No.197
1997.8

<研究紹介>   ISASニュース 1997.8 No.197

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赤外線観測というタイムマシン

   宇宙科学研究所  中川貴雄


1. 宇宙の誕生と進化

 私たちが住んでいるこの宇宙は,何時,どこで,どのようにして作られたのでしょうか。これは,人類にとって大きな謎です。天文学者は,この大きな謎に答えようと,研究を続けてきました。

 20世紀にはいって,この謎に関連して 2つの大発見がありました。まず,1929年にハッブルというアメリカの天文学者が,「多くの銀河は私達から遠ざかっており,遠くにある銀河ほど,私達から高速で遠ざかっている」ということを発見したのです。私達だけが宇宙のなかで特別な場所にあるとは思えません。したがって,ハッブルの発見は「全ての銀河の間の距離が広がっている」ということを示しています。すなわち,私達の宇宙は膨張しているというのです。

 すると,時間をさかのぼると,銀河と銀河の間の距離は昔は小さかったということになります。そして,その考えを延長すると,今から150億年ほどまえには,銀河がお互いに重なってしまうことになります。これは,一体どういうことなのでしょうか。

 この疑問の解決の糸口が,1965年に得られました。アメリカのベル研究所において,空のあらゆる方向から,一定の強さのマイクロ波の電波がやってくることが偶然に発見されたのです。これこそが,過去の宇宙の名残であると解釈されました。

 この解釈には少し説明が必要です。銀河が重なってしまうような過去にまで宇宙をさかのぼると,銀河も星もなく,高温で高密度の物質が満たしていた「火の玉」のような状態であったと想像されます。このような状態では,光が自由には走ることができない「曇り」の状態になっています。しかし、宇宙膨張のために温度と密度がさがると,宇宙が「晴れ上がり」,光が自由に走ることができるようになります。ベル研究所で発見された電波は,このように「曇り後晴れ」の時に出た光のなれの果てであると考えられたのです。宇宙は「火の玉」から始まり,膨張してきたというのです。


2. 銀河の誕生

 興味深いのは,この宇宙からやって来る電波が,極めて一様であるということです。これは,宇宙が晴れ上がった時期には,宇宙には特別な構造がなく,極めて一様であったということです。もし,特別に物が集まっているところがあれば,電波の強度のむらとして見えるはずだからです。

 一方,現在の宇宙には,星あり,様々な銀河ありと,大変に豊かな様相を示しています。極めて一様な過去の宇宙から,現在の豊かな宇宙へは,どのように進化してきたのでしょうか。この過程を調べるためには,どのようにして銀河が生じてきたかを調べる必要があります。すなわち,タイムマシンを使って,過去の銀河,すなわち原始銀河の誕生を調べなければなりません。一体,そのようなタイムマシンがあるでしょうか。


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3. 赤外線観測というタイムマシン

 宇宙の観測には,電磁波を用います。電波,赤外線,目に見える光, X線なども,全てこの電磁波の一種です。電磁波は,秒速30万kmという超高速で伝わります。しかし,宇宙は広大ですから、この高速の電磁波をもってしても,宇宙を旅するには時間がかかります。たとえば,すぐとなりの銀河であるアンドロメダ大星雲まででも,光が伝わるには 200万年もの時間がかかるのです。逆に言うと,今私達が見ているのは,アンドロメダ大星雲の今の姿ではなく, 200万年前の姿なのです。さらにより遠くの銀河を観測すれば,より昔の銀河を観測することになります。したがって,遠くの銀河を見るということは,単に遠くを見るということだけではなく,過去の銀河の姿,過去の宇宙の姿を見るということにもなるのです。すなわち,遠くの天体を観測するということは,過去を見るタイムマシンを手に入れるということになるのです。

 ただし,このタイムマシンを使うには,注意が必要です。先ほど,過去の銀河(すなわち、遠くの銀河)ほど,高速で遠ざかっているということを申し上げました。実は,高速で運動する天体から出る光は,ドップラー効果(遠ざかる救急車からのサイレンの音が、近づく時の音よりも低く聞こえるのも,この効果によるものです。)という影響を受けます。通常の銀河では,エネルギーのピークは目に見える光の領域にあるのですが,遠方の銀河になると,このドップラー効果のために,エネルギーのピークが赤外線の領域に来てしまいます。したがって,タイムマシンを有効に使って原始銀河を発見/研究するためには,目に見える光ではなく,赤外線の領域で高感度の観測を行うことが必要になるのです。


4. Astro-F 衛星計画

 図1 Astro-F衛星の外観図
 原始銀河を発見/研究することを主目的として,私たちはIRIS(Infrared Imaging Surveyor)という天体赤外線観測衛星を打ち上げたいと検討を続けてきました。幸いIRISは Astro-F という名前で認められ,2002年度の打上げを目指して,今年度からその開発が始まりました(図1)。

 Astro-F 衛星は,赤外線の広い範囲において,今までにない高感度で天体観測を行う衛星です。その観測方法は,新たな天体を発見することを主眼として,空の広い範囲を観測するサーベイ観測が主体となります。赤外線望遠鏡にとって,太陽はもちろんのこと,地球も強大な熱源です。そのため,これらの熱源を避けるよう,Astro-F では太陽同期軌道という軌道を採用します(図2)。

図2 Astro-F衛星の軌道と姿勢  
これは,地球上の昼と夜との境の上空を,常に飛ぶというものです。この軌道の上で, Astro-Fは太陽の光を常に横に受けながら,望遠鏡は原則として地球と反対方向を見るという姿勢をとります。こうすることにより,望遠鏡は地球と太陽を避けながら,1回の公転で,空の上の一つの大円を観測することができます。このままでは、空の他の部分の観測ができませんが,地球の公転にともない衛星の軌道面もまわるため,半年の期間があれば,空の全ての領域を観測ができるようになります。

 高感度の赤外線観測を行うためには,望遠鏡を含む観測器全体を極低温まで冷却する必要があります。なぜなら,冷却しない観測器では,観測器自身が強烈な赤外線源となってしまい,天体からの微弱な赤外線を検出することができなくなってしまうからです。このために,Astro-F では,超流動状態の液体ヘリウムを搭載して,望遠鏡を絶対温度で7度程度(摂氏マイナス 266度程度)にまで冷却します。ヘリウムを使った冷却には,SFUに搭載された赤外線望遠鏡IRTS(Infrared Telescope in Space)の経験が活かされています。 ただし,液体ヘリウムだけに頼った冷却では,寿命が短いため,機械式の冷凍機を併用し,液体ヘリウムの寿命を延ばすと同時に,ヘリウム消費後も一部の観測が可能になるような工夫が施されています。これらの工夫により,Astro-F では,口径70cm と冷却望遠鏡としては大型の望遠鏡の搭載が可能になりました。さらに,最近の赤外線検出器の技術の進歩をとりいれることにより,従来の赤外線サーベイ衛星IRAS(Infrared Astronomical Satellite,1983年打上げ)と比べて,数十倍から約 1万倍もの感度の向上が期待されています。この感度の向上により,原始銀河の捜索にとどまらず,天文学の広い範囲にわたって,大きな成果をあげることが期待されています。


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5. 新型の赤外線衛星

 Astro-F のようなサーベイ観測で新しい天体を見つけると,次のステップとして,大口径の望遠鏡を用いて個々の天体の詳しい観測を行いたくなります。しかし,従来型の衛星では、様々な理由により,その実現は容易ではありませんでした。

 まず,従来型の赤外線天文衛星では,観測器を冷却する液体ヘリウムのために,衛星が大きく重くなっていました(図3)。

図3 衛星搭載の赤外線望遠鏡:旧型(左)と新型(右)

そもそも大型のヘリウムタンクが必要ですし,さらに地上での断熱のために,重い真空容器外壁が必要になるからです。この真空容器外壁は,真空である宇宙ではそもそも必要がないものです。すなわち,従来型の衛星では,そもそも宇宙で必要でないものが最大の重量を占めていたのです。したがって,観測器を冷却しないまま衛星を打上げれば,衛星は画期的に軽量化され,大口径の望遠鏡の搭載が可能になるはずです(図3)。しかし望遠鏡は軌道上で冷却しなければなりません。そこで,Astro-Fで補助的に用いていた機械式冷凍機を全面的に採用します。観測器を温かいまま打上げ,軌道上で冷凍機のスイッチをいれ,そこで望遠鏡をはじめて冷却すればよいのです。

 さらに,今までの地球近傍軌道の衛星には,地球と太陽の光を避けるために,特定の天体だけを長時間観測し続けることができないという欠点がありました。これを克服するためには,地球の近傍から離れなければなりません。私達は,このために太陽と地球が作る「ラグランジュ点」に注目しました。ラグランジュ点では,重力と遠心力のバランスにより,太陽/地球と衛星がいつも同じ相対位置を保つようにできるのです。太陽と地球が作るラグランジュ点の中でも,私たちは地球から太陽と反対方向に約150万km離れたL2点 に着目しました。L2では,地球と太陽が一つの方向に集中するため,それ以外の天球上の広い範囲が観測可能になります。さらに、空に対する地球/太陽の位置関係はゆっくりとしか変化しませんから,極めて長時間の観測も可能になります。さらに地球から離れるために,衛星への熱入力が大幅に減少し,宇宙に熱を逃がす「放射冷却」という手法だけでも,かなりの低温まで望遠鏡を冷却することが可能になります。この「放射冷却」に,先に申し上げました「機械式冷凍機」を組み合わせれば,大変に効率的な冷却システムが実現されます。また,ラグランジュ点 L2 は,距離が遠いわりには,比較的に重いものを運ぶことができ,静止軌道に投入できる重量よりも,むしろ大きな重量が投入できます。このように,ラグランジュ点 L2 は赤外線観測衛星にとって理想的な軌道なのです。冷媒を使わない新型の大口径赤外線望遠鏡をラグラ ンジュ点 L2に投入すれば,今までにない画期的な赤外線観測が可能になります。Astro-F は,原始銀河の候補を多数見いだすことが期待されていますが,その各々の天体を詳しく調べるためにも,このような新型の赤外線衛星を実現できないかと,検討を進めているところです。

(なかがわ・たかお)


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