No.237
2000.12

<研究紹介>   ISASニュース 2000.12 No.237

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用語解説
アクチュエータ

ミクロの機械の作り方や動かし方とその応用の研究

東京大学生産技術研究所       
マイクロメカトロニクス国際研究センター 藤 田 博 之 


1. マイクロメカトロニクス

 昔,ギリシャのある小国が隣の強国から難題を吹きかけられました。「細長い巻き貝の天辺に穴をあけ,そこから下の口まで縄を通せ。それができなければ属国になれ」というものでした。貝はぐるぐると巻いていて,いくら縄を押し込もうとしてもできません。期日がせまり,王様や家臣が頭を抱えていると,一人の老婆がいい知恵を授けてくれました。蟻に馬の毛を縛りつけ,貝の口から追い込みます。天辺の穴に蜜を塗っておけば,蟻はそれに惹かれて螺旋形の通路を通り抜けます。後は縄を順に太くしていけばいいわけです。こうして小国は独立を保てたといいます。

 さて,人工衛星や真空装置など非常にせまい場所でものを取り扱ったり,胃カメラや血管に挿入されるカテーテルのように人体中で検査や治療を行う場合,この難題と同じ悩みがあります。例えば,胃カメラを飲んだことのある方は,「こんなかさばるコードを付けずに,薬のカプセルをちょっと大きくした程度のもので,検査ができるようにならないかなあ」と感じられたでしょう。

 自分で歩き,簡単な動作を指令通りやるミクロの機械を作ることができれば,難題は一気に解決します。このような夢は,映画か小説の世界だけの話と思われていましたが,最近これを現実に一歩近付けるような研究成果が活発に発表されるようになってきました。携帯電話やノートパソコンの小型軽量化をもたらしたシリコンチップに代表される半導体の微細加工を利用して,数十μmという大きさの機械部品やモータ,アクチュエータ等を,シリコン基板の上に製作することが可能になったからです。

 私たちの研究室では,このような夢の実現を目指してシリコンチップの微細加工(マイクロマシーニング)を用いて,ミクロの世界で微小な機械とエレクトロニクスを融合したシステムを作る研究(マイクロメカトロニクスの研究)を行っています。このミクロのシステムは日本ではマイクロマシン,外国でMEMS (micro electro mechanical systems)と呼ばれています。

 ミクロの機械を実現するために,私たちは次の3つの方向から研究を進めています。

(1) マイクロアクチュエータを中心とする要素デバイスとその加工法の研究
(2) 自分の行動を自分で決める賢いマイクロマシンの群れが,協力して一つの仕事をするための制御法の研究
(3) マイクロマシンのバイオやナノテクへの応用

 これ以外の領域は「マイクロメカトロニクス国際研究センター」の教官や関連教官と一緒に研究しています。例えば,マイクロマシンの光技術への応用は年吉講師が,微小流体システムや化学分析システムへの応用は藤井輝夫助教授が,機械的マイクロマシーニングは増沢教授が,また原子レベルの超精密メカトロニクスを川勝助教授が担当するなど,全部で8研究室が参加しています。また,センターの支所をパリのエッフェル塔の近くに置いてあり,フランスを中心に,オランダ,スイス,ドイツとの研究交流を推進しています。今後は,アメリカやアジア諸国もこのマイクロマシン研究ネットワークに参加してもらう予定です。

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用語解説
マスク
フォトリソグラフィ


















ステータ電極



























印可電圧

2. 研究室の概要

 生産技術研究所は六本木から駒場(旧東大宇宙航空研究所の跡地)に移転の最中ですが,どちらのキャンパスも先端的な科学技術の情報の創造と交換の場になっています。藤田研もその中で,国際交流を含めて活動しています。現在,職員2名,大学院生4名,外国人研究員(フランス国立科学研究センターより派遣)6名,企業からの共同研究員3名など約17名の構成です。研究室メンバーの半数近くがフランス人のため,研究打ち合わせ会も英語を公用語にしています。最初は大変ですが,グローバルスタンダードを目指して皆がんばっています。

 設備としては,シリコンチップの製作法を利用したミクロの機械の加工法(半導体マイクロマシーニング)に絞り,マスク設計から薄膜形成,フォトリソグラフィ,エッチングなどの微細加工,観察と評価まで一貫して行えるようになっています。 設備の使用を管理する時に一番気をつけているのは,マイクロマシンの製作において最大限の自由度と最短のプロセス時間を目指すことです。論文などの締め切りが迫って特急で仕事をすれば,マスク製作からマイクロマシンの完成まで1週間程度で行えます。このような体制は,考えついたことを直ちに実行して試し,更に改良してゆく上で,極めて大切です。


3.研究テーマ
3.1 マイクロマシンの作り方と動かし方

 高性能のマイクロマシンを作るには,立体的なマイクロ構造と良く動くマイクロアクチュエータが不可欠です。立体的なマイクロ構造の作り方として,シリコン基板をプラズマで垂直にエッチングする方法と,シリコンの薄膜を高温で組成変形して立体的に組み上げる方法の二つを開発しました。この加工法を使い,マイクロアクチュエータとして,静電気や磁気の力,圧電効果,磁歪効果,形状記憶効果,熱膨張など様々の原理で動くものを実証しました。

 例えば図1は,筆者らが表面マイクロマシーニング法で作った,直径120μmのマイクロ静電モータです。材質は,電気めっきしたニッケル膜(厚さ7μm)です。円形に配置したステータ電極に電圧を順に加えると,ドーナツ状のロータが中心の固定軸の周りをすべらずに転がり回ります。俗にワブル(揺動)モータと呼ばれる形式で,中心軸との摩擦が少ないため良く回転します。50Vの駆動電圧で最高10,000回転/分を得ており,ロータの質量が小さいため停止→最高回転→停止のサイクルを1秒間に数回繰り返すことができました。

図1 マイクロ静電モータ(直径100μm)


 図2は,シリコン基板をプラズマで垂直にエッチングして作った,静電アクチュエータです。これは,ディジタル電気入力に対応するアナログの機械変位を出力する DA変換器で,MEMDACと呼んでいます。4つの入力端子に0 (0V) か 1 (150V)の4ビット信号をパラレルに入れると,380nm刻みで最大5.7μmまでの変位が得られます。アクチュエータの変位は印可電圧の揺らぎによらず,望みの値で安定しています。ビット数を増やせば,nmの制御も可能で,走査プローブ顕微鏡や磁気ディスクヘッドの位置決め機構,可変波長フィルター,光スキャナの角度制御など広い応用が期待されます。

(a) 4ビットデバイスの全体図  (b) 1ビット分の拡大図 図2 静電アクチュエータを用いた機械式ディジタルアナログ変換器


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用語解説
カンチレバー

3.2 群れで働くマイクロマシン

 マイクロメカトロニクスの魅力は単に小さいことではなく,「センサや電子回路とアクチュエータを集積化した要素を多数同時に製作できる」点にあります。この特長を十全に生かすため,たくさんのマイクロマシンが協調して働くシステムを提案しています。ちょうど多数のアリが一匹ずつ自律して動き,お互い協力することで大きなエサを運ぶように,賢いマイクロシステムを多数配置し,お互いに連絡しあって助け合いながら一つの仕事を実行させようとするものです。新しいシステムの考え方として最近注目されている自律分散システムのマイクロ版です。

図3 人工繊毛システムの動作原理


 アレイ状に並べた多数のアクチュエータでシリコンチップを運搬しました。人工繊毛システムは,熱膨張によりバイメタルのようにたわむアクチュエータを,基板上に並べたものです。このアクチュエータは,振動するカンチレバーを二つ向き合わせて2自由度を実現したもので,図3に示すように交互に動くことで上に置いた板を支えたり一方に送ったりします。二つの動くタイミングを逆にすれば,逆方向にも動かせます。実際には図4のように,長さ500μm,幅100μm,厚さ6μmカンチレバーを交互に組み合わせ,10mm四方に512本並べてあります。このうえに2.6 X 1.5 X 0.26mmの大きさで重さ2.4mgのシリコン基板の一片を置き,それを運びました。搬送速度は,アクチュエータの動作周波数につれて速くなり,20Hzの時0.5mm/sでした。また,センサ,アクチュエータ,制御回路を組み込んだモジュールを平面的に並べた,分散搬送システムを作っています。搬送システムの上に載せた物体を望みの位置に運び,その向きを合わせる作業や,物体の形状による分別作業をマイクロマシンチップとVLSIチップだけで実行させる研究を進めています。

図4 人工繊毛システム



3.3 ナノテクとバイオへの応用

 科学技術振興事業団の戦略的基礎研究「極限物理現象」の一環として,局所的で極めて強い電界中における原子や分子の振る舞いを可視化観測する研究をしています。具体的には,マイクロマシニング技術により微小な走査トンネル顕微鏡(STM)を作り,それを透過型電子顕微鏡中で作動させ,ティップ先端におけるトンネル現象,原子の移動,鎖状高分子の電気・機械的特性の評価などを行う予定です。図5は,2本のナノ探針がお箸のように向き合った構造です。針の太さは100nm,その先端の間隔は300nm。一つずつの針は独立に動かせるので,丁度お箸のようにDNA分子を自由に操作したり,カーボンナノチューブを調べたり,半導体量子構造の特性を明らかにしたり,いろいろの応用が考えられます。

図5 ツインナノ探針。各々の探針は個別に駆動可能。


 細胞の大きさやDNA分子の長さは,数ミクロンから数十ミクロンであり,マイクロ構造と同程度の大きさです。このためマイクロマシンはバイオ工学のツールに最適です。直径5μm,長さ30μmの微細な中空針のアレイを作り,それを細胞の集合体に刺して,DNAを注入することに成功しました。また,特定のタンパクを認識する分子を固定した微細電極のアレイを作り,そこにターゲット細胞だけを選択的に吸着する研究もすすめています。

(ふじた・ひろゆき) 
http://www.fujita3.iis.u-tokyo.ac.jp/ 


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