No.295
2005.10

ISASニュース 2005.10 No.295 

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うれしい表紙 

嬉野温泉 井手酒造 井 手 洋 子 

 探査機「はやぶさ」はもう目的の小惑星に着くころかなと何げなく話していた夏の昼下がり,宇宙科学研究本部の方から突然のお電話を頂いた。何か偶然とは思えないものを感じながら受話器を耳に当てると,『ISASニュース』の「いも焼酎」というコラム欄に何か書いてほしいという依頼でした。なぜ私に? しかも芋焼酎。うちは日本酒しか造っていませんから……と,ちょっとちんぷんかんぷんな返事をしたところ,ロケット打上げ場が鹿児島だから芋焼酎なんですよと。日本酒は今,芋焼酎に一番打ちのめされている最中なのに何と皮肉なタイミング,と独りくすっと苦笑しながら,何を書こうかと思い始めたところです。

 2年前,私どもの酒「虎之児」のラベルが「はやぶさ」の性能計算書の表紙になったきっかけは,的川教授が興味をお持ちの,行乞流転の自由律の俳人で大のお酒好きだった種田山頭火とつながっているようです。そういえば,山頭火の『行乞記』に「昭和7年1月31日 曇 歩行四里 嬉野温泉 朝日屋。一気にここまで来た。なかなかよい。よいだけに客が多いのでうるさい。飲んだ。たらふく飲んだ。虎之児よろしい。ぐっすり寝た。アルコールと入浴のおかげで」とある。

 選挙の騒々しさが終わった9月12日の夕方のニュースが,「はやぶさ」の小惑星イトカワ到着を伝えている。夕食の用意をしていた私は,思わずヤッタ!と手をたたいていた。きっと思い通りに作動して石や砂など貴重な研究試料を採取し,2年後には無事還ってきてくれると信じています。「虎は千里往って千里還る」といいますから。そして「とらのこ」って,その人にとって大事なもののことをいいますよネ。的川教授や川口探査機主任,スタッフの方々の「とらのこ」の一つは,「はやぶさ」とその研究成果ですから。

 小さいころ,「ツインクル ツインクル リトルスター」と口ずさみながら見上げた星空は,私にたくさんの想いを広げさせてくれました。「名月を取ってくれよと泣く子かな」。その気持ち分かるな〜と思ったり,初めて宇宙を飛んだガガーリンの姿に息をのんだあの日。ディスカバリー号の船外活動で大活躍し,13日間の宇宙生活を送った野口聡一さんが無事帰還してテレビの前での第一声,「明日にでもまた宇宙に戻りたい」の言葉は,宇宙の素晴らしさをこの上なく伝えてくれました。そして,「日本に帰って温泉に入り,家族とゆっくり休みたい。日本酒ですネ,やっぱり」のコメントに,思わずうれしくなる私。

 地球に優しく自然を大切に,と今しきりに世界が叫び始めています。思いもよらぬ大津波,思いもよらぬ大地震,思いもよらぬ異常気象,おまけに人間が引き起こす大惨事。狂い始めた四季のリズムは,私たち地球に住む人間に戒めのサインをしきりに送っているとしか思えません。明治元年から日本酒を造り続けている小さな蔵ですが,いまだに,杜氏や蔵人たちが冬の仕込みの期間は正月も泊まり込みで酒造りに励んでくれます。小さな酒蔵にもその折々の小さな音が聞こえます。蔵人が朝早くから働く音,蒸し器から出る湯気の音,寒さを我慢する蔵人の声,そしてタンクに耳を当てると醪のはじける優しい音,古い木のきしむ音。温泉街の小さな酒蔵ですが,杜氏と蔵人の阿吽の感ピュータで小さな音を守りながら,日本酒を造り続けたいと思っています。不況の波が押し寄せる日本酒業界ですが,その波打ち際を小さく跳ねながら乗り越えていけたらと願っております。

 「蔵人に温泉つきの泊まり部屋」「とらのこをはたいても飲む虎之児の味」。私の好きなキャッチコピーです。最後にちょっとCM。私どものお酒は,少々飲み過ぎても決して大虎にはなりません。なぜって? それは,「とらのこ」ですから。

 これからも「はやぶさ」の成功を祈りながら,見守っていきたいと思います。2年後の帰還の折は,打上げのときに頂いたパネルを眺めながら,皆で祝杯を挙げたいと思います。そのときは,スタッフの皆さまへ祝杯の「虎之児」を,喜んで贈らせていただきます。

(9月末日,いで・ようこ) 

「はやぶさ」の性能計算書の表紙を飾った「虎之児」のラベル

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