No.243
2001.6

<研究紹介>   ISASニュース 2001.6 No.243

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用語解説
遠日点







エコンドライト








普通コンドライト










ソイル

小惑星や月面の色の変化
      dash 宇宙風化作用dash の解明

東京大学大学院理学系研究科 佐々木 晶  



1.小惑星の反射スペクトル

 小惑星は,主に火星と木星の軌道の間にある小天体で,これまで10,000個以上が発見されている。小惑星の多くは,成長できなかった原始惑星が衝突で破壊された破片であると考えられている。落下の観測された隕石の軌道を逆算すると,いずれも遠日点が小惑星帯に達するため,小惑星は隕石の供給源であると長い間考えられてきた。

 1970年代になり,地上観測で小惑星の反射スペクトルが得られるようになった。0.3〜 2.5ミクロンという,近紫外線から近赤外線領域までの反射スペクトルは,基本的な岩石・鉱物の組成を良く反映する。小惑星の表面は,月面と同じく衝突で生成されたレゴリスと呼ばれる細かな粒子で覆われていると予想される。隕石は組成と組織から,普通コンドライト,炭素質コンドライト,エコンドライト,鉄隕石,石鉄隕石といった種類に分類されている。隕石を粉末状にした試料の反射スペクトルを小惑星のスペクトルと比較することで,観測されている小惑星の組成を推定することができる。その結果,小惑星と隕石との間に対応関係がいくつか発見された。小惑星ベスタの反射スペクトルは,HED隕石という地球の玄武岩に近い組成を持つエコンドライトの反射スペクトルと近い。遠方の小惑星の多くは,暗く平坦な反射スペクトルを持ち,炭素質隕石に近い。

 しかし,小惑星で最も多いS型と呼ばれる反射スペクトルに対応する隕石が無い。近いものは石鉄隕石という稀な種類である。一方で,隕石の大部分を占める普通コンドライトの反射スペクトルを説明するQ型という小惑星の数は,非常に少ない。そのため,普通コンドライト組成の天体の表面が,宇宙空間に晒されている間に光学的に変化して,現在のS型の反射スペクトルを持つようになると考えられた。S型の反射スペクトルは,普通コンドライトと比べると暗く,特に波長の短い紫外線や可視領域で低い。相対的に赤外域が明るくなるため,この変化は「赤化」と呼ばれる。さらに,カンラン石や輝石といった典型的な岩石構成鉱物に特有の1ミクロンの吸収帯が弱い。

 この反射スペクトル変化を引き起こす過程として考えられているのが「宇宙風化作用」である。英語では( Space Weathering )となり,超高層大気で用いられている宇宙天気( Space Weathe r)という用語と紛らわしい。もともと,アポロ探査で得られた月面のソイルの反射スペクトルが,月の岩石の反射スペクトルと異なることを説明するために宇宙風化作用は提案された。大気の無い天体では,太陽からのイオン粒子(太陽風という)や惑星間のミクロンサイズの塵が高速で表面に衝突する。特に秒速10キロ以上の塵の衝突では,微小領域の加熱・蒸発といった現象が起こる。今から25年前Hapkeは,太陽風粒子や宇宙塵の衝突により月のソイル粒子の表面に10ナノメートル程度の微小鉄粒子が形成されるため,反射率の変化が生じるという仮説を立てた。1993年KellerMcKayは,月のソイル粒子を透過電子顕微鏡で観察して,実際に微小鉄粒子を発見した。なおMcKayは,火星隕石中に生命痕跡を発見した研究者と同一人物である。その結果,月表面では「宇宙風化作用」が働いていると信じられるようになった。図1は月面の偽カラー画像である。赤色の地域は1ミクロンの吸収帯が弱く反射スペクトル全体が赤化している部分である。青色の地域は赤化が弱い地域で,主に,新鮮な衝突クレーターとその放出物に対応する。時間が経過した古い表面ほど反射率の赤化は強い。

図1 月面の偽カラー画像。
赤い地域は反射スペクトルの赤化が大きく,宇宙風化作用
を受けた地域と考えられる。青い地域は,赤化が弱く1ミ
クロンの吸収があり,比較的新しい表面である。    


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用語解説
ペレット状
 図2S型小惑星イダ(および衛星ダクティル)の偽カラー画像である。青色は1ミクロンの吸収帯がはっきりしていて普通コンドライトに近い反射スペクトルを持つ領域で,やはり新鮮なクレーターや衝突による放出物が占めていると思われる地域である。S型小惑星でも,もともとは普通コンドライトの反射スペクトルを持っていることが示唆される。またNEAR探査機が小惑星エロスを調査した結果,X線分光で測定された化学組成は普通コンドライトに近いことが明らかになった。

図2 小惑星イダとダクティルの偽カラー画像。
(ガリレオ探査機のデータより)色は図1とほぼ同じ。


 ところが,小惑星では「宇宙風化作用」に異を唱える研究者が少なからず存在する。普通コンドライトに対応する小惑星は「観測にかからないほど小さい」か「木星との共鳴軌道付近に多いため地球に供給されやすい」といった考えがある。実際に,隕石中には,月のソイルで発見されたような鉄微粒子は確認されていない。また月試料でさえ,微小鉄粒子とスペクトル変化との直接の関係は,これまで確認されていなかった。月のソイルに多く含まれるガラス質物質も反射スペクトルを暗くする効果があるため,ガラス化が「宇宙風化作用」の主な原因であるという考えから多くの研究者はなかなか抜け出せなかったのである。


2.宇宙風化作用のシミュレーション実験

 ここ数年,私たちはダスト計測器の較正実験のため,これまでイオン用のバンデグラーフ加速器をダスト用に改良して,ダストの超高速加速の実験を東海村の東京大学原子力研究総合センター重照射施設で行ってきた。これまでに秒速10キロ以上のダスト加速には成功している。このダスト加速器を使えば宇宙風化作用を直接シミュレーションすることが可能ではないか。しかし,物質の表面を変化させるに必要な数十万個のダスト照射はまだまだ困難である。そのためダスト衝突による加熱をパルスレーザーにより模擬する実験を行った。ミクロンサイズの微小ダストの衝突現象を再現するためには,パルスの幅を衝突の時間スケールに対応するナノ秒に押さえなければならない。1パルス当たりのエネルギーは1〜30ミリジュールのナノ秒パルスレーザーで,ビーム径を1ミリ以下のサイズに絞れば単位面積に与えるエネルギーは,微小隕石衝突と同等になる。

 小惑星や月表面は,レゴリスと呼ばれる衝突で生成された粉体で覆われている。そのため,一度粉砕して75ミクロン以下にした鉱物粒子をペレット状に固めたものを試料とした。レーザー光を均質に照射するために,窓付きの小型真空チェンバーを製作して,チェンバー全体をXYステージの上に載せた。レーザーのビームを振るのではなく,ターゲットを動かすことで均質な照射を実現した。パルスレーザーを照射したあとの惑星構成鉱物試料の反射スペクトルの変化を測定した。宇宙開発事業団筑波センターの分光測定装置を利用し,紫外領域の0.25ミクロンから赤外領域の2.5ミクロンまでの反射率を連続的に測定した。

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図3 パルスレーザー照射によるカンラン石試料の反射スペクトルの変化。
測定波長は250-2500ナノメートル。未照射試料の反射スペクトルは実線。
パルスレーザー照射
(15ミリジュール1回,30ミリジュール1回,および30ミリジュール5回)
照射後の反射スペクトルは点線。パルスレーザー照射により,反射スペクト
ルが大きく低下して,その効果が短い波長ほど大きいため,反射スペクトル
が赤化している(傾きが大きくなる)ことがわかる。           


 図3にはレーザー照射によるカンラン石のスペクトル変化を示してある。左側は反射率の絶対値である。レーザー照射とともに,特に波長の短い領域での反射率の低下が目立つようになる。図4は,550ナノメートルの値で規格化した反射率で,つの小惑星データも一緒に載せてある。アエテルニタスの反射スペクトルは,カンラン石にレーザーを照射したサンプルの反射スペクトルでよく説明できる。同様に輝石に照射した場合でも,一部の小惑星の反射スペクトルを説明できる。この模擬実験により,普通コンドライトからS型への反射スペクトルの変化は,ほぼ再現できる見通しがたった。さらに,カンラン石の方が輝石よりも変化し易いという結果から,宇宙風化作用には組成依存性があることを明らかにした。


図4 図3の反射スペクトルを,天体観測で得られた小惑星のデータ
と比較するために550ナノメートルの値で規格化したもの。
小惑星アエテルニタスの反射スペクトルと30ミリジュール1回照射後
のカンラン石の反射スペクトルがよく一致している。       


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用語解説
アモルファス層

3.電子顕微鏡で鉄のナノ微粒子を発見!

 照射後の試料を顕微鏡で観察すると,表面の鉱物粒子の周囲が褐色に変色している。また,解像度が1ミクロン程度の電子顕微鏡観察では,蒸発で形成されたような,小穴が表面に多く見られる。しかし,色の変化の原因が,蒸発に伴う変成なのか,再凝縮に伴う変成なのかはわからない。微小スケールで起きた現象を調べるため,レーザー照射を行ったカンラン石微粒子を透過型電子顕微鏡で観察した。照射試料から色の変化している粒子を取りだしてエポキシ樹脂に埋め込み,それをマイクロトームというカッターで厚さ0.1ミクロン( 100ナノメートル )以下の非常に薄い膜に切断して観察を行った。この実験のために宇宙塵の電子顕微鏡観察で実績のある,神戸大学の中村圭子氏に研究グループに加わっていただいた。

図5 レーザー照射を行ったカンラン石粒子の表面に生成した金属鉄微粒子
(右)と,月面のソイルに見られる金属鉄微粒子(左)の比較。
一つ一つの微粒子のサイズや形,存在形態は良く似ている。      


 カンラン石粒子の周囲には数百ナノメートルのアモルファス物質の外縁部が形成され,その中に多数の数十ナノメートルの微小粒子が存在する。Kellerにより月のソイルで観察されたものと非常に良く似ている(図5)。月のソイルでも,鉱物粒子の外縁部のアモルファス層の中に鉄微粒子は存在している。さらに電子ビームを絞りこみ,ナノ微粒子つの構造解析を行った。その結果,0.204ナノメートルの格子間隔が確認され,体心立方構造の鉄の結晶であることが確認された(図6)。私たちの実験ではレーザー照射を複数回(5〜20)行っているため,アモルファス層が2重になっている場合もある。さらに鉄微粒子に成長構造が見られるものもある。これより,レーザーにより蒸発した物質が凝縮するときに鉄のナノ微粒子を含んだアモルファス層を形成すると考えられる。


図6 鉄の微粒子の高解像度の透過電子顕微鏡写真。
 結晶構造を反映した格子の面間隔が現れている。


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用語解説
レゴリス層

4.宇宙風化作用の意義と応用

 宇宙風化作用を説明する反射スペクトルの変化と,微小鉄粒子の生成を直接結びつけたという私たちの成果への反応は大きく,特に宇宙風化作用を支持してきた研究者は,決定的な証明であると位置づけてくれた。主要な結果は,2001年3月のネイチャー誌に掲載された。これまで実験惑星科学の分野では,隕石中に未知の物質を発見したという論文は多いが,模擬実験の結果が掲載されたのは珍しい。それだけ私たちの研究成果を高く評価してくれたものと考えている。

 私たちはカンラン石結晶を磨いたものにレーザー照射を行った試料も分析した。この場合は,照射時に蒸発の起きていることは確認されているが,肉眼での色の変化は認められていない。透過型電子顕微鏡での観察でも変化は確認できなかった。粉末/ペレット試料ではレーザー照射に伴う蒸発のときに,凝縮できるターゲット(すなわち他の粒子表面)がすぐそばにあるため,その表面に鉄微粒子を含んだアモルファス層を形成したと考えられる。これを小惑星に当てはめると,表層のレゴリス層の存在が宇宙風化作用にとっては重要であると予想される。サイズが小さくレゴリス層がない小惑星では,ダストの高速衝突で蒸発した物質は凝縮できずに逃げてしまうため宇宙風化作用は弱い可能性がある。宇宙科学研究所のMUSES-Cのターゲット天体1998SF36は数百メートルと小さいため,衝突エジェクタが散逸してレゴリス層が存在しない可能性もある。そのため小惑星分光カメラAMICAや赤外分光器NIRSによる観測で,赤化や1ミクロンの吸収帯の程度を調べることは重要である。

 惑星表面物質の組成を調べるためには,リモートセンシングにより紫外領域から赤外領域までの反射スペクトルの取得が重要である。しかし,表面の反射スペクトル(色)がわかったとしても,宇宙風化作用の効果を正しく除去しなければ,表面の組成を得ることはできない。日本の月探査,火星探査,水星探査で得られる分光データの解釈にも,宇宙風化作用の見積もりが不可欠である。今後は,反射スペクトルがどのように変化するか,様々な鉱物種を使って,また同じ鉱物でも鉄の存在度の異なる試料を使って,調査したい。また,実際の多種多様の隕石試料を使った模擬実験も計画している。これにより,宇宙風化作用の効果を取り除く方法を確立したい。

 また,天体表面の組成が同じであるときは,宇宙風化作用の度合は表面が宇宙空間に晒されていた年代を表すことになる。これまで,天体表面の年代を知る手段は,(サンプルリターン以外は)探査機観測ではじめてわかるクレーター密度が唯一のものであった。宇宙風化作用の度合は,望遠鏡による地上観測でも天体全体の平均値として推定することができる。今後は,小惑星などの相対年代の統計的な議論が可能になり,小惑星の起源の解明にも役にたつであろう。

 私たちのグループでは,表面の反射スペクトルデータを混乱させるもう一つの要因,ダストによるコーティングについても研究をはじめている。火星では砂嵐などでダストが巻き上げられるため,表面の大部分は細かなダストに覆われている。そのため,リモートセンシングでも,着陸した直接観察でも,単に撮像しただけでは表面や岩石の正確な組成情報を得ることができない。ダスト層が厚いときは,隠された岩石の組成を調べることは不可能だが,光学的に薄いときは可能と考えている。

(ささき・しょう) 


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