No.298
2006.1


ISASニュース 2006.1 No.298 

14人目

宇宙のシンデレラ 


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赤外・サブミリ波天文学研究系 山 村 一 誠 

 こと座の1等星ベガといえば,日本では織り姫星としてよく知られています。天の川を隔てて彦星(わし座の1等星アルタイル)と向き合う姿は,夏の夜空を代表する眺めとして,七夕の物語とともに我々になじみの深いものです。

 この織り姫星,ベガは,実は「宇宙のシンデレラ」とでも呼べる物語の主人公でもあったのです。

 星の明るさを表すのに,「何等星」という言い方をします。これは,昔の人々が明るい星から順番に1等星,2等星……6等星とランク付けしたことからきています。現代の天文学では,この昔ながらの等級の呼び方はそのままに,星の明るさを厳密に定義しました。それによれば,1等級の差がある星は,2.5倍の明るさの差があることになります。

 星の明るさを測ることを「測光」といいます。夜空の星は,赤・青・黄などさまざまな色で光っています。星の性質をよく調べるためには,異なる色(波長)で測光を行う必要があります。1960年代の中ごろ,測光観測の開拓者であるJohnsonは,測光を行ういろいろな波長のフィルターの組み合わせ一式と,測定の方法を提唱しました。その中で彼は,すべての星のあらゆるフィルター波長での等級を,ベガを基準として測ることにしました。つまり,「ベガはどんな波長で測っても常に0等である!(厳密には,+0.03等だそうです)」として,それとの明るさの比2.5倍ごとに1等級という物差しを作り上げたのです。それから長らく,ベガは「測光標準星」として,天文学の世界の基礎をしっかりと支えてきました。

図1 IRASによるベガの測光データから,星の光の成分を差し引いた後の,遠赤外線での超過(右側)。左側の点線は,あまり意味がない。Aumannらによる最初の発見の論文(1984, ApJ 278, L23)の図に加筆,修正。

 まさかの転機が,1983年に訪れます。この年,世界で初めての赤外線天文衛星IRAS(アイラス)が,全天の赤外線天体のカタログを作ることに挑みました。IRASが測定する赤外線での明るさも,ベガを基準として測ろうとしたことは言うまでもありません。最初の王子様候補は,オランダでアルバイトに雇われていた学生でした。彼は,ベガの観測データを見て,この星が波長60ミクロン,100ミクロンといった遠赤外線でもとても明るいことを見つけ,先生に「ベガは使えますよ!」と報告しました。しかし,不運だったのは,このとき彼が見ていたのが検出器の出力そのままだったことです。その直後,アメリカにいた別の王子様たちが,同じようにベガの明るさを詳しく調べ,その明るさが遠赤外線では予想よりも何倍も明るいことに気付きました。そして,これはベガの周りに惑星を作りかけているチリがあるためだ,という報告をしたのです。太陽系以外で初めて惑星があるかもしれない,という期待を抱かせる大発見でした。このような星は,IRASで数十個見つかり,「ベガ型星」と呼ばれています。今では,「惑星を作っている最中」という解釈は正しくないことが分かりましたが,それでも惑星の存在と密接に関係するかもしれない現象として,盛んに研究が続けられていることは,このシリーズ2人目の「宇宙の隣人」で述べられた通りです。

図2 スピッツァー宇宙望遠鏡が観測したベガの周りのチリ。星のみならば,右下の円で示した装置の分解能程度の大きさに見えるはずだが,それを超えて,ダストが広がっているのが見える。(Su et al. 2005, ApJ 628, 487)

 この大発見によって,地味な裏方から一躍天文学の最前線に躍り出たベガ。しかし,測光標準星の座からは栄えある引退となってしまいました。一方,ベガ型星の第一発見者の座を逃した不幸な学生は,今では教授となって,星の周りのチリの研究で世界をリードする研究者の一人として活躍しています。

 IRASから20年たった今,日本の赤外線天文衛星ASTRO−Fは,最新の技術を使ってIRASサーベイの改訂に挑みます。ASTRO−Fは,どのような発見を我々にもたらすのでしょうか? そして,どのような物語が作られるのでしょうか。

(やまむら・いっせい) 


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