No.215
1999.2

<研究紹介>   ISASニュース 1999.2 No.215

- Home page
- No.215 目次
+ 研究紹介
- お知らせ
- ISAS事情
- 追悼
- 東奔西走
- いも焼酎

- BackNumber

地球外気圏からのプラズマと大気の流出

宇宙科学研究所 阿部琢美  



1. 序言

 地球周辺の超高層大気における現象は我々の実生活とは殆ど接点が無く,唯一思い浮かぶのは稀にマスコミで取り上げられる温室効果くらいであろう。地球の温度が年々上昇し云々の話を聞いて一瞬深刻になる人がいるかもしれない。加えて,地球大気中の酸素が年々減少し続けているという一見深刻にも思える事実を知ったら人々はどのような感想を抱くであろうか。

 最近の人工衛星による超高層大気プラズマの観測は,地球上層部から1日当たり数百トンの量の酸素イオンが流出しているという事実を明らかにしている。本稿で取り上げるテーマは地球大気およびプラズマの流出現象の中で,イオンの流出に関する話題である。



2. 極域電離圏からのイオン流出

 高緯度電離圏には熱的,非熱的過程を経て幾つかの種類のイオン流出メカニズムが存在する。地球を取り巻く磁力線のうち,低中緯度領域に起源を発するものは南北両半球で閉じているのに対し,高緯度域から伸びた所謂“開いた”磁力線は磁気圏尾部と結合している。極域電離圏において上向きの加速を受けたイオンは磁力線に沿って流出し磁気圏尾部へと輸送される。Yau and Andre [1997]は電離圏起源イオンの流出を次のような4つのタイプに分類した。


 Polar Wind

- Home page
- No.215 目次
+ 研究紹介
- お知らせ
- ISAS事情
- 追悼
- 東奔西走
- いも焼酎

- BackNumber
 極域の高度1,000km以上に存在する低エネルギー(0.1eV〜数eV)のイオン流で,主としてオーロラ帯(オーロラが比較的頻繁に観測される緯度帯)よりも高緯度の極冠域と呼ばれる領域において観測される。電離層を構成するH+He+O+のイオンが定常的に上向きに加速された結果生じる。図1に示したのは H+イオンの極域での平均的な速度分布で円周方向に地方時間(上方に太陽),半径方向に磁気緯度をとって表現している。オーロラ帯は平均的には概ね72°〜77°に存在し,極冠域内の速度が顕著に高くなっていることがわかる。一方 H+He+O+の速度の高度方向の分布が図2に示され,高度2,000〜8,500kmにおいて継続的にイオンが加速されていることが明らかである。


- Home page
- No.215 目次
+ 研究紹介
- お知らせ
- ISAS事情
- 追悼
- 東奔西走
- いも焼酎

- BackNumber

 Auroral Bulk Upflow

 高度1,000km以下のオーロラ帯で観測されるイオン流。イオンの種類は主に O+。速度は1km/s (0.1〜0.2eV)程度で,緯度方向にはかなり狭い領域に存在し,プラズマの加熱に伴って観測される事が多い。


 Upflowing Ions (Beams and Conics)

 10eVから数keVのエネルギーをもつイオンの上向き流。速度分布関数のピークを磁力線方向にもつのがイオンビーム,磁力線に対して垂直方向に存在するものはTAI (Transversely Accelerated Ions),ピークが両者の中間の角度に位置するものはコニックスと分類される。これらは概ね高度1,000km以上のカスプと呼ばれる領域あるいはオーロラ帯で観測される。


 Upwelling Ions

 1eVから10eV程度のエネルギーをもったイオンの上向き流。夜側オーロラ領域では磁力線に垂直方向の加熱を伴う事が特徴的である他,昼側オーロラ帯やカスプ領域で顕著に観測される。主成分は O+であるが H+He+O++,および N2+O2+NO+などの分子イオンが伴うこともある。2,000〜6,000km高度では速度が1〜3km/s程度であるがイオン密度が102〜103cm-3であるため,単位面積あたりの流束は比較的大きい。



3. Polar windの生成メカニズム

 1989年2月に宇宙科学研究所により打ち上げられた衛星「あけぼの」は前述したイオンの流出現象を1,000〜10,000kmの高度範囲で観測している。特に polar wind に関しては他の観測に無比の大量のデータを提供し,現在も観測を継続している。図1,2に示した観測結果も「あけぼの」による成果の一つである。ここでは,polar wind の生成メカニズムに関し簡単に紹介することとする。  地球の高緯度極冠(polar cap)域から伸びる磁力線は磁気圏尾部に繋がっているが,静的圧力勾配によりプラズマは密度の高い電離層から低い磁気圏尾部へと磁力線に沿って流れ出す。このように熱発散過程に基づいて極域電離圏からのプラズマ流出を予想したのが,1960年代後半に為されたイオン流出に関する初期の理論であり,それによればイオン流の逸散速度はプラズマの熱速度に近いことになる筈であった。しかしその後,イオンの流速は流体力学的な必然性により超音速になるという理論が示され,プラズマ流はポーラーウインドと名づけられた(図3にその概念図を示す)。一方では太陽放射による中性大気の電離によって生成され磁力線方向上向きに運動する光電子と電離層の主成分である酸素イオンの間に存在する磁力線方向の偏極電場がイオンの加速に大きく寄与している,との理論も展開された。この現象は1980年代になって人工衛星による直接観測が可能となり,ポーラーウインドが超音速であること,H+He+などの軽イオンのみならず,O++イオンも重要な構成要素となっていること等が示された。

- Home page
- No.215 目次
+ 研究紹介
- お知らせ
- ISAS事情
- 追悼
- 東奔西走
- いも焼酎

- BackNumber



4. イオン流束の総量

 極域電離圏に起源をもつイオン流出の出現域と流量は地磁気活動度,太陽活動度,惑星間磁場等により変化する事が知られており,例えば地磁気活動度が活発になるに伴って auroral bulk upflowupflowing ionsの発生領域は低緯度方向へ移動,polar windが観測される領域は広がる事が知られている。イオン流が観測される面積を空間的に積分することによって,個々のメカニズムに関しイオン流出の総量を計算することが出来る。表1に示したのは Yau and Andre [1997]が最近の衛星観測データをもとに算出した高緯度電離圏から流出するイオン流束の総量である。なお,これらの値は太陽活動度が極大に近い時期の衛星観測データ(Abe et al. [1996]等)をもとにしている。これらの推測値から,例えば地磁気活動度が比較的活発な時期には水素イオンで1日あたり200トン,酸素イオンで400トンの量が電離圏から磁気圏へと流出している計算になる。電離圏F領域においては荷電交換や化学反応によって O+イオンが供給されており,酸素イオンの流出は酸素原子,酸素分子の減少を引き起こす。


 表1. イオンの流出量(単位:1025 ions/s)

- Home page
- No.215 目次
+ 研究紹介
- お知らせ
- ISAS事情
- 追悼
- 東奔西走
- いも焼酎

- BackNumber
地磁気活動度静穏期(Kp≦2)活動期(Kp≧3)
イオンH+O+H+O+
Polar Wind
極冠
オ−ロラ帯

0.9-1.1
1.8-2.6

0.5-0.7
0.8-1.2

0.6-0.8
3.5-4.0

0.6-0.7
1.5-2.2
Upwelling ions 〜0.5 〜2.0 〜0.5 〜2.0
Upflowing ions
極冠
オ−ロラ帯

0.3-0.5
2.0-3.1

0.3-1.0
1.2-4.1

1.2-1.8
3.9-6.2

3.0-6.0
7.0-14.0
合計 5.5-7.8 4.8-9.0 9.7-13.3 14.1-24.9



5. 「あけぼの」衛星によるイオン流出の観測

 「あけぼの」衛星は極域電離圏からのイオン流出を観測するのに適した軌道を飛翔している。この衛星以前にも ISISDE等の衛星がイオン流出の観測を行ってきたが,「あけぼの」衛星による観測の特徴は高度1,000〜10,000kmにおいてイオンの流速および関連するパラメータを同時に測定出来る事にある。即ち,極域にはプラズマ対流が存在し,磁力線に沿って上方に輸送されるのと同時に水平方向に移動するため,オーロラ領域中の upflowing ion等と極冠域の polar windという複数のイオン加速メカニズムが混合され,高高度では個々の現象を区別して議論出来ない傾向にあるが,「あけぼの」衛星の高度においては分別が可能な点にある。

 イオン流出のメカニズムに関して,最近注目されている話題として,polar wind領域におけるイオン加速の問題が挙げられる。図1に示したように polar windのイオン速度は非対称性をもち,昼側での風速は夜側に比べ顕著に大きいことが観測から実証されている。極冠域において太陽放射により生成された光電子は磁力線方向に運動し,重い質量によって移動が困難なイオンとの間に電場が生じる。観測データは光電子束の大きい昼側でこの電場によるイオン加速への寄与が大きい事を示唆しているのである。寄与率について,数値シミュレーションでは議論が為されているのに対し,観測面からの検討は未だ為されていなかった。「あけぼの」衛星による観測は,1,000〜3,500km高度においてイオン(H+)流出の速度は太陽天頂角と良い相関を示し,角度が小さいとき,すなわち光電子束が大きい時にはイオン速度が大きいことを実証した。これは光電子束がイオン加速に大きく寄与していることを示す重要な結果である。

 また,「あけぼの」衛星による観測は地磁気活動度に応じたイオン流出量の変化の様子も明らかにした。表1にその一部を示したように,極冠域のイオン流束は地磁気活動度と相関をもつ。これは地磁気活動度の変化に対応した極冠域プラズマの温度変化,あるいはプラズマ対流による影響と考えられる。また,太陽活動度の変化に対応した流出量の変化は,標準的な活動周期である11年よりも長期の変動を議論する上で重要となるデータを提供するであろう。



- Home page
- No.215 目次
+ 研究紹介
- お知らせ
- ISAS事情
- 追悼
- 東奔西走
- いも焼酎

- BackNumber

6. 結言

 「あけぼの」衛星等の観測により,極域電離圏から流出するイオンの流出総量は O+H+1日あたり数百トンのオーダーに達するという結果が得られた。現在地球大気中に含まれる酸素量は O2 3.8×1019 molと見積もられており,単純計算では現在の流出率が1億年継続して全体の約2%を消費するという割合になる。

 但し,電離圏から流出し磁気圏尾部に輸送されるイオンについては,少なくともその一部が何らかのメカニズムによって電離圏へと再流入する可能性も否定出来ない。また,高高10年間の衛星観測データから1億年を推測するのは早計でもある。したがって,ここに示した量のイオンがそのまま地球大気から永久に消失するということにはならず,大気環境に与える影響をより正確に議論するためには,観測のエネルギーと領域をさらに広げて,総合的な観測が必要になろう。

 このような地球大気の長期的変遷といった側面からの興味・議論はさて置いても,低エネルギーイオン加速の存在とその成因は地球物理学的にも重要な興味の対象であり,未解明の問題についての更なる解明が待たれる所以である。

(あべ・たくみ)



#
目次
#
お知らせ
#
Home page

ISASニュース No.215 (無断転載不可)