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「超広角コンプトンカメラ」による放射性物質の可視化に向けた実証試験について

宇宙航空研究開発機構
日本原子力研究開発機構
東京電力株式会社

宇宙航空研究開発機構(JAXA)は、次期X線天文衛星ASTRO-Hに搭載予定のガンマ線観測センサの技術を応用し、ガンマ線を放出する放射性物質の分布を可視化する新しい装置「超広角コンプトンカメラ」を試作しました。この装置は、広い視野(ほぼ180度)と核種に固有なガンマ線を識別する能力を生かして、敷地や家屋に広く分布したセシウム137(Cs-137)やセシウム134(Cs-134)について画像化できることから、サーベイメーター等を用いた人力による従来の調査では困難であった、屋根などの高所に集積する放射性物質も画像化することが期待されます。(資料1 pdfファイル

本年2月11日、JAXAと日本原子力研究開発機構(JAEA)並びに東京電力株式会社は、計画的避難区域に指定されている福島県飯館村草野地区において「超広角コンプトンカメラ」を用いた線量測定及び撮像試験による実証試験を実施しました。撮像試験の結果、従来のガンマカメラに比べ格段に広い視野での放射性セシウムの分布の高精度画像化に成功しました。(資料2 pdfファイル

今後、JAXAとJAEAは、東京電力株式会社の協力のもと「超広角コンプトンカメラ」を用いた放射性物質の除染作業等について、実用化に向けた検討を進めます。

資料1

超広角コンプトンカメラについて

宇宙ガンマ線高感度観測をめざし宇宙航空研究開発機構 宇宙科学研究所(ISAS/JAXA)で開発中のガンマ線撮像装置。宇宙に於ける放射性物質の核種を識別し画像化する。地上応用では、広い視野(ほぼ180度)と核種に固有なガンマ線を識別する能力を生かして、敷地や家屋に広く分布したセシウム137(Cs-137)や、セシウム134(Cs-134)の可視化に適する。

背景

ISAS/JAXA高橋研究室は過去15年にわたり、宇宙ガンマ線の高感度観測をめざして、シリコン(Si)とテルル化カドミウム(CdTe)イメージング素子で構成する独自の 「Si/CdTe 半導体コンプトンカメラ」 の研究開発を進めてきた。(注1)Si/CdTe半導体コンプトンカメラは、優れた位置分解能を持つSiとCdTeの半導体イメージング素子を高密度積層したコンパクトな構造を持つ。高効率・高精度のガンマ線追跡を実現することによって、小型であっても高い感度が達成できる。現在、このコンセプトを用いてX線天文星「ASTRO-H(2014年打ち上げ予定)」搭載用の軟ガンマ線検出器(SGD: Soft Gamma-ray Detector)の 製作が進行中である。(注2
我々は、このたび、東京電力株式会社の相談を受けたことをきっかけに、このSGDのコンセプトを基礎として、さらに同様にSiとCdTeのイメージング素子を用いるASTRO-H搭載用硬X線イメージャー(HXI)の要素技術を組み合わせ、原理実証モデルとして「超広角コンプトンカメラ」を急遽、試作した。

注1:三菱重工業名古屋誘導推進システム製作所、アクロラドとの共同研究

注2:名古屋大学、東京大学、広島大学、早稲田大学、スタンフォード大学他との共同開発

コンプトンカメラの撮像原理と従来型ガンマカメラとの比較

セシウム137やセシウム134から直接放出される核ガンマ線のエネルギーは600キロ電子ボルトから800キロ電子ボルトの範囲である。この領域でのイメージング観測には、従来ピンホールカメラを用いた観測が行われている(図1(a))。視野角はピンホールの開口角で規定され、40度から60度である。入射ガンマ線の方向を前もって限定しておくことで、放射性物質の分布を画像化する。この手法は、周囲のバックグランドを低く抑えることができる場合や、マスクが入射ガンマ線をとめるのに充分な厚さを持つ場合に有効である。しかし、ガンマ線のエネルギーが数100キロ電子ボルトを超えると遮蔽が透明になることもあって、ガンマ線の可視化ができたとしても高いコントラストを得るのが難しい。十分な遮蔽を得るためには重量を重くせざるを得ない。

一方、このエネルギー領域でガンマ線の主要な相互作用となるコンプトン散乱を用いて入射ガンマ線の方向を知り、可視化を行なう技術が「コンプトンカメラ」である(図1(b))。コンプトンカメラでは、ガンマ線が検出器の物質中の電子と散乱する際のコンプトン散乱によって、ガンマ線が電子に与えたエネルギー(E1)、散乱されたガンマ線のエネルギー(E2)、さらにコンプトン散乱を起こした位置(X1)と、散乱されたガンマ線が光電吸収された位置(X2)とを知ることで、入射ガンマ線のエネルギーと到来方向を同時に求めるものである。放射性物質の分布は、統計的な処理を経て画像化される。コンプトンカメラは、ピンホールやコリメータを使用しない検出方法によって、ガンマ線可視化ができる。また、バックグランドの除去能力が高く、高い感度が得られるため、次世代型のガンマカメラと位置付けられている。

「超広角コンプトンカメラ」とは

「超広角コンプトンカメラ」は、ISAS/JAXAが開発した、SiとCdTeの半導体イメージング検出器を密に多層構造とした次世代型のコンプトンカメラである(図1(c))。これまでコンプトンカメラの原理は知られていたが、必要な効率や画像解像度で可視化を行ない、また比較的簡易な手法で現地での撮像ができるような装置は存在していなかった。超広角コンプトンカメラでは、コンプトン散乱したガンマ線が装置から逃げにくい構造となっており、結果として、超広角の視野が実現できる。今回、局地的にガンマ線量の高いホットスポットの正確な位置特定が可能な解像度を実現するために、250ミクロンの位置分解能をもつSiとCdTe ストリップ検出器(128x128 画素)を開発した。
特にCdTe検出器に関しては、従来のガンマカメラに採用されてきたものがmmレベルの位置分解能であったことと比べると、格段に優れた位置分解能をもつ。図2に今回試作した検出器の写真を示す。実験室と実地での撮像試験で、180度の視野に対して128x128画素の優れた解像度が得られる事を実証した。また、鉛等の遮蔽を使わずに高いコントラストのガンマ線画像をとることに成功しており、高い感度を軽い検出器で実現可能である。

超広角ガンマカメラでは、ISASが1990年代の終わりにACRORADと開発に成功した、高いエネルギー分解能を持つCdTe半導体素子、および三菱重工業株式会社名古屋誘導推進システム製作所と開発した高密度実装技術が、実現の鍵を握る。CdTe半導体はNaI(Tl)シンチレータやゲルマニウム半導体よりも光電吸収効率が高く、吸収体検出器として最適である。また、コンプトンカメラでは散乱体の電子の運動量分布によって角度分解能が制限されるが、Siを使うことで、この効果が軽減され到達可能な角度分解能はセシウム137からの662キロ電子ボルトでは1-2度程度である。

図1

(a)従来ガンマカメラ (b)コンプトンカメラの原理 (c)ISAS/JAXA高橋研究室が世界に先駆けて提唱してきたSi/CdTeコンプトンカメラの原理

図2

図2:逆コンプトン散乱によって高エネルギーガンマ線が発生するしくみ。光速に近い速度で運動する電子のエネルギーの一部が光子との弾性衝突後に光子に与えられ、高エネルギーガンマ線が生じる。

測定例

図3に宇宙科学研究所にて行った超広角コンプトンカメラによるイメージング試験結果を示す。この試験では、3種類の放射性較正線源(バリウム133(Ba-133)、セシウム137(Cs-137)、ナトリウム22(Na-22))を地面に置いて(図3左)、撮像を行った。図4のエネルギースペクトルに示したように、それぞれの核種から放射されるガンマ線に対して、別々のエネルギーウインドウを設定して解析することで、それぞれの核種の分布を同時に画像化できる。エネルギーで核種を分離できる能力を生かして、バリウム133を緑、セシウム137を赤、ナトリウム22を青で表示した。

図3

(左)魚眼レンズをつけたデジタルカメラの写真。左からバリウム133(Ba-133)、セシウム137(Cs-137)、ナトリウム22(Na-22)の放射性較正線源を地面に設置。それぞれのエネルギーは、356キロ電子ボルト(Ba-133)、511キロ電子ボルト(Na-22)、662キロ電子ボルト(Cs-137)である。
(右)超広角コンプトンカメラと魚眼レンズのデジタルカメラの画像を重ねたもの。

図4

図4:バリウム133(Ba-133)、セシウム137(Cs-137)、ナトリウム22(Na-22)の放射性較正線源を設置したときに超広角コンプトンカメラで得られるエネルギースペクトル。グラフの横軸はエネルギー(キロ電子ボルト)。

資料2

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参考:宇宙研速報(武田伸一郎研究員による解説)

2012年3月29日

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