No.298
2006.1

<宇宙科学最前線>

ISASニュース 2006.1 No.298 


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小型科学衛星「れいめい」とオーロラ観測 

立教大学理学部 平 原 聖 文  
東北大学大学院理学系研究科 坂 野 井 健  
宇宙科学研究本部宇宙プラズマ研究系 浅 村 和 史  

 小型科学衛星INDEXは,2005年8月24日3時10分(日本時間)にカザフスタン共和国にあるロシア管轄のバイコヌール宇宙基地から打ち上げられ,「れいめい」と命名されました。バイコヌール宇宙基地は,アラル海から東に200kmほど離れた広大な土漠の原野に作られた人工都市で,世界最初の人工衛星「スプートニク1号」や人類最初の宇宙飛行士ユーリ・A・ガガーリンが飛び立った軍事基地として知られています。最近では,欧米の人工衛星の商業打上げも盛んです。

 「れいめい」を打ち上げたロケットは,冷戦時代,旧ソ連のICBM(大陸間弾道ミサイル)として新聞紙上をにぎわせたSS−18を商用目的に平和転用したドニエプルロケットです。専用の地下サイロから予定通りに打ち上げられ,完璧ともいえる飛行・姿勢制御・分離の後,2機の衛星が軌道に投入されました。

 今回のドニエプルロケットには,打上げ後に「きらり」と命名されたOICETS衛星が主衛星として搭載されており,「れいめい」はピギーバック衛星でした。最近は,大学の研究室でもピギーバック方式で打ち上げられる小型・超小型衛星の開発が盛んに行われ,話題になっています。宇宙科学研究本部でも,小型衛星を用いて,より高い頻度で,より迅速に,低予算でも学術的意義の高い先進的な宇宙探査・観測・技術試験を実施していくべきである,という議論があります。「れいめい」計画に携わってきた我々も,小型衛星計画の有用性・将来性を強く感じています。

 「れいめい」の理学班では,理学観測の対象を特化することにより,小型・軽量・少数の搭載用観測器でも高い科学意義を達成できる本格的な小型科学探査計画を目指しました。1999年に理学観測計画を提案し,搭載用観測機器の研究・開発を推進してきました。さまざまな外的状況の変化により予想外の長さとなった6年間の取り組みが,打上げ成功と衛星・搭載機器の順調な運用によってようやく報われた思いがします。打上げ前は1ヶ月とされていた「れいめい」の軌道上寿命ですが,打上げから4ヶ月経た現在でも,太陽電池パネルやバッテリー,姿勢制御・監視装置,理学観測器などすべての搭載機器が健全な状態です。この様子から,さらに1年以上は連続観測が可能であると判断しています。このような小型衛星の打上げ・運用は,宇宙研では「れいめい」が初めてで,今後も継続的な衛星観測とデータ解析,成果発表に精力的に取り組んでいきたいと考えています。


「れいめい」の科学観測

 「れいめい」による理学観測目的として,我々は地球極域で起こるオーロラ現象の微細構造の解明に結び付く観測計画を提案しました。これまで,地上だけでなく人工衛星からもオーロラ発光やそれらにかかわる宇宙空間プラズマの観測が行われてきました。しかし,これら過去の観測では,オーロラの微細な構造や活発な時間変動・ダイナミクスには迫れませんでした。ここに,「れいめい」によるオーロラ微細構造観測の意義があります。

図1 打上げ前で太陽電池パドルが折り畳まれている状態の「れいめい」衛星と理学観測機器。オーロラカメラの外観は三つの観測波長別のレンズと干渉フィルターが特徴的。電子用とイオン用の2台のオーロラ粒子センサーが,展開前の太陽電池パドルと衛星本体に挟まれて見える。合計5枚のプラズマ電流モニターの電極も確認できる。

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 「れいめい」搭載の科学観測機器(図1)であるオーロラカメラとオーロラ粒子(電子・イオン)センサー,そしてプラズマ電流モニターは,空間分解能を高める,時間分解能を高める,という設計思想により開発されています。オーロラカメラでは,約2kmの空間分解能と120ms(ミリ秒)の時間分解能で,3波長に分光されたオーロラ発光の2次元画像を撮影できます。オーロラ粒子センサーは,宇宙空間から磁力線に沿って降下しオーロラを光らせる電子(オーロラ電子)や,オーロラ現象により加速され地球から宇宙空間に流れ出しているイオンを,20msの時間分解能で計測可能です。プラズマ電流モニターは,オーロラ発生時の宇宙空間プラズマの環境(密度・温度)を200Hzのサンプリングで測定します。

図2 「れいめい」によるオーロラ発光とオーロラ粒子の同時観測の模式図。高度約630kmの軌道上から,オーロラ発光の2次元分布をオーロラカメラにより高空間・時間分解能で分光撮影すると同時に,磁力線に沿って降下しオーロラを光らせる磁気圏起源の電子やオーロラ活動に伴って宇宙空間に流出する電離圏起源のイオンのエネルギーと運動方向,流量をオーロラ粒子センサーで計測する。

 個々の理学観測器の最適化に加え,「れいめい」の姿勢制御能力を活用することで,オーロラ発光とそれに関係している宇宙プラズマ現象を高い空間・時間分解能で同時に観測することが可能になります(図2)。オーロラ画像・粒子・環境に関するデータを高空間分解能・高時間分解能で同時に取得できるのは「れいめい」が初めてであり,国内外の将来計画としてもいまだ提案されていません。

 「れいめい」は高度610〜670kmを飛翔し,地方時にして00時50分〜12時50分の子午面を軌道面に持つ太陽同期軌道上にありますから,オーロラ現象が頻繁に起きる真夜中の南北極域を1日に最大30回繰り返し観測できます。また,3軸姿勢制御系を利用して,地上から同時・多点観測されているオーロラ発光領域にオーロラカメラの視野を向けると,衛星・地上からさまざまな角度で撮影することになり,オーロラの立体構造の解明に役立つデータが得られます。


オーロラの機構と観測

 オーロラ電子に代表される宇宙空間プラズマ粒子の貯蔵庫は,地球磁気圏のプラズマシートと呼ばれる領域です。ここでは,プラズマの密度は比較的低いものの,その温度は数千万度以上です。プラズマシートから地球につながる磁力線の周りを旋回(らせん状)運動しながら電子が地球大気へと突入し,高度100〜500kmの電離圏に存在する高密度の地球大気と衝突することで光るのが,オーロラです。

 オーロラ電子が電離圏へ突入する際,地表に近くなるほど磁力線の密集度が高くなり,磁場強度が上がります。この場合,電子は地球磁場により跳ね返され,プラズマシートへと戻ってしまい,オーロラは光りません。オーロラが光る高度まで電子が深く突入するためには,磁力線に沿った下向き方向(地表方向)に加速しなければなりません。この機構として最有力なのが磁力線と平行方向に存在する自然の電位差(沿磁力線方向の電位差)です。オーロラ発光領域の上空には数千ボルトの大きさの電位差が数万kmの高度差にわたって広く存在し,活発に変動していると考えられています。

 また電離圏では,オーロラ発光以外にもオーロラ電子降下によるエネルギー流入で大気加熱やプラズマ波動励起が起こり,電離圏イオンの上昇流を引き起こすことがあります。イオンの上昇速度が大きくなると地球重力を振り切って,宇宙空間へと流出していきます。

 高度約100km以上の領域の地球大気は,分子や原子ごとに異なる高度分布を示します。例えば,下部電離圏には,主に窒素分子と酸素原子が存在します。沿磁力線方向の電位差により加速されたエネルギーの高い電子は,下部電離圏まで突入できるため,酸素原子や窒素分子と衝突し,これを励起させたり電離させたりします。この励起状態からより低い状態へ遷移するときに発光するのがオーロラですが,励起に必要なエネルギーや励起してから発光するまでの時間は,発光の種類ごとに異なります。それゆえ,オーロラ発光を分光し,その源を特定して観測すると,オーロラ電子の特徴や発光機構をリモートセンシングすることになります。また,電離圏に突入する加速された電子や電離圏からのイオン上昇流のエネルギーや運動方向,流量を高精度で観測することなしには,オーロラ現象解明につながる新しい知見は得られません。

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オーロラカメラとオーロラ粒子センサー

 オーロラカメラは,3組の独立した干渉フィルター・レンズ・CCDで構成されるデジタルカメラです。代表的なオーロラ発光波長である窒素分子イオンの青色,酸素原子の緑色,窒素分子の赤色に対して同時分光撮像が可能です。衛星搭載用の工夫としては,レンズの材料に宇宙放射線に耐性がある素材(石英)を用いていること,オーロラの暗い発光をとらえるために高効率・低雑音のCCDを自然冷却式機構により−10℃程度まで冷却していることが挙げられます。

 2005年8月30日の深夜,相模原市にある宇宙研「れいめい」運用室では,建物の屋上に設置された3mアンテナを用いた通信により,オーロラカメラの初めての電源投入・初期運用が行われていました。太陽光に照らされた明るい地表面でCCDが損傷しないようにと,真夜中の日本上空を「れいめい」が通過するときが選ばれました。

 ディスプレイに映し出される画像データを注視していた我々の目に入ってきたのは,画面上を流れていく夜の大都市の人工光でした。「おっ,おぉー」と,歓喜の声が運用室に響きました。画像が流れるのは,衛星が秒速7.5kmで通過するためです。その後,繰り返し再生された画像の確認作業では,当初気付かなかった雷のような発光も発見されました。流星も撮影されており,オーロラ発光に限らない地球超高層大気のさまざまな発光現象が観測されています。図3は12月16日深夜,「記念写真」として最高画質モードで撮影された首都圏の夜景です。

図3 「れいめい」搭載オーロラカメラが670nmの波長でとらえた夜の首都圏の衛星写真。この画像は約200mの空間分解能で撮影されている。このような夜景を撮像できるのも,オーロラ観測用の高感度カメラの特徴といえる。

 オーロラカメラの初運用は,CCDの駆動回路やコマンド・データ通信回路に電源を投入して観測モードを指定するだけなので,数分間で完了しました。しかし,放電事故の危険を伴う高圧電源を複数台用いているオーロラ粒子センサーの初期立ち上げには3週間以上必要でした。出力電圧を,10分間の可視運用のたびに徐々に上昇させていく慎重な運用が行われた結果,ようやく10月下旬になって定常的な観測が可能になりました。図4は初期観測データの一例です。

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図4 2005年11月5日,「れいめい」がスカンジナビア半島の北方上空を通過したときの観測例。上3図が「れいめい」のオーロラカメラによる3波長別のオーロラ合成画像。青が窒素分子イオン,緑が酸素原子,赤が窒素分子の発光分布を示す。最下図は電子センサーにより計測されたオーロラ電子のエネルギー(縦軸)別のカウント数(色)を示す。この例では,カメラと粒子センサーの観測時刻に数十秒の差があったが,特に明るいオーロラと,電子のエネルギー・カウントの増加に対応が良いことが分かる。


地上・他衛星との共同観測

 太陽風・磁気圏・電離圏などのプラズマや磁場の特性パラメータが大きく違う領域間の結合(多圏相互作用)の研究に関しては,「れいめい」による観測だけでは不十分で,さまざまな地上観測網や,より高度が高い領域での衛星観測との共同研究が重要となります。我々は,「あけぼの」をはじめとする現在活躍中の衛星や,北極・南極圏で展開されているオーロラ地上カメラ網,電離圏レーダー網との共同観測に重点を置き,「れいめい」打上げ前から共同観測の立案・提案を行ってきました。すでに,さまざまな地上装置との共同観測を毎月行っています。特に新月の期間は,衛星・地上ともオーロラカメラの観測に有利ですので,とても忙しい観測スケジュールとなっています。


最後に

 毎昼・毎夜の「れいめい」運用で忙しい日々を送っている我々にとって,今日はどんな理学データを目にすることができるだろうか,という楽しみに勝るものはありません。ここしばらくは,宇宙研に泊まり込み,あるいは大学と宇宙研の間を往復しながら「れいめい」を駆使し,そして見守り続ける日が続きます。

(ひらはら・まさふみ,さかのい・たけし,あさむら・かずし) 


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