No.208
1998.7

ISASニュース 1998.7 No.208

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第6回 PLANET-Bで知る火星の大気の今と昔

今村 剛  

 昨年話題になったアメリカの火星探査機マーズパスファインダーが送ってきた画像にも見られるように,火星には赤茶けた空が広がっています。地球の空が青いのは空気が青い光を強く散乱するためですが,火星では空気がとても薄く,しかも酸化鉄を多く含んだ細かな塵(ダストと呼ばれます)が大気中に巻き上げられているので,火星の空は青ではなく赤茶けて見えます。画像では地球のどこかの砂漠のようにも見えますが,火星の大気は二酸化炭素が主成分なので私たちは生きられません。気圧は地球の200分の1,気温はマイナス20度からマイナス80度という,なかなか厳しい世界です。主成分の二酸化炭素が季節とともに北極や南極に凍り付いて「極冠」を作ったり,またそこから蒸発して出てきたりするため,気圧が1火星年(地球での約2年)の間に25%程度も変化します。この火星にも大昔には濃い大気があって液体の水が存在できるほど暖かかったと考えられています。それがなぜ現在のような世界になったのかを探ることは,第5回の解説にもあったようにPLANET-Bの主な目的のひとつです。

 火星の気象といえば,何といっても「ダストストーム」と呼ばれる砂嵐です。激しい嵐に伴って塵が地面から大気中に大量に巻き上げられる現象で,この砂嵐が火星の大気構造に大きな影響を与えています。年間100個程度の局地的な小さなダストストームの他に,「大ダストストーム」と呼ばれる全火星規模の砂嵐が南半球の夏に2回起こります。大ダストストームが起こると夜のように空が暗くなり,外からは地表面が隠されてしまいます。これらのダストストームの発達メカニズムはまだわかっていませんが,巻き上げられた塵が太陽光を吸収して大気のエネルギーが増えてますます嵐が激しくなる,というような正のフィードバックが関係していると予想されています。ダストストームの他に,「ダストデヴィル」と呼ばれる,塵が高さ5kmくらいまで細長い円筒状に巻き上げられる現象も観測されています。竜巻のようなものかもしれませんが,まだわかっていません。この現象も大気中を漂う塵を増やすのに大きく寄与する可能性があります。

 興味深い気象現象としては雲や霧もあります。雲や霧の粒はふつう水の氷ですが,南極や北極など特に寒いところでは二酸化炭素の氷(ドライアイス)の雲や霧もできると考えられています。これらの雲や霧は,地面や極冠から蒸発して出てくる水蒸気,冷たい極冠の直上での水蒸気や二酸化炭素の凝結,山や谷の配置によって生じる局地風,全火星規模の大気循環に伴う熱帯域での上昇気流など,様々な原因によって生じ,また複雑な模様を描きます。

 PLANET-Bには火星の大気を観測する多くの装置が積まれていますが,電離していない比較的低い高度の中性大気を狙えるものは次のとおりです。可視光カメラ(MIC)は上で述べたようなダストストームや雲や霧を撮影し,これらの気象現象の発生メカニズムや季節性を探ります。(もちろん地形や衛星の撮影も可視光カメラの重要な目標です。) 中性質量分析器(NMS)は大気組成とその構造を直接観測し,高層大気中の化学反応,気象現象,宇宙空間へ大気が逃げていくメカニズムなどを探ります。紫外光スペクトル分析器(UVS)は大気で散乱される太陽紫外線を測って同位体比(水素/重水素比)や高層大気の構造などを調べます。同位体比からは,火星がかつてどのくらいの量の水を持っていたかを推定する手がかりが得られます。極端紫外光撮像器(XUV)も大気で散乱される太陽紫外線を測り,大気中のヘリウムの量や分布を調べます。ヘリウムの量や分布からは,火星内部から大気が染み出してきた歴史や,現在どのくらいの速さで大気が宇宙に逃げ出しているかを知る手がかりが得られます。また「電波科学」と呼ばれる観測も行います。この観測では,PLANET-Bから地球に向けて送信される電波が火星大気をかすめてくるときに周波数や信号強度が大気の影響を受けることを利用して,密度や温度の高度分布を調べます。これらの中性大気測定の他,第5回で解説されたように,宇宙空間へ逃げ出していく大気を幾つかの電離大気測定器で直接観測します。

 PLANET-Bではこれらのデータを総合的に解析することによって,ダストストームの発達メカニズム,大気と地面の間の水循環,低高度の気象現象が高層大気に与える影響,大気進化の歴史などを解明します。太古から現在に至る大気の振舞いを総合的に理解することを目指しています。

(いまむら・たけし)
<7月4日 PLANET-B打上げ成功>


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