No.218
1999.5

<研究紹介>   ISASニュース 1999.5 No.218

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軌道の無いミッションは無い?!

宇宙科学研究所 山川 宏  



 惑星探査ミッションへの参加という希望を持って,新築の相模原キャンパスに修士の学生としてやってきて11年が経ちました。軌道工学を研究する者にとって非常に良い時代で,修士の時は二重月スウィングバイミッション「ひてん」,博士の時代は地球磁気圏観測衛星GEOTAILの軌道計画を手伝っておりました。「ひてん」は月衝突によってその生涯を閉じましたが,「数m/sの軌道修正で地球周回軌道に戻せるのにもったいない」と主張していたことが懐かしく感じられます。また,博士論文のテーマは「重力キャプチャーを用いた地球−月遷移軌道に関する研究」で,月ペネトレータミッションLUNAR-Aで用いられる予定の軌道です。重力キャプチャーとは,大気抵抗などを使わずに重力のみによって,天体の影響圏外から接近する物体が,天体に対して通常の双曲線軌道で予想されるよりも低い相対速度を最接近点で達成する軌道です。条件によっては天体のまわりを一時的に周回する場合があり,惑星の衛星の起源を説明する1つの説と考えられています。月到達時には重力キャプチャーを,そして地球から月に遷移する間では太陽重力を積極的に応用することで,より少ない減速用燃料で同じ月周回軌道を実現できるというメリットがあります。アポロ宇宙船のように直接月に向かう場合と比較して,LUNAR-Aでは150m/s程度の減速量の節約になります。


図1 重力キャプチャーを用いた     
    地球−月遷移軌道(設計時の収束の様子)

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 この月スウィングバイを利用するという宇宙研の伝統は,火星オービタ「のぞみ」にも引き継がれました。当初,2回の月スウィングバイと1回のパワード地球スウィングバイを行って,1999年10月に火星周回軌道に投入される予定でした。1998年12月に地球脱出マヌーバを行った際に燃料を使い過ぎたために,火星到着が2004年1月に変更されたことは記憶に新しいと思います。この時,軌道計画グループの一員として私は火星スイングバイの利用の可能性を模索していたのですが,タイムリミット直前に提案された「2回の地球スウィングバイによって2003年6月の地球発火星行きの絶好のウインドウにつなげることで燃料不足が解消される」という案が決定打となりました。

 イオンエンジンを主推進機関とする小惑星サンプルリターン計画「MUSES-C」は各分野の方に多くの研究テーマを与えていますが,軌道計画も例外ではありません。イオンエンジンの諸元に起因するやっかいな制約条件を取り込めるシンプルな設計法が必要となったため,低推力軌道をパラメタ最適化問題と捉えて非線形計画法によって解く方法を用いました。この方法は後述する水星探査計画やロケット軌道の最適化にも役立っています。

 将来ミッションの検討の一環としては水星ミッションがあり,3つの範疇に分かれます。1つは,水星−水星遷移フェーズにおいて電気推進を用いる多数回水星フライバイミッションで,計6回の水星フライバイを打ち上げ後3年という短い飛行時間で行い,磁気圏観測,撮像の観点から多様なフライバイジオメトリを実現するものです。


図2 電気推進による多数回水星フライバイ軌道

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2つ目は,電気推進の使用を想定した水星ランデブーミッションであり,打ち上げ後に金星スイングバイを経て,さらに太陽を5.5周回して2.3年という短い飛行時間で水星に到着します。この軌道はスイングバイ,低推力,多周回という設計しにくい要因がすべてそろっていて厄介な軌道でした。


図3 電気推進による水星ランデブー軌道

3つ目は,化学推進の使用を想定した水星ランデブーミッションで,打ち上げ後に金星と水星の多数回のスウィングバイを経て水星に到着します。これらの3種類の水星ミッションは,それぞれに異なる軌道設計法が要求され,学生の頃に考えたボタンを押すとポンと答えが出てくる汎用性のある軌道設計ツールの完成はほど遠いのではないかと考えています。他にも,メインベルト小惑星ランデブー,多数回小惑星フライバイ,彗星コマ/核サンプルリターン等も模索中です。


図4 多数回小惑星フライバイ軌道

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このように無数にある可能性から次の時代にふさわしい惑星探査ミッションを見つけるのは軌道工学者(?)の醍醐味でしょう。

 目を実験に転じると,助手時代の前半はペネトレータ関連の実証試験に明け暮れていたと言えます。気球により高度40kmからペネトレータを投下して,スピン型サンセンサの情報をもとにガスジェットによるラムライン制御の性能を確認する試験に参加しました。

 実験が何たるか全くわかっていない時代で,試験コンフィギュレーションの検討,オペレーション手順の立案で頭を悩ませていたことを記憶しています。また,ヘリコプタを使用したペネトレータ機能確認試験も行いました。高度500mからペネトレータを落下,加速させ,月面表面に近い砂浜に貫入させることで,その機能確認を行うことが目的でした。風,ミスアラインメント等を考慮したペネトレータの挙動のシミュレーションを行ったり,気圧計,GPSデータをテレメータで受けてヘリコプタの位置をリアルタイムで求めるシステムを担当しました。

 ロケットではいつも風に悩まされています。観測ロケットの風補正はいつも緊張の連続です。風補正の主目的は落下点位置分散の低減であり,ある秒時での速度方向がノミナルと一致するように,ランチャー角の方位角/上下角を設定しています。

 M-Vロケットでは風はもっと厄介です。M-Vではオペレーション上の制約から打上げ時の高層風を予測して,約1日前に姿勢プログラム(軌道)を設計する必要があります。そこで,高度16km以下は気象庁の予報データを,高度16kmから50kmまではイギリスの気象局の観測データを時間的空間的に補間して鹿児島における高層風を予報するシステムを構築しました。


図5 KSC高層風予測システム

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また,予測した風プロファイルを考慮して姿勢プログラムの最適化を行う方法も研究対象です。M-Vロケットの第1段の上昇軌道は,空力荷重制約の観点より平均風モデルを想定したときの迎角ゼロのパスを標準としています。しかし,打ち上げ当日の風は平均風とは異なります。そこで,姿勢プログラムを変更することで迎角を一定の値以下に保ったまま,1段燃焼終了時の状態量を当初予定していたものと合わせることができれば,空力荷重制約を満たしつつ軌道分散量を低減できることになります。実際のM-Vロケット1号機3号機のフライトでは,姿勢プログラムを制御変数としたパラメタ最適化問題として扱う方法を適用しました。また,各種誤差に起因してずれていく軌道をリアルタイムで補正するいわゆる電波誘導の誘導則の検討も行っています。M-Vロケット各号機の各段に対応した誘導論理では,ロケット姿勢制御系の制御誤差,推進性能の誤差,投入後の衛星に課せられる軌道制御量等が考慮されています。

 最近は,小型垂直離着陸式再使用ロケット実験機の航法誘導制御系の検討を行っています。慣性航法装置(IMU)および高度計を用いた航法,消費燃料が最小となる最適制御に基づいた誘導則,エンジン推力制御,スラスタによる姿勢制御系と課題は盛り沢山です。一見,シンプルなシステムでも実際にフライトに供するのは大変であることを1999年3月のフライト試験で実感しました。

 軌道の無いミッションは無く,このように11年間にさまざまな計画に参加することができました。今後とも,この宇宙研の雑用係りをよろしくお願い致します。

(やまかわ・ひろし)



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