No.182
1996.5

ISASニュース 1996.5 No.182

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リズム・縞縞のはじまり

岐阜大学教育学部  川 上 紳 一 


 私たちの身のまわりには様々な縞模様がある。自然界の縞模様を,研究の対象として最初に注目したのは,わが国では寺田寅彦が最初であろう。寅彦は1933年に発表した随筆「自然界の縞模様」の中でさまざまな縞模様を紹介し,それらが将来重要な研究課題になる可能性を示唆している。リーゼガング現象などの諸現象は非線形現象として物理学の興味深い研究対象としてなっているが,寅彦が好きなものの筆頭としてかかげた地球や宇宙の科学の研究対象として,縞縞が注目されるようになってきた。

 地球科学の分野の発展に最も大きな影響を与えた縞模様は,海洋底の地磁気の縞模様である。中央海嶺をはさんで海洋底の地磁気の縞模様が対称であることから,海洋底拡大説が注目されプレートテクトニクス革命へと発展していったことはよく知られている。

 自然界の縞模様から「もっと新しい地球観」を構築しようという二匹目のドジョウをつかまえようという試みが,1980年代初期に当時わたしが所属していた名古屋大学理学部で始まった。そのきっかけは1980年にアルバレッツらが発表した恐竜絶滅に関する小惑星衝突説にある。地質学,物理学,分析化学などの専門家からなる彼らのグループが,白亜紀と第三紀境界に特徴的にはさまれる粘土層に注目し,イリジウムの異常濃集を発見した。

 イリジウムなどの白金族元素は惑星形成期に金属鉄といっしょにコアにとりこまれてしまっており,地球表層物質には乏しい。そこでイリジウムは始源的小惑星の衝突でもたらされ,衝突によるカタストロフィーで恐竜が絶滅したという仮説が誕生したのであった。

 この論文の意義を分析した名古屋大学の熊澤峰夫教授(当時助教授)は,「地球科学は変わる,われわれが変える」と言いだした。プレ−トテクトニックスを新しくない地球観だと罵り,プレ−ト論撲滅など手がつけられない暴論を吐きまくる始末であった。そして,教室の仲間に呼びかけて分野を横断した研究会の開催を呼びかけたの だった。

 このセミナーでは,衝突によるクレーターの形成過程,気候変動,生物の大量絶滅事件など,地球科学における重要課題に関する話題提供と討論が頻繁に行われた。様々な分野の研究者や院生,学生を交えた議論から理解が急速に深まり,新しい研究課題が次々に生み出された。たとえば,中国の隕石落下の歴史記録の解析がきっかけとなって,時系列セミナーが企画された。結果として「存否法」という新しいスペクトル解析法が開発され,地球自由振動の研究に応用された。また,地上や月面のクレーターの落下頻度の解析から,天体衝突の20億年周期説が提案されたりした。ペネトレーターを用いた月探査計画やグローバル地震観測網の構築に関するアイデアも当時の研究室のサロンでの議論から生まれたものであり,当時の研究室の雰囲気は大変熱気に満ちたものであった。

 こうした中で,アルバレッツらの研究に刺激されて,地層に刻まれたリズムやイベントを読む試みも始められた。1981年にウイリアムスが約6億年前の縞状堆積物に太陽黒点周期に対応する11枚ごとの縞の繰り返しを報告しており,縞縞に対する関心がいっそう高まった。地層の縞から宇宙のリズムが読めるとしたらたいへんおもしろいというわけで,「縞縞学」という名前が遊び心から誕生した。しかし,当時は美しい縞模様のある岩石や地層の所在地に関する情報がほとんど得られず,具体的研究を行うための材料に乏しかった。

 今日では状況は大きく変化した。わが国の地質学者によって,20〜35億年前に形成された石英と酸化鉄が交互に重なった縞状鉄鉱床や,ストロマトライトと呼ばれているバクテリアが作ったとされる縞模様の美しい巨大な岩石試料が確保されている。新しい時代ではサンゴの縞からエルニーニョ現象の歴史を探ったり,湖底堆積物から氷期 - 間氷期サイクル,アジアモンスーンの変動に伴う環境変化や地震・津波イベントなどの解読が始まっている。また,昨年度から文部省重点領域「全地球史解読」がスタートし,縞を記載するための各種スキャナーの開発や得られた画像データから縞模様の空間系列解析法の開発が進められるようになった。こうした状況の変化は地球環境問題に対する認識が深まり,地層などの縞縞から過去の地球環境の変動を詳細に復元しようという研究が注目されるようになったからである。

 縞模様の刻まれた地層や化石は地球史を記録した物証である。それらを従来とは異なる新たな視点で捉えることで,地質学と地球物理学あるいは気象学,海洋学,さらに生命科学などとの接点も提供できる。これまで交流の少なかった分野間の横断的な研究から「もっと新しい地球観」が生まれるような強い予感がある。

(かわかみ・しんいち) 


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