく,特に宇宙風化作用を支持してきた研究者は,決定的な証明であると位置づけてくれた。主要な結果は,2001年3月のネイチャー誌に掲載された。これまで実験惑星科学の分野では,隕石中に未知の物質を発見したという論文は多いが,模擬実験の結果が掲載されたのは珍しい。それだけ私たちの研究成果を高く評価してくれたものと考えている。私たちはカンラン石結晶を磨いたものにレーザー照射を行った試料も分析した。この場合は,照射時に蒸発の起きていることは確認されているが,肉眼での色の変化は認められていない。透過型電子顕微鏡での観察でも変化は確認できなかった。粉末/ペレット試料ではレーザー照射に伴う蒸発のときに,凝縮できるターゲット(すなわち他の粒子表面)がすぐそばにあるため,その表面に鉄微粒子を含んだアモルファス層を形成したと考えられる。これを小惑星に当てはめると,表層のレゴリス層の存在が宇宙風化作用にとっては重要であると予想される。サイズが小さくレゴリス層がない小惑星では,ダストの高速衝突で蒸発した物質は凝縮できずに逃げてしまうため宇宙風化作用は弱い可能性がある。宇宙科学研究所のMUSES-Cのターゲット天体1998SF36は数百メートルと小さいため,衝突エジェクタが散逸してレゴリス層が存在しない可能性もある。そのため小惑星分光カメラAMICAや赤外分光器NIRSによる観測で,赤化や1ミクロンの吸収帯の程度を調べることは重要である。 惑星表面物質の組成を調べるためには,リモートセンシングにより紫外領域から赤外領域までの反射スペクトルの取得が重要である。しかし,表面の反射スペクトル(色)がわかったとしても,宇宙風化作用の効果を正しく除去しなければ,表面の組成を得ることはできない。日本の月探査,火星探査,水星探査で得られる分光データの解釈にも,宇宙風化作用の見積もりが不可欠である。今後は,反射スペクトルがどのように変化するか,様々な鉱物種を使って,また同じ鉱物でも鉄の存在度の異なる試料を使って,調査したい。また,実際の多種多様の隕石試料を使った模擬実験も計画している。これにより,宇宙風化作用の効果を取り除く方法を確立したい。 また,天体表面の組成が同じであるときは,宇宙風化作用の度合は表面が宇宙空間に晒されていた年代を表すことになる。これまで,天体表面の年代を知る手段は,(サンプルリターン以外は)探査機観測ではじめてわかるクレーター密度が唯一のものであった。宇宙風化作用の度合は,望遠鏡による地上観測でも天体全体の平均値として推定することができる。今後は,小惑星などの相対年代の統計的な議論が可能になり,小惑星の起源の解明にも役にたつであろう。 私たちのグループでは,表面の反射スペクトルデータを混乱させるもう一つの要因,ダストによるコーティングについても研究をはじめている。火星では砂嵐などでダストが巻き上げられるため,表面の大部分は細かなダストに覆われている。そのため,リモートセンシングでも,着陸した直接観察でも,単に撮像しただけでは表面や岩石の正確な組成情報を得ることができない。ダスト層が厚いときは,隠された岩石の組成を調べることは不可能だが,光学的に薄いときは可能と考えている。 (ささき・しょう) |
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