No.219
1999.6

ISASニュース 1999.6 No.219

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空力シリ−ズ 第2回

再突入物体まわりの熱い流れ

東京大学大学院新領域創成科学研究科 鈴木宏二郎  

 空力関係のシリーズの2回目と言うことで,今回はホットな流れのはなしをしたいと思います。地上に帰還してきた再突入機の表面が黒焦げになっているのは,写真や博物館の展示などでおなじみだと思います。これは,宇宙機が極超音速(ハイパーソニック)と呼ばれるたいへん速い速度で大気を駆け抜けていった証です。大気への再突入速度は,地球周回衛星で秒速約8キロMUSES-Cの回収カプセルのように惑星間軌道から直接入ってくる場合は実に秒速10キロ以上になります。このような非日常的な流れを,風洞(写真)を含め様々な特殊実験装置とコンピューター,それに少々の想像力を補って研究していくのが極超音速熱空気力学と呼ばれる分野です。

スパイクによる鈍頭物体の空気抵抗軽減
(駒場極超音速風洞,マッハ数7,シュリーレン法)


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 衛星が猛スピードで大気中を飛行するかわりに,静止した衛星に空気が猛スピードでぶつかっていくと考えましょう。空気は機体前方で堰止められ大変強い衝撃波を作ります。その後方では持て余したエネルギーで超高温の空気が作られます。秒速12キロでは1万度を越えるでしょう。衛星はこの高温ガスに包まれることになります。この熱が伝わり「空力加熱」として衛星表面を黒焦げにするわけです。さらに,空気は高温になるとまるで電気ストーブのように光り出し表面をあぶることになります。再突入機の熱防御システムの点から,空力加熱は極超音速空気力学の再重要テーマのひとつです。

 極超音速流とはどんな流れか,私なりの印象をひとことで言うと「たいへん雑然とした流れである」となるでしょうか。その場の状況に応じて様々な現象が絡み合い,たとえば理想気体の流体力学が持つ整然とした美しさに欠けると言う意味です。具体的に説明しましょう。機体は超高温のガスで包まれると言いましたが,そこでは当然化学反応が起こります。分子は原子に解離し,あるいは電子が飛び出してイオンとなったりしてガスの成分が変わります。この電子によって通信に障害が出るのが有名なブラックアウトです。一方,高温では分子が伸び縮みなど様々な運動を始めるため(内部エネルギーモードの励起)気体の性質が変わってしまいます。しかも,流速が大変速いのでこれらの現象は完結せず中途半端のまま流れ去ってしまうことになります。これは非平衡と言って流れているからこそ起こる動的な現象です。さらに,機体表面の状態も重要です。高温でばらばらにされた気体原子が表面の作用で分子に再び戻ったとします。このとき大量の反応熱を出しますから空力加熱は一気に上昇することになります。これは,壁の触媒性効果と言って空力加熱の予測を難しくする要因です。空力加熱防御の鎧としてアブレータと呼ばれる樹脂を使えば,その熱分解で生じるガスの噴出による効果も考えなければならないでしょう。しかも,機体表面の問題は材料のことですから,流体力学の枠組みだけでは解決できず統合的なアプローチが必要です。一方,熱でやられた表面はボロボロなっていますからそれによって流れが乱されることも考えなければなりません。乱流になると空力加熱が飛躍的にアップしてしまいます。これは,熱いお風呂にそおーっと入るのと,そばで誰かにお湯をかき混ぜられるのとを想像して頂ければわかると思います。さらに,流れているのはガスだけではありません。機体表面が損傷し千切れてダストとなって飛んでいくかも知れません。火星では砂嵐の砂も飛び込んで来るでしょう。

 このように再突入機まわりの超高速流れは,美しさには欠けますが,そのプロセスの綾をひとつひとつ解いていく楽しみを与えてくれます。厄介物,空力加熱の産みの親とも言える極超音速流れですが,サンプルリターンや再使用型ロケットなど近未来の宇宙活動において避けては通れない研究分野として,しばらくは目が離せそうにありません。

(すずき・こうじろう)



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