No.298
2006.1

ISASニュース 2006.1 No.298 


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見えない宇宙を見てやろう

宇宙科学研究本部研究総主幹 小 杉 健 郎  

こすぎ・たけお。
1949年,愛知県生まれ。理学博士。
1976年,東京大学大学院理学系研究科天文学専門課程博士課程中退。
同年,東京大学東京天文台助手。
1988年,東京大学理学部助教授。
1992年,国立天文台教授。
1998年,宇宙科学研究所教授。
2005年,宇宙科学研究本部研究総主幹。
専門は太陽フレア物理学。
太陽観測衛星SOLAR−Bのプロジェクト・マネージャーを務めている。


 dash   太陽の観測を続けてこられたそうですね。
小杉: 太陽フレアの理論研究を行っていた大学院生のとき,野辺山の太陽電波観測所で甲斐敬造先生に出会ったのが大きかった。甲斐先生はオーストラリアで最先端の電波望遠鏡の建設に参加していたのですが,日本に呼び戻されて野辺山にいたのです。しかし当時,野辺山にあった望遠鏡は,オーストラリアの望遠鏡に性能で上回る点が一つもなかった。甲斐先生は,ある一点でも世界一の性能を持つ,特色のある望遠鏡を作らなければ駄目だと口癖のように言っていました。新しい望遠鏡を作れば,宇宙のまだ見えていなかった現象が見えてきます。太陽にこだわりがあったわけではなく,甲斐先生の執念が乗り移り,“見えない宇宙を見てやろう”をモットーに研究を始めました。私は野辺山の一員となり,電波干渉計を作り,そのデータを集めてコンピュータの中で太陽の電波画像を合成する技術の開発を行いました。それが結実したのが「野辺山電波へリオグラフ」です。ただし私は,その計画の立案や設計には参加しましたが,建設には携わっていません。太陽X線観測衛星「ようこう」計画に専念するようになったからです。
  
 dash   なぜ,X線観測衛星に分野を移したのですか。
小杉: 1981年に小田稔先生たちが「ひのとり」を打ち上げました。回転すだれコリメーターという装置で太陽からのX線をとらえる衛星です。そのX線データから画像を合成するアイデアを私は出しました。電波干渉計での画像合成と数学的によく似ていたのです。このアイデアをさらに発展させて製作したのが,1991年に打ち上げられた「ようこう」の硬X線望遠鏡です。「ようこう」のように極めて高いエネルギーのX線を観測できる太陽観測衛星は,私も携わったアメリカのRHESSIが2002年に打ち上げられるまで,現れませんでした。
  
 dash   「ひのとり」「ようこう」に続く日本の太陽観測衛星SOLAR−Bを,いよいよ今年打ち上げますね。
小杉: 太陽表面は6000度ですが,その上の太陽大気であるコロナは100万度という超高温です。それは,太陽内部からわき上がってくる磁力線が太陽表面の運動でねじり上げられ,そのエネルギーがコロナを加熱するからです。私たちは,そのプロセスのすべてを知るために,太陽表面で時々刻々変化する磁場を高解像度で観測する可視光の望遠鏡と,同時にコロナを観測するX線と紫外線の望遠鏡をSOLAR−Bに搭載します。
  
 dash   SOLAR−Bの次のアイデアは?
小杉: それは若い世代に任せたいと思います。ただし宇宙研の中で純粋培養されて,今までの延長線上でしかものを見ていないと,出てくる発想は従来と同じ路線で,さらに大きな望遠鏡を衛星に積もう,となってしまいます。科学衛星には三つの段階があります。例えば,宇宙はX線で輝いていることを初めて見つける第1段階。次は,どんな天体がX線を出しているのかを調べる第2段階。そして,ロケットで打ち上げられる限りの最大規模の望遠鏡を衛星に載せて詳細に観測する第3段階です。次の第4段階で望遠鏡をさらに大きくするだけでは,コストの割に学問の前進できる距離が短くなってしまいます。学問の進展には,大きな望遠鏡も確かに必要ですが,新機軸が絶対に必要です。
  
 dash   新機軸を打ち出すには何が重要ですか。
小杉: 学問におけるビジョンとは,できないことを言うことでも,必ずできることを言うことでもない。そのぎりぎりのところに学問の前進はあります。いろいろな分野の動向を見て,それらをどう組み合わせると新しいことができるか,その見極めがとても重要です。それには,自分の分野や所属組織にこだわらず,それまでの分野で身に付けた技術や感性を,ほかの分野で生かすことも必要です。

 もともと宇宙研は,衛星は小さくても独創的なアイデアでチャレンジする,いわばゲリラ戦で成功してきました。例えば,「はやぶさ」はとても独創的な試みです。小惑星のサンプルを持ち帰ることができれば,太陽系の成り立ちを調べる最良の研究材料となり,新しい学問分野が切り拓かれます。しかし「はやぶさ」2号・3号を誰が担うのか。1号のチームには,同じことをやるのは嫌だという人もいるでしょう。それはゲリラとして,とても正常な感覚です。一方で,「はやぶさ」2号・3号を担当して新しい学問分野の確立に殉じたり,国際協調などで大きな衛星を担う,いわば正規部隊も必要です。JAXAの中で両方のバランスをうまく取っていかないと,日本の宇宙科学はこれ以上発展しません。そのための体制作りが,私たちの世代の役目だと思っています。


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