PLAINニュース第190号
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SMILES のデータ処理について

佐野 琢己
ISS 科学プロジェクト室

1. はじめに

 本稿では、国際宇宙ステーションの日本実験棟「きぼう」に搭載される「超伝導サブミリ波リム放射サウンダ」(SMILES) とそのデータ処理について紹介します。

 STS-127 での若田宇宙飛行士の活躍により、今年 (2009年) 7月に「きぼう」が完成したのは記憶に新しいところですが、SMILES はこの完成した「きぼう」の船外実験プラットフォーム 曝露実験ポート (3番) に取り付けられ、地球大気の観測を行います。

 現在、SMILES の観測により研究を進めるべき大気科学の課題としては、無機塩素化学 (オゾントレンドを捉えるための ClO / HCl 比率・HOCl 生成量、従来は観測が困難であった ClO の背景値を把握するための ClO 分布観測など) 、臭素収支 (成層圏オゾンの回復期における化学反応で重要な鍵となる)、人工衛星等で観測した成層圏・中間圏 HOx の数密度が大気の光化学モデルによって再現できない問題への寄与など、オゾン化学を中心とした成層圏化学に重点をおいています。いわゆる「オゾン層問題」への取り組みが多くを占めています。

 オゾン層問題というと、とかく地球温暖化問題の陰に隠れて「過去の環境問題」と捉えられがちですが、現在でも大気中のオゾンに関わる化学過程などには不確定な部分があり、また回復に向かっているというオゾン層の動向予測についても諸説が分かれている状況です。従って、現在でも SMILES の観測によるこの問題への貢献は少なくないと考えられます。

2. SMILES ミッションの概要

 SMILES ミッションは JAXA と情報通信研究機構 (NICT) との協力により行われているもので、「4K 機械式冷凍機と超伝導技術を用いたサブミリ波帯リム放射サウンダ」の技術実証と、「成層圏大気微量気体成分のグローバルな時空間分布」の観測実験という二つの側面をもっています。

 JEM に搭載された SMILES は、超伝導ミクサにより、大気微量分子が発する微弱なサブミリ波帯の電磁波を検出します。この超伝導ミクサは、機械式冷凍機により 4K にまで冷却することで理論的な限界近くにまで熱雑音を抑制することで、これまでになかった高感度のサブミリ波検出に寄与するものです。宇宙におけるサブミリ波帯の利用実証や超伝導技術の利用及びそれを可能とする 4K 機械式冷凍機の実現は、通信・材料・生体など広範囲な分野への大きな波及効果が期待されます。

 観測にあたっては、地球大気の縁方向(大気を横から透かして見る方向)にアンテナを向けて、上下にスキャンを行い、さまざまな高度の大気からのサブミリ波が畳み込まれた強度を輝度温度スペクトルとして観測します。このスペクトルの信号をリトリーバルアルゴリズムによって逆問題として解き、接線高度における複数種の大気微量分子の高度プロファイルを同時に導出します。観測の高度分解能は約 3km、高度範囲は測定対象によって異なりますが、上部対流圏から下部中間圏 (10km〜60km) が主なターゲットとなると考えています。観測の 1スキャンには約 1分を要するため、約 90 分で地球を 1周する ISS からは一日あたり約 1,600 点での観測データを取得することができます。これらの観測データにより解明すべきサイエンスについては、JAXA が編成したサイエンスチームにおいて、取り組みの計画を議論しています。

 SMILES ミッション運用期間は、概ね 1 年間を想定していますが、機械式冷凍機をはじめとする SMILES の装置の各コンポーネントが動作している間は、可能な限り観測を継続したいと考えています。

3. 地上データ処理システム

 SMILES のデータ処理システムは、低次データ処理部 (DPS-L0/L1) 及び 高次データ処理部 (DPS-L2) に大別されます。

(1) DPS-L0/L1

 DPS-L0/L1 は、レベル 0 及びレベル 1 データ処理を担うシステムです。
 JEM から配信されるパケットデータを再構成して SMILES ミッションデータ (L0 データ) を生成します。
 さらに、L0 データから分光データと各種補助データを抽出し、較正処理を行い、輝度温度スペクトルを算出します。これが L1b データとなります。
 L1b データの保管は、筑波宇宙センターに設置されている L1b 配布サーバが主に担うこととなっており、このデータは、スペクトル自体の特性に興味をもつ研究者に提供されます。

(2)  DPS-L2

 DPS-L2 は、L1b データから大気微量分子の濃度の高度分布を導出する部分です。はじめに forward model で微量分子の仮定した高度分布から輝度温度スペクトル及び導出する L2 プロダクトに対する weighting function を計算します。観測されたスペクトルに forward model による計算結果を合わせ込むことで、各微量分子の高度分布が最適解として得られます。これが L2 プロダクトとなります。L2 プロダクトは HDF-EOS フォーマットで生成され、web サーバ (L2 公開サーバ) を通じて、サイエンスチーム内外のユーザに提供されます。

(3) より高次のデータ処理

 更なる高次データ処理としては、1日以上の観測データをプロットした全球分布マップや、それらを統計的に分析して得られる季節変化の描画図などが例として考えられますが、サイエンスチームにおいては処理プロダクトの検討を行なっている段階であり、また SMILES データを利用する各研究者によっても独自のデータ処理・解析結果による多彩な高次プロダクトが作成されることが期待できます。


図 SMILES のデータ処理部
(左上) TKSC の DPS-L0/L1 では、SMILES からの生データを処理して L0, L1B データを生成する。
(右下) ISAS にある DPS-L2は、インターネット経由で L0, L1B データを取得し、L2 プロダクトを作成・公開する。

4. 今後の計画

 今年 9月、SMILES は HTV 技術実証機に搭載されて打ち上げられ、「きぼう」の船外実験プラットフォームに取り付けられたあと、観測を開始します。

 定常的な観測段階に入り次第、JAXA 宇宙科学研究本部にあるデータ公開サーバから観測データにアクセスできる環境を提供することとなっています。

 また、SMILES ミッションとして終了したあとも、ISS 科学プロジェクト室として可能な限りデータの保管や提供を続けていきたいと考えています。しかしながら、観測データを地球観測に限らない多様な分野で活用していただくためにも、大気化学プロダクトである L2 のみならず輝度温度スペクトルである L1 データも併せて提供できる環境が望ましいと考えています。このためにも、JAXA 宇宙科学研究本部の科学衛星運用・データ利用センターをはじめとした、JAXA 内外の各種科学データアーカイブとの連携が重要ではないかと考えています。

5. おわりに

 SMILES の最新情報は、下記ウェブサイトでも逐次公開しております。興味をお持ちの方はご参照ください。
http://smiles.tksc.jaxa.jp/indexj.shtml



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