PLAINセンターニュース第126号
Page 1

「はやぶさ」運用データ処理 -- 後編

西山 和孝
JAXA/ISAS
宇宙輸送工学研究系

 今回は前回に引き続き「はやぶさ」の運用で使用されているソフトウェア・端末について紹介します。


1. 衛星管制装置
2. 衛星状態監視装置
3. 局運用監視装置
4. 共通QL(クイックルック)
5. 姿勢軌道制御系QL
6. リアルタイム軌道決定装置(マヌーバーモニター)
7. ISACS-DOC(アイザックスドック)
8. EPNAV(イーピーナブ)、各種コマンドジェネレーター
9. ISACS-PLN(アイザックスプラン)
10. WWW-DL&各種データ解析ツール
11. EDISON(衛星運用工学データベースシステム)
12. おわりに


1. 衛星管制装置

 探査機へのコマンド送信に使用する非常に重要な端末で、

  • コマンド計画(メイン計画ファイル、各種サブ計画) のインポート (FTP, FDD) とエラーチェック
  • コマンド伝播状況やコマンド照合結果などのメッセージ表示とログの保存
  • 探査機のマクロサブ計画、オンボードトリガーコマンド設定、タイムラインサブ計画などメモリ状態の保持、照合、差分抽出
  • 計画外コマンドのその場編集機能

などの機能・特徴があり、メーカーから派遣される運用支援者により操作されます。


2. 衛星状態監視装置

 探査機の状態確認をすばやく行うための端末であり、スーパーバイザー (宇宙研の助手と助教授 10名で担当) や運用支援者により使用され、以下の特徴をもっています。

  • 最も重要なテレメトリデータ確認画面
  • リミットチェックエラーのポップアップ
  • 入感時、消感時チェックで用いるモードチェック機能によりあらかじめ設定しておいた項目の一括チェックが可能
  • カスタマイズ可能なグラフィックス画面設計機能を利用した通信系状態表示
  • カスタマイズ可能なグラフ表示機能(リアルタイムデータ、過去のデータ)

3. 局運用監視装置

 臼田局地上設備情報の相模原からの監視を行うために、運用支援者が使用しており、

  • 地上側の送・受信機の詳細情報
  • 運用割当時間に従って自動的に運用準備の合図、パス終了などを行う
  • アンテナ予報のグラフ化
  • レンジング時のデータ取得状況のモニター などの機能を持っています。

4. 共通 QL (クイックルック)

 サブシステム担当者からの要望に応じて設計された搭載機器別・目的別の複数ウィンドウ構成をとるテレメトリの表示装置で、あらゆる運用関係者に利用されます。

  • リアルタイムのテレメトリデータとデータレコーダーの再生 (リプロ) データの表示が可能
  • 過去に探査機から取得したデータを表示する DL (ディレイルック) 機能
  • グラフ表示、時系列数値表示機能
  • あらかじめ定められた閾値を超える異常な値のテレメトリがあれば、黄色や赤色で表示して警告する機能

5. 姿勢軌道制御系 QL

 姿勢軌道制御系の専用端末2台で、リアクションホイール回転数、太陽センサーの角度指示値などのグラフ表示、スタートラッカーの視野確認などの機能を持っています。運用当番は定められた項目の状態確認やグラフの印刷を各運用ごとに行い、運用支援者は姿勢履歴、イオンエンジン噴射方向履歴などの軌道決定グループ向けに提供するデータファイル作成プログラムの起動を各運用終了時に行っています。


6. リアルタイム軌道決定装置(マヌーバーモニター)

 軌道決定グループ作成のソフトウェアで、探査機との通信に用いる電波のドップラー効果を利用して探査機-地球間の視線方向相対速度の時々刻々の変化を計算することができます。弾道軌道(イオンエンジン停止状態)を予測値とした場合の観測値との差をグラフ表示でき、受信レベルが低くテレメトリの取得が不可能な場合や低ビットレートでテレメトリの更新頻度が非常に緩慢な場合であっても、10秒周期でドップラー情報が得られるため、イオンエンジン動作確認がほぼリアルタイムで可能となります。


7. ISACS-DOC (アイザックスドック)

 ISACS-DOC は探査機と地上系について、非常に多くの項目の異常診断を行うエキスパートシステムで、以下はその機能のほんの一部です。

  • 運用パスをまたいだトレンドグラフ表示
  • 共通 QL にはできない複雑な計算を含む診断が可能
  • イオンエンジンの推進剤であるキセノンガスの状態方程式の外部ルーチンを呼び出し、温度・圧力テレメトリから残量を計算
  • イオンエンジンのΔV量の計画値とマヌーバーモニターでの観測値との比較診断
  • RCS 関連のタンク圧力診断
  • イオンエンジンの性能指標の計算

8. EPNAV (イーピーナブ)、各種コマンドジェネレーター

 EPNAV は、電気推進の運転計画を立てるために「はやぶさ」専用に全く新規に開発されたソフトウェアで、巡航時のはやぶさ定常運用の中核です。長期軌道計画と最新の軌道決定値、臼田局運用割当時間などをもとに、2週間分の短期軌道計画、運用イベント計画を生成します。イオンエンジンの噴射時間、推力レベル、噴射のための探査機姿勢、通信リンクのための探査機姿勢などが、姿勢制約や電力制約を考慮した上で生成されます。数多くの運用パターンの雛型が用意されており、コマンド運用やレンジ運用の時間割を自動生成します。図 にノミナルのコマンド運用日の運用シーケンス時間読み例を示します。左が地上局側イベント,右が探査機側イベントであり、イベント間の時間の見積もりにはビットレートや伝播遅延が考慮されています。これにより、最短時間でコマンド運用を終えて、イオンエンジン運転モードに探査機を復帰させられます。

 EPNAVに続けて各種コマンドジェネレーターを実行することで、後述の ISACS-PLN に入力可能な、リアルタイムコマンド、タイムラインコマンド、マクロコマンドの各サブ計画がサブシステムごとに作成されます。これらは各機器担当の専門家が作成したツールであるため、専門外のスーパーバイザーが手作業でコマンドを作成して間違いを犯す危険性を排除するとともに、省力化をすることができます。これらのジェネレーターは awk, Perl, Python, REXX などの文字列処理の得意なプログラミング言語とシェルスクリプトを組み合わせて構築されています。

 コマンド計画のかなりの部分が自動的に生成されますが、重要な項目に関しては人間の確認・判断を要求するようになっています。探査機の電力収支確認画面では、太陽電池の発電量、ヒーター消費電力、Xバンド送信機消費電力、イオンエンジン消費電力などの収支を計算し表示し、姿勢確認画面では、システム要求である姿勢制約を逸脱していないかどうかの確認やアンテナ選択、通信回線マージンにかかわる地球方向と距離の確認をスーパーバイザーが行うようになっています。


図 EPNAVが生成するイベントダイアグラム

→高解像度の画像を見る

9. ISACS-PLN(アイザックスプラン)

 「のぞみ」用のものを「はやぶさ」向けに若干改修したもので、各コマンドジェネレーターの生成したサブ計画ファイル群をチェック、ソート、マージして一つの「コマンド計画インターフェースファイル」を作成します。この作業が毎週行われ、衛星管制装置に取り込まれる「運用手順書」そのものとなります。ISACS-PLN にできない機能を実現する後処理、手順書印刷、計画確認支援用のファイル生成などの追加作業用のスクリプト群を ISACS-PLN に続けてバッチ処理で実行します。こうしてできた運用手順書はメーリングリストを通じて運用関係者に配布され、運用計画の内容確認が行われた後に、衛星管制装置に取り込まれます。

10. WWW-DL&各種データ解析ツール

 共通 QL の DL 機能のウェブ版といえる WWW-DL が運用 LAN 内で使用できます。このコマンドライン版も用意されており、テレメトリデータ解析全般、イオンエンジン発生推力 (理論推力) 履歴、燃料消費量管理など、次回のコマンド計画立案にフィードバックする必要のあるデータの解析に利用されます。コマンド運用終了後に自動起動されるスクリプトにより無人で生成された加工済みデータは運用 LAN の外部にいる軌道決定グループにデータ分配・蓄積装置のネットワークを経由して配信されます。  このほか、スーパーバイザーが毎日の運用後に電子メールで配信する運用日報作成の支援ツールも用意しています。衛星状態監視装置から取り込んだ入/消感チェック結果に保存されているテレメトリのスナップショットから、主要なものを抽出・解析して、日報の雛型を自動生成し、運用担当者の作業量を軽減するのに役立っています。

11. EDISON (衛星運用工学データベースシステム)

 PLAIN センターニュース第102号で紹介されている「のぞみ」用 EDISON をもとに「はやぶさ」用に改良したもので、運用関係者向けにインターネットにテレメトリデータや地上設備情報を提供しています。

12. おわりに

 2回にわたり、「はやぶさ」運用の概略と運用を支援するソフトウェア群を紹介しました。探査機の姿勢、地球からの距離や通信状況は、軌道計画次第で大きく変化し、それにあわせて運用パターンもダイナミックに変化させる必要が生じます。これまでも運用パターンの変化の都度、コマンド計画立案システムやデータ解析ツールは改良を強いられてきました。2004 年 5月後半に予定されている地球スウィングバイ後は、探査機-地球距離と探査機-太陽距離とが日に日に増すため、厳しい通信条件や電力制約、休む間もないイオンエンジンの運転要求があり、運用の難易度はますます上がると思われます。これらに対応すべく運用支援ソフトウェアの整備改良を引き続き行い、省力・高信頼の運用システム構築に取り組んでいきたいと思います。



この号の目次へ

平成15年度宇宙科学情報解析センター運営委員会報告へ


(137kb/4pages)

Next Issue
Previous Issue
Backnumber
Author Index
Mail to PLAINnewsPLAINnews HOME