カリフォルニア近況

橋本樹明　　　

　私は今，文部省在外研究員として1999年８月までの予定でカリフォルニア工科大学(Caltech)／米国航空宇宙局(NASA)ジェット推進研究所(JPL)に滞在しています。JPLは，その正式名称が示すように，大学の研究所でありながら主にNASAの予算で運営されているという組織となっています。そのため，基本的には大学と同様な学問の自由を確保しながらNASAの要求する機密情報管理をどうするかという問題をかかえており，そのしわよせが私のような外国人研究者に来ているように思います。すなわち，私がJPLに滞在して研究をするためには非常にたくさんの手続きが必要で，多くの方々のご尽力のもと，やっと実現いたしました。また外国人訪問者がJPL内に入るためには，常勤の職員が常にエスコートする必要があり，私にはその資格が無いので，「JPLを見学したい」と言ってきた学生さん等はお断りせざるを得ませんでした。

　私の滞在しているHadaegh博士の研究グループは，主に探査機の姿勢軌道制御に関する基礎的な研究を行っていたので，比較的自由に大変有益な議論をすることはできましたが，そこで知り得た情報はJPLのSecurity Officeの許可無く国外に伝えることはできません。従って本稿でも，研究内容に関する話は触れないことにします。

　宇宙研から在外研究員としてJPLに滞在した人は多く，本欄でも多くのことが書かれているので，私は先人とは違った側面について書きましょう。

　私の滞在期間は，日本は不況のどん底だったのに対してアメリカは史上最高とも言える好景気，とうとう日米の失業率まで逆転しました。おかげで日本人＝お金持ちと見られることもなく，治安も比較的良くて安心して生活できる反面，なんとなく肩身の狭い思いを感じました。車にしても，高級車に見られるといけないからわざと洗車はしないのだと聞いていましたが，実際は，週末など洗車場は列をなし，みな愛車をぴかぴかに磨き上げています。

　1999年という年も特殊な年です。一般的な世紀末感は別としても，Y2K(コンピュータの2000年問題)で街中大騒ぎです。１月１日には多くの都市機能が麻痺すると想定して，数日間は生活できるサバイバルグッズが売れているようです。JPLでも，所内に存在するすべてのコンピュータについて2000年問題に対応しているかチェックし，対策を講じています。宇宙研でも衛星運用に使う主要な計算機は既に対応済みですが，秘書さんが使うワープロまでは徹底してはいないのが実状ではないでしょうか。JPLでは担当の専門職員が大勢いるからこそこのような徹底した管理ができるわけで，情報解析関係の研究者等が併任で計算機管理をしている宇宙研とは層の厚さの違いを感じます。

　天候も今年は異常です。ここロスアンゼルス近郊は滅多に雨が降らず，一年中暖かいことで知られているのですが，今年は晴れる日は週の半分程度。この原稿を書いている５月末現在，雨季はとっくに終わっているはずなのに，未だに時々雨が降ります。気温も東京よりも低く，過ごしやすいのは良いのですが，ちょっとカリフォルニアという雰囲気では無くなってます。

　もう一つの私の特殊事情は，１才の子供連れだった点です。学校の心配等はいらないのですが，異国での子育てには気を使いました。一般にはベビー用品はアメリカの方が先進国と見られがちですが，確かに日本ではあまり見たことがない優れものがある反面，日本にあるものが手に入らず，日本から送ってもらっているものもあります。この話は長くなるので下記のwebページを参照下さい。

　総じてみると，カリフォルニアでの生活は現在の日本と大差は無くなっており，日本の製品，食品等も手に入る物が多いですが，微妙なところに違いがあります。そこが苦労する点でもあり，興味深い点でもあります。これはJPLでの研究についても言えることで，彼らの考えていることは我々と驚くほどそっくりです。つまり宇宙研の将来計画の方向は間違っていないと言う自信を持ちました。しかしそれを実現する体制，合理的な考え方には大きな違いがあり，大いに参考になります。

　生活の立上げに予想以上に時間がかかり，気がつくと滞在期間はあと３ヶ月しかありません。これから毎週末旅行やテーマパークに出かけても限りがあり，γが動かせないだけに衛星開発以上の綿密なスケジューリングおよびその実行が必要になっています。

　なお，限られた紙面で書ききれなかったことは
http://web.nnl.isas.jaxa.jp/~hasimoto/ISASnews9906/CAreport.htmlに載せておきますので，ご興味のある方はアクセスしてみて下さい。

(はしもとたつあき)