No.287
2005.2

ISASニュース 2005.2 No.287 


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物を宙に浮かせて新しい材料を作る

宇宙環境利用科学研究系 長 汐 晃 輔  

ながしお・こうすけ。
1974年,岡山県生まれ。
東京大学大学院工学系研究科材料学専攻博士課程修了。専門は材料プロセッシング。
2002年,スタンフォード大学客員研究員。
2003年,宇宙科学研究所助手。
無容器凝固材料プロセスの研究を行っている。


 dash   新しい材料を作る研究をしているそうですね。
長汐: これまで,いろいろな物質を混ぜることにより,新しい材料が作られてきました。しかし,混ぜられる物質には限りがあり,普通に混ぜただけでは,もう新しい材料は見つけにくい。そこで,従来とは違った観点から材料の作り方を研究する必要があります。私たちは宇宙環境の特徴を利用した材料作りを目指しています。
  
 dash   宇宙環境の特徴とは?
長汐: “重力がないこと”と“物が宙に浮くこと”の2点です。私は,宙に浮かせる,つまり容器がない状態で材料を作る実験を行ってきました。例えば,水を冷やすと,容器に接している界面から氷ができます。容器があるとそこを足場にして原子が規則正しく並び結晶になりやすいのです。逆に容器がないと結晶ができにくくなります。普通,水は0°Cで氷になりますが,宙に浮かせた無容器の状態では−20°Cでも水のままという「過冷却」状態を作り出せます。このような普通にはない状態を利用して,新しい材料を作る研究をしているのです。
  
 dash   地上でどうやって物を宙に浮かせるのですか。
長汐: 下からガスを噴き出させて物を浮かせ,そこに超音波を当てて位置を保つ方法があります。私はこの方法で,高温超伝導酸化物を,従来の方法より約10万倍も速く作ることに成功しました。材料を作るには,いくつかの物質を高温で溶かして混ぜ,その液体を冷やします。容器がある状態では,まず超伝導にならない結晶構造の相ができます。さらに冷やすと超伝導になる結晶構造の相が少しずつ成長します。しかしその成長速度が1時間に1mm程度ととても遅く,これが実用化へのネックとなっています。ところが宙に浮かせる方法を使うと,超伝導になる結晶構造ができる温度まで,液体の状態のまま過冷却させることができます。液体から直接,超伝導になる結晶構造を素早く成長させることができるのです。
  
 dash   今後,どのような新材料の開発を目指しますか。
長汐: 特定の機能を持つ材料を目指すというよりも,材料を作るプロセス自体に興味を持って実験を行ってきました。新しいプロセスにより,未知の機能を持つ材料を作りたいのです。今後は,無容器と微小重力を併せ持つ,より宇宙に近い環境を利用する実験をしようと思います。例えば微小重力の環境では対流が起きないので,ゆがみがない,きれいな結晶構造を持つ優れた材料ができるはずです。
  
 dash   国際宇宙ステーションの日本の実験棟「きぼう」でも,実験する予定だそうですね。
長汐: 私たちの研究室を率いる栗林一彦教授が進めているプロジェクトで,シリコンを宙に浮かせて固め,球状のきれいな単結晶を作る宇宙実験です。球状は板状よりも表面積が大きいので,次世代の太陽電池として有望です。また従来のような切りかすが出ない無駄のない製造法なので,宇宙実験の成果を地上に還元できればコストダウンが期待できます。

 私たちはその予備実験として,「パラボリック・フライト」を行いました。飛行機を自由落下させて無重力状態で実験するのです。まったく平気な人もいますが,私はジェットコースターすら苦手なので,気持ち悪くなって実験どころではなかったですね。

  
 dash   子供のころから,宇宙に興味があったのですか。
長汐: いいえ,小学生のころからずっと野球ばかりしていました。京都大学でも野球部に入りました。巨人の二岡選手が大学時代,初めてホームランを打ったピッチャーが私です。私が二岡選手を育てたのです(笑)。

 大学受験のときには学科を選ばなければいけません。ちょうどそのとき,毛利衛さんがスペースシャトルで宇宙実験をしている様子をニュースで見ました。1992年のことです。物が宙に浮いていて,面白いなと思いました。その後,実験の様子をまとめた『宇宙実験レポート from U.S.A.』(毛利衛 著,講談社)という本を読みました。それがこの分野に入るきっかけです。大学院の修士課程のとき,毛利さんに初めてお会いし,とても感激しました。毛利さんは実験を計画した研究者の代わりに宇宙で実験を行いましたが,「やはり計画をした研究者自身が宇宙に行って実験すべきだ」と最近コメントされていました。百聞は一見にしかずで,研究者自身がどんどん宇宙に行って実験を行い,新しい感覚や直観をつかむことができる時代が来るといいですね。

  
 dash   先生ご自身も,宇宙で実験してみたいですか。
長汐: パラボリック・フライトも苦手なので,宇宙飛行士の訓練はちょっと……。“どこでもドア”があればぜひ行きたいのですが(笑)。


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