No.237
2000.12

ISASニュース 2000.12 No.237

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第9回

極限環境と探査機技術

斉 藤 宏 文  

 今回のお話は,惑星探査における極限的な環境とそれを乗り越えて惑星探査を行う場合に必要な探査機技術についてです。宇宙研では,惑星分野の理学研究者と工学関係者が将来の惑星探査について,その科学的な意義と技術的な問題の洗い出しを行っています。その中で議論されている解決すべき惑星の極限環境としては,以下の様なものがあります。

(1) 高温

 水星探査周回衛星のように太陽からの直射光強度が地球の10倍(14kw/m2)もある環境があります。これは直射日光を遮蔽すればある程度は,避けられます。宇宙研が欧州と計画している水星周回探査機Bepi-Colomboでは,基本的には14kw/m2の太陽直射光を探査機表面で反射・遮蔽して,熱制御します。また,水星ランダーや金星低高度気球計画のように温度として400℃にもなる環境があります。これは,ガスや表面の温度が高温なので,本当の意味で高温環境です。

(2) 低温

 太陽から離れた外惑星探査機では,太陽光が微弱なので低温が問題になります。また,月惑星のランダーが夜側で経験する温度は,-100℃以下になります。地中に潜れば熊が冬眠する様に,表面よりは暖かいです。ペネトレータが地中の潜り込む利点の一つは,ここにもあります。アメリカやロシアでは,いわゆる放射線同位元素(アイソトープ)を探査機やランダーに搭載して熱源や電源に使用していました。しかし,昨今では,環境問題からこれも難しくなり,放射線同位元素を利用しない探査が,火星軌道までは一般化しつつあります。また,低温に最も弱い機器はバッテリーです。低温環境では,エネルギー源確保と低温に耐えられるバッテリーが鍵になります。

(3) 放射線

 太陽フレアー爆発による放射線は,太陽に近い水星等で問題になります。しかし,これは時々発生する現象であり,極限的といえるほどではありません。むしろ,木星のように磁場を持っている惑星では,磁場にからみついている高エネルギー粒子による放射線が常時作用するので,ミッション期間中に10MRad以上というというような大きな量になります。

(4) 衝撃や圧力

 これには,宇宙研のLUNAR-Aが月表面に貫入させるペネトレータの貫入時の衝撃があります。固体惑星探査では重要な探査手法であるので,あえて極限環境として挙げます。月のペネトレータでは,300m/secの速度で月表面に激突して,衝撃としては 10,000Gが数ミリ秒も持続します。技術的な難しさは,高性能の理学センサーや電子回路等をポッティングして保護する技術にあります。また,金星バルーンでは高い気圧にたえられる金属バルーンも考えられています。


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 以上のような極限的な環境が惑星探査に見受けられます。構造材料の分野では,ここに挙げた高温や衝撃は,推進系や再突入機,その他の構造物が経験する環境よりも穏やかであるといえます。その意味で,むしろ,問題は電子デバイス等の機能素子により大きな困難さがあるといえます。

 電子デバイスについて考えてみると,高温環境と放射線環境はある程度共通した研究課題であるといえます。高温環境下では,固体素子中の電子が低エネルギーの状態から高エネルギーの状態に熱的に励起されたり,漏れ電流を発生させます。一方,放射線が電子デバイスに照射されても,余分な電子・正孔が発生したり,もれ電流が生じます。ですから,耐高温性と耐放射線性は,共通した研究開発で対処できます。 その一例として,詳しい説明は省略しますが,SOI (Silicon on Insulator)デバイスがあります。宇宙研でも確認試験をしましたが,300℃まで動作するSOIデバイスがあります。また,この素子は,1Mradという強い放射線でも,びくともしませんでした。

 現在,このSOIデバイスが放射線に強い事を利用して,周波数100MHz以上の宇宙用CPUを,数年以内に実用化しようと計画しています。宇宙研のすべても科学衛星にも,また,実用衛星にも使用されるような汎用の宇宙用CPUになる予定です。これは,惑星探査技術が宇宙全般に貢献できる,一つの好例です。

(さいとう・ひろぶみ) 


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