No.218
1999.5

ISASニュース 1999.5 No.218

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「人間の大地」と「砂漠の民」

森田泰弘   

 草原ではライオンがシマウマを追い,ジャングルではチンパンジーの声がこだまする。ああ,ここは本当にアフリカだ。だけど,大切なカプセルがもしもライオンに噛まれたらどうしよう。それより,サルが隠してしまったら大変だ。

 皆さんはDASHと言う計画をご存知でしょうか。これは,MUSES-Cと同じカプセルを使って大気圏再突入の実験をする計画ですが,カプセルの回収地はサハラ砂漠の西の端にあるモーリタニア・イスラム共和国です。

 モーリタニアには,乗客4人乗りの小さなプロペラ機に乗ってセネガルから入国した。胸踊るアフリカの国境越えである。だけどこの飛行機はどうみてもオンボロだ。計器盤は半分くらいは何もついていなくて,ただ穴だけがあいている。ドアもなかなか閉まらず,最後は蹴飛ばしていたっけなあ。パイロットは二人いるが,一人はどうみても見習いらしい。おいおい,お客の前で操縦かんを片手にメモをとるのはやめてくれ。それでも何とか離陸には成功したみたいだ。彼もよほど緊張していたのだろう,ようやくこちらの方を振り向いた。「サバビアン?(元気かい?)」あいにく,こっちはぜんぜん元気なんかじゃないよ。それにしても,砂漠をオンボロのプロペラ機で飛ぶなんて,何ともロマンチックな旅の始まりだ。

 これは良く言われるそうだが,東アフリカでは動物を,そして,西アフリカでは人を見よとのことである。なるほど,彼らは人懐っこく陽気である。そして,挨拶が長い。日本なら「こんにちは」で済むところを,「あなたは元気か?」「あなたの奥さんは?」「子供たちは?」「お父さん,お母さんは?」「おじいさん,おばあさんは?」,(中略)「親戚のおじさん,おばさんは?」,あげくは,「隣の家の人は?」と延々続く。聞かれた方はその度に何やら答えている。交通検問でも,たいてい1分くらいはこうしているのだから,万が一国際電話をかけるときなど,一体どうするのかと心配だ。もっとも,お辞儀しても返事もしてくれない宇宙研の偉い先生の方が,ぼくにはずっと恐いですけれど。まあ,要するに,砂漠の中の町というのは人口も少ないし,隣の町に行くのも容易ではないので,人と話すことが貴重なエンターテイメントになっているということらしい。

 さて,彼らの何人かに助けを頼み,いよいよサハラへと向かう。その砂漠の探検について少し話そう。サハラ砂漠を車で超えることは,季節と装備によっては必ずしも危険ではないらしい。事実,ヨーロッパの観光客がクリスマスの時期になると大挙として押し寄せるそうだ。ただし,それはあくまでサハラ越えの正規ルートを通る場合の話であって,しかも,そのようなルートですら,砂嵐に巻き込まれるとわずか10kmを進むのに何日もかかることがあると言う。カプセルの回収のように道なき道を行く場合はなおさらである。少しは硬い砂地を探しながら進むと,歩くのと大してスピードは変わらない。いっそのこと,本当にラクダに乗って探したほうが楽かもしれない。

 砂漠の中にひとたび足を踏み入れると,目の前に広がるのは,どこまでも続く砂の海と灼熱の太陽,そして,わずかの草木だけだ。このような過酷な環境で暮らす砂漠の民の生活はとてもシンプルである。たまたま,砂漠の中でラクダに乗った一人の遊牧民の男と出会った。同行のモーリタニア人がフランスパンを差し出したところ,豆があるから要らないと言う。何か欲しいものはないかと聞いても何もないと言う。それでいて彼は満ち足りたように笑っている。まるで中国の昔話みたいだ。こんな風に生きることができたらどんなに幸せだろう。

 ああ,のん気なことばかり言っていたら叱られてしまいますよね。実験はもうすぐです。そして,次回は回収の報告が楽しく書けますように。
(この項,運が良ければつづく)

(もりた・やすひろ)



モーリタニアの仲間を囲むモリタニアンとスミタニアン」


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