No.197

ISASニュース 1997.8 No.197

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第9回 衝突電離・励起プラズマからの特性X線

宇宙科学研究所  石田 學

 宇宙空間では物質の大部分はプラズマと呼ばれる電離気体の形で存在しています。このうち温度数百万度から数億度までのプラズマをX線で観測することができます。このような高温プラズマは地上ではまず見られませんが,宇宙では,星のコロナ,超新星残骸,連星系,銀河,銀河団など,実に様々な階層の天体に,むしろ普遍的に存在しています。

 宇宙プラズマ中には酸素や炭素,鉄などの重元素が存在しています。これらの原子核のまわりにある電子が,プラズマ中にある自由電子の衝突を受けて電離したり,よりエネルギーの高い準位に叩き上げられ,これに引き続いて空いた準位に再び電子が落ち込むときに,二つの準位の差のエネルギーを持つ「特性X線」が放出されます。この特性X線のエネルギーは元素によって異なり,また同じ元素でも電離の程度によって変ってきますから,特性X線を観測することでプラズマの状態について詳細な知識を得ることができます。

 ビッグバン理論によれば,宇宙が始まったばかりの頃には,宇宙には水素とヘリウム以外の元素はほとんど存在しなかったことが分かっています。一方,現在の宇宙には重元素が豊富に存在しています。現在ではこれらの重元素は,宇宙が誕生してからおよそ百億年の間に星の中で合成され,それが超新星爆発でばらまかれることによって宇宙空間に蓄積していったものと考えられています。

図1:超新星残骸「カシオペアA」の  
珪素の特性X線による画像  

 我々はこのような重元素放出の現場を超新星残骸に垣間みることができます。超新星爆発により,秒速1万kmもの速さで吹き飛ばされた星のガスは星間物質と衝突して数百万度から数千万度の高温プラズマを作ります。これが超新星残骸です。「あすか」のCCDカメラで撮影した超新星残骸「カシオペアA」の珪素の特性X線での画像を図1に示します。中心で起こった爆発により,珪素が宇宙空間にばらまかれている様子がよく分かるでしょう。特性X線を用いた撮像観測は高い波長分解能,大きな有効面積を持つ「あすか」によって初めて可能になったものです。重元素が放つ特性X線により,超新星残骸の年齢,プラズマの密度,重元素の組成を知ることができます。このような特性X線によるプラズマ診断は,超新星残骸だけでなく,高温プラズマを有する上記の様々な階層の天体についても行われており,超新星の研究や,宇宙ガスの組成の進化の研究など、様々な研究に活かされています。

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図2:ASTRO-E XRSで予想される
   鉄の特性X線のスペクトル
(点線は「あすか」のCCDカメラのスペクトル)

 衝突励起・電離にともなう特性X線によるプラズマの研究は,次世代のX線天文衛星によって更に精緻なものとなってゆくでしょう。例として温度5000万度のプラズマ中で自由電子と衝突電離平衡に達した鉄からの特性X線をASTRO-E衛星に搭載されるXRSで観測した場合に期待されるスペクトルを示します。「あすか」では一本にしか見えなかったヘリウム様の鉄のKα線(6700電子ボルト近傍)が XRSの更に高い波長分解能によって複数に分離されているのが分かるでしょう。高い波長分解能によりプラズマの視線方向の速度をこれまでよりも精密に測ることができるようになります。また,分解された各輝線の相対的な強度は,プラズマの密度によって変化します。この性質を使えば,少なくとも星のコロナや激変星では,「温度」に加えてプラズマのもう一つの基礎的な物理量である「密度」を何等の仮定なしに観測から直接得られるようになります。このように「あすか」によって開花した特性X線分光は,宇宙高温プラズマの性質を探る新たな手段としてその地位を確実なものにしつつあります。

(いしだ・まなぶ)


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