成尾 芳博
アメリカが月に人類を送った1960年代の後半から1970年代初めにかけて人々の宇宙への夢は大きく広がり,幅広い宇宙の商業化が提唱されました。宇宙工場,宇宙観光旅行,スペースコロニー等々,宇宙に関わる夢のほとんどはこの時代に考え出されたものです。しかしそれらは,20数年の時を経て今なお実現していません。実現したのは通信・放送・気象と言ったいわば情報産業の分野に関するものだけ。その原因はロケットの高い打上げ費用にあり,高い輸送コストを払っても採算の合うのは情報産業の分野だけと言われています。最近話題になっているイリジウム計画でも必要な衛星は66個であり,一般には宇宙輸送のコストを桁違いに下げることの必要性及びそれを必要とする市場は,まだ存在しないと考えられています。
一方,人口増加と人々の生活様式の変化によって地球の環境汚染(破壊)は確実に,しかも加速度的に進んでいます。人類が今後とも繁栄を続け生き延びて行くためには,地球という閉鎖生態系の外,つまり宇宙から手を貸してもらう方法を真剣に考えてゆかねばなりません。具体的には,現在地上で行われている生産活動の一部を宇宙に置く等が考えられますが,そうなると何万トンという資材を宇宙空間に運ばなくてはなりません。例えば宇宙で太陽光により発電し,その電力を電波にかえて地上に送る太陽発電衛星(SPS)は地球温暖化を防ぐ上で有効ですが,実用規模のSPSは質量が1機当たり数万トンになることが予想されます。宇宙で発電するメリットは,宇宙では夜も昼も天候も関係ないため,地上で同じ面積の太陽電池を広げた場合に比べて約10倍の電力を発生できる事です。従って電力を電波に変え,再び電力に変換する効率をそれぞれ70%とすると,地上で同規模の発電所を作る場合の約5倍の費用がSPSの建設目標価格となります。この時,宇宙輸送のコストは10,000円/kg以下が目標となります。これは現在の輸送コストより2桁低い値です。SPSに限らず,将来宇宙空間に建設されることになる大型構造物は,まず地球環境保全の観点からそのメリットが検討されることになるでしょう。しかし,それらのシステムが人類社会に受け入れられるかどうかは,製造物が地上の製品と競争できるコストに納まっているかどうかにかかっています。その時,輸送コストは安ければ安い程よいわけで,SPSとほぼ同様な値が輸送コストの目標値になるでしょう。輸送コストをこのように桁違いに安くするには,前号までに紹介されてきた再使用型の機体を航空機の様に頻繁に運行するしか方法はありません。地球環境保全の面からも超低コスト宇宙輸送系の実現が待たれている,と言えます。
しかしながら「地球環境を守るためだ」として納税者に高額の負担を期待しても,自ずと限度があり,ましてや米国やロシアの宇宙開発予算さえ減らされている現状では多額の予算を獲得するのは至難の業と言えます。そこには国の予算による宇宙開発の限界が見えてきます。それでは打つ手はないのでしょうか? いいえ,このような状況を打開する切り札が幸いにして存在します。それが宇宙観光旅行というマーケットです。