No.304
2006.7

ISASニュース 2006.7 No.304

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オペラ座の怪物くん 

宇宙プラズマ研究系 藤 本 正 樹 


 半日の会合を済ませた4月初旬日曜の午後は天気も良く,楽しい気持ちで迎えた。ウィーンは私が好きな都市の一つだ。魅力が多い上にサイズが適当,路面電車は安くて便利,ふらふらと楽しく巡ることができる。私は,音大声楽科卒の家族に影響されて,詳しいというには程遠いが,オペラに興味をもつことになった。歌劇場に赴くのが好きで,日本と比べて気楽にチケットを買えるヨーロッパでは,生で聴くチャンスをうかがっている。そして,この街にはフォルクスオパーという気楽な歌劇場がある。

 私は中心部外れの歌劇場に行き,滞在中に「メリー・ウィドウ」,ウィーンでこそ見るべきオペレッタの上演があることを知り,機嫌が良かった(事前にインターネットで調べるのは,運試しの楽しみを失うだけだと思う)。そして,敷居の高い国立オペラ座に戻ると,今晩「アイーダ」,とポスターがある。演目は文句なしだがチケットはなかろうとポスターを見ていたら,案の定,モーツァルトの衣装を着た宮殿コンサートのチケット売りが,売り切れだと言う。高額だったらどうしようという悩みがなくなったなと思いながら劇場の反対側へと回ると,4〜5人が携帯用のいすや本を持って並んでいる。ピンときて聞いてみると,やはり立ち見席のための行列,4時に開くとのこと。2時間カフェで本を読んで,戻ってチケットを買い,開演の7時までぶらぶら,という計画が頭に浮ぶ。

 立ち見は15年ぶりだ。大学院時代,ミュンヘンで武者修行中に誘われて「フィガロ」に行った。オペラの上演時間は3時間超である。あのころは平気だったが,体力は落ちた。でも,4時から7時までホテルで休めばいいだろう,などと考えていた。

 4時前に戻ると先頭から10人目ぐらい,楽勝だ。そして,4時。チケットを買ってホテルへと思ったら,なんと,少しだけ中に入り,そこで待たされることに。周囲はいすを組み立てたり床に座って楽譜を見たり,長期戦の様相である。中国人夫妻が戸惑いながら,私の後ろの少年(!?)に聞いている。彼は,5時半まで売り場は開かない,ときっぱり言った。夫妻はすぐに出て行った。さて,どうしよう?

 あらためて周囲を見てみる。年配のマニア,音大生,日本人の若者,高校生のダブルデート,そして,後ろにいる少年。どういうやつだ? すると彼が話し掛けてきた。キリアン,14歳。4年前に伯母さんに誘われてからハマり,以来,週5回の立ち見。歩いて5分のところに住み,12時まで学校,4時前にオペラ座に来て並ぶ生活。場所は天井桟敷が最高,場所をとるには……,などなど,アドバイスを受ける。ウィーンにはこういう「怪物くん」を生み出す懐の深さがあることを思い知らされながら,会話を続けた。

 5時半にチケット(2ユーロ)購入,キリアンと一緒に階段を走って上る。そのまま場所確保,と思いきや,途中で止められる。列の先頭だ。6時すぎに最上階へと入場,キリアンの隣,立ち見席最前列中央を確保する。天井桟敷からのものすごい見晴らしである。

 開演後のことは書くまでもないだろう。また,翌日の「メリー・ウィドウ」は難しいこと抜きにニコニコと楽しめ,カーテンコールでは自然と手拍子になった。これまた,ウィーンの,そして,欧州の懐の深さだろう。

 今,ESA木星探査計画会議へと向かう機中にいる。惑星探査は,さまざまな場面で研究者の度量を問う。欧州勢との共同作業で自然と身に付けることが多いだろうと確信している。

午後4時の時点。売り場が開くまであと1時間半,入場まで2時間,開演まで3時間。

(ふじもと・まさき) 


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