No.227
2000.2

<研究紹介>   ISASニュース 2000.2 No.227

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宇宙ロボティクス・メカトロニクス

東北大学大学院工学研究科  内 山 勝  


はじめに

 ロボットは,コンピュータを頭脳とし,機械の身体を持つシステムである。コンピュータのソフトフェアにより,機械の身体に組み込まれたセンサとアクチュエータを統合し,機械の身体に動きを与え,目的の作業を実行する。メカトロニクスは,このようなロボットなど,電子制御された機械システムの統合,設計に関する工学である。ロボティクス・メカトロニクスは,マイクロコンピュータに代表されるLSIの発展と普及に伴い,1970年代から80年代にかけて急速に発展した。

 ロボティクス・メカトロニクスは,宇宙開発あるいは宇宙科学研究におけるオートメーションの有力な手段として,その重要性が広く認識されつつある。有人活動を代替する技術として,あるいは有人活動を補助する技術として,注目に値する。マニピュレータ搭載のロボット衛星による故障衛星の点検,修理,あるいは,ロボットによる宇宙ステーションの建設,宇宙ステーションへの物資の補給,回収などは,もはや夢物語ではなく,具体的な技術開発の目標である。

 マイクロコンピュータなどの電子部品を始めとして,モータ,機械部品など,近年のロボティクス・メカトロニクスの要素技術の向上には,目を見張るものがある。また,一方,1980年代から90年代にかけて,ロボティクスは目覚ましく発展し,幾何学,力学,制御などの基礎知識を蓄積した。この蓄積と要素技術の進歩が重なり,これまで不可能であったような,高度なロボットシステムの設計,開発が,現在では可能となりつつある。

 このような流れの中で,我々の研究室では,宇宙ロボティクス・メカトロニクスの研究を始めとして,各種ロボティクス・メカトロニクスの応用研究を進めている。研究を先導するキーワードは,「バーチャルリアリティ,ハプティックインタフェース,ハイブリッドシミュレーション」である。このキーワードの共通点は,すべてが「ハードとソフトの接点」に関係している点である。我々は,ここに,メカトロニクス技術の応用の場を見出している。

 以下,現在実施中の研究を中心に,これまで実施した研究も付け加え,我々の研究を紹介しよう。まず,宇宙ロボットのテレオペレーション,ハイブリッドシミュレーション,および,双腕フレキシブルロボットによる対象物捕獲の研究について紹介し,最後に,その他の研究について簡単に触れる。


宇宙ロボットのテレオペレーション

 現在の技術では,残念ながら,完全自律の知能ロボットの実現は難しい。したがって,宇宙ロボットには,何らかの人間の補助が必要である。テレオペレーションは,このための技術であるが,宇宙ロボットのテレオペレーションでは,通信時間遅れが存在するため,理想的なマスタスレーブ方式の実現が難しい。そこで,宇宙ロボットに一定の自律性を与え,オペレータがこれに指令するテレロボティクスの技術が,ひとつの解となる。

 この問題に対し,我々の研究室では,最適接近速度,shared intelligenceなどの概念を提案し,これに基づきテレロボットシステムを構築し,実験を実施している。インターネットを介し,ドイツ航空宇宙研究所(DLR)より,遠隔操作実験を行い,ピン挿入などの力制御を必要とする作業を実現した。また,宇宙開発事業団(NASDA)の支援のもと,同様の実験を技術試験衛星ETS-VIIに搭載のロボットに対して行った。

 つぎの目標として,双腕ロボットを遠隔操作し,トラス構造物を組み立てる実験を目指している。実験システムの構成を図1に,また,遠隔操作実験の様子を図2に示す。ロボットアームとしてPA-10, ハンドとしてBarrettHandなど,使いやすいコンポーネント,ならびにLinuxVxWorksMATLABOpen Inventorなど,強力なソフトの普及が本システムの構築を迅速かつ容易にした。

図1 双腕宇宙テレロボット実験システム

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図2 遠隔操作実験の様子

 ハプティックインタフェースには,独自に設計,開発した6軸フォースディスプレイを採用している。モータ,力覚センサは,小型,軽量のものをとくに選んで採用している。これらは,多指ハンド用に開発されたものである。運動機構の一部には,DELTAと呼ばれる空間パラレル機構を採用している。これにより,大形マウス程度の小型フォースディスプレイを実現できた。


宇宙ロボットのハイブリッドシミュレーション

 ここでいうハイブリッドシミュレーションとは,機械と数値のハイブリッドシミュレーションである。モーションテーブルにより,機械をコンピュータ内の数値モデル,すなわちバーチャルリアリティにインタフェースし,微小重力環境など,地上では実現が難しい特殊環境下での機械の挙動をシミュレーションする。ここで鍵となる技術は,高速,高精度のモーションテーブルの技術である。

 我々には,HEXAと呼ばれる空間自由度のパラレル機構を採用した高速ロボットの開発実績がある。この経験を生かし,HEXA機構を採用した高速のモーションテーブルを開発した。これを図3に示す。このモーションテーブルにより,およそ40Gの高加速運動を実現している。

図3 HEXA機構を採用した高速モーションテーブル

 パラレル機構とは,並列に駆動される閉ループ機構で,可動範囲が狭く,複雑な空間運動能力には欠けるものの,アクチュエータをベース部に集中的に配置することができ,これにより可動部の軽量化が実現される。また,閉ループ機構であることにより,可動部が軽量ながら,高剛性とできる。この機構と高速のコンピュータ,サーボモータを組み合せることにより,従来では考えられないような高速運動が実現できる。

 このモーションテーブルを中心に,宇宙ロボットのハイブリッドシミュレータを構築中である。このシミュレータの特徴は,数値モデルの比重を高め,機械モデルを単純化しているところにある。これにより,数値シミュレーションの持つフレキシビリティを保ちつつ,実際の機械モデルを用いた実験が可能となる。なお,機械モデルの単純化によるユーザーインタフェースの劣化は,グラフィックシミュレータにより補っている。

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双腕フレキシブルロボットによる対象物の捕獲

 宇宙ロボットでは軽量化が重要である。軽量化に伴い,剛性の低下が生じるが,これを克服し,敢えて軽量に設計したロボットがフレキシブルロボットである。したがって,フレキシブルロボットの研究課題は,まず,剛性低下に伴う振動をいかに抑制するか,である。

 我々も,各腕が自由度の双腕フレキシブルロボットを製作したのち,まず,この振動抑制の研究に取り組んだ。そして,すでに,集中定数モデル,可制御性解析などの研究を通し,有効な振動抑制制御則を開発し,実証している。また,この成果に立脚し,力制御,双腕協調制御の基礎研究を行い,これらの制御を実現している。

 以上の成果を踏まえ,最新の研究課題として,このロボットを実際の作業へ応用するための研究に取り組んでいる。目標は,スピン衛星を捕獲する作業である。一通りの作業を実現し,現在,その評価を行っている。双腕フレキシブルロボットによる対象物捕獲の様子を図4に示す。捕獲の衝撃を吸収するために,ロボットのフレキシビリティが役立つことが実証された。

図4 双腕フレキシブルロボットによる対象物捕獲の様子


おわりに

 我々の研究室の研究方針ならびに,現在,実施中の主な研究課題を紹介した。ここでは紹介できなかったが,我々の研究室ではその他,力覚センサ,スキル,テザーロボット,ソフトロボット,ヒューマノイドロボット,多数のマイクロロボットによる協調作業の研究など,宇宙応用に限定せず,各種ロボティクス・メカトロニクスの応用研究を幅広く実施している。

(うちやま・まさる)


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