No.218
1999.5

ISASニュース 1999.5 No.218

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エアロブレーキ技術


安部隆士  

 今回から6回ほど空力関連の話題をこのシリーズでご紹介します。皮きりとして,今回は,惑星大気を利用した軌道制御について紹介することにします。

 一般に惑星探査において,探査機に搭載する計測器の重量をいかに確保するかが探査器の設計において重要なポイントとなります。探査器の重量のうち大きなウェイトを占めるのは,軌道制御用のエンジンおよびその燃料となるため,目標の惑星に到着後に軌道制御用エンジンを用いずに軌道制御が可能であれば,観測機器の重量を確保する上で大変に効果的であることは自明です。ところで,目標の惑星が大気を有していれば,その大気に探査機を突入させその際に生じる抵抗力を利用して軌道変更するアイデアは惑星探査が始まった当初から提案されていました。しかしながら,大気に突入させる軌道の精度が十分でなく高度が低すぎると抵抗力が大きすぎる結果として,再度大気から脱出することなく(惑星表面に至る軌道となるため),探査機を失う恐れが高いこと,また,抵抗力や,空力過熱量の予測についての理解が十分でなく,つい近年まで夢のままで終わっていた技術の一つでした。

 この技術を世界に先駆けて実証したのは,わが国の科学衛星「ひてん」でした(図参照)。ひてんは,当初,月の引力を利用したスウィングバイの技術を実証するために計画された科学衛星で1990年に打ち上げられたものです。打ち上げ前1年くらいの時期にピギーバックのミッションとしてエアロブレーキの実証実験の可能性が検討されました。その当事は,あくまで理論として高高度の希薄な気体中での抵抗力や,空力加熱量が分かっているだけでしたので,それに基づき,飛行させる高度を選定し,受けるであろう空力加熱量の予測に基づいて探査機の防御を設計した訳です。その結果,チタンの薄板と耐熱高分子フィルムを積層した特別性のブランケットで探査機の正面を覆い,計測として減速量の測定,探査機各部の温度上昇,空力加熱量センサーを搭載した訳です。

 実験は,一連のスウィングバイ実験が終了した1990年3月に行われました。遠地点はほぼ月の位置である36万キロから,地表高度125キロを狙い,遠地点近くでこの地表高度をねらった軌道制御を行った結果実測,高度124キロを達成し,そこでの減速量,加熱量の計測に成功し,世界で初めてエアロブレーキの実証に成功した訳です。続けて,高度120キロの高度でのエアロブレーキ飛行にも成功し,エアロブレーキ技術実証の目的を達成することができました。高度120キロ付近の大気は非常に薄く,いわゆる分子の平均自由行程は数mと衛星とほぼ同程度となるため,その空気力学的効果の予測には,大気分子の分子運動を考慮するような観点から行わなければならないほどですが,減速量としては十分であり(ひてんの場合,1回の大気パスでアポジ点での距離に換算して約1.4万キロメートルの減速に相当),これを複数回繰り返すことにより,有意な軌道制御が可能となります。この実験により得られた計測データは,ほぼ理論と一致しており,希薄な流れの効果を予測する技術においても貴重なデータとなりました。

 エアロブレーキの技術が「ひてん」により実証されたことは,その後の金星探査でのマジェラン衛星でのエアロブレーキの採用につながり,さらに,火星探査におけるMGSでの採用につながっています。このようにして,エアロブレーキは,本格的な利用が始まっています。現在火星に向かって飛行中の「のぞみ」でも,火星到着後にこの技術を使って軌道制御が行われることになります。

(あべ・たかし)



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