No.268
2003.7

<研究紹介>

ISASニュース 2003.7 No.268 


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大都会 dash 東京の真ん中と初期宇宙

金沢大学理学部 村 上 敏 夫  

1.いきさつ

 宇宙研の屋上に,直径が1.3mφもあるかなり大きな望遠鏡があることを知っていますか 13年前の日本なら3番目くらいに大きかった。でも,「こんなに空が明るい大都会の中では,何か意味のある観測ができるとは思えない」が常識的な判断でしょう。この程度の大きさの望遠鏡は,今なら地方公共団体に幾つもある時代です。にもかかわらず,この望遠鏡を使って,宇宙物理の最前線に“果敢に挑戦”しようとする物語です。まだ成果は出ていませんが,読んでみて下さい。

 私は長く宇宙研に在籍しました。そして2年前に金沢大学に移りました。研究室には毎年たくさんの学生が希望にもえてやってきます。大学院生を含めてもう10名にもなります。「彼らに面白いことをやらせたい」。もちろん私の専門は人工衛星を使ったガンマ線バーストの観測。今も,金沢大学でASTRO-E2衛星に搭載する半導体検出器を製作し,宇宙研の活動の一翼を担っています。しかし,本来は2000年に打ち上がり,データの山になるはずだった我がASTRO-E衛星は,軌道も期待も“ちょっと”外れて,データが無くなってしまいました。困った 4年生にいきなり衛星開発は無理ですし,そんな私の頭に浮かんだのが,この望遠鏡を使った観測でした。それでは宇宙研屋上のドームとその内部の望遠鏡の写真を紹介しましょう。棟前のロケットとこの銀色に輝くドームは「宇宙への窓」と見えませんか

図1 宇宙研屋上に設置された赤外線望遠鏡のドーム。宇宙研の敷地内からは見えないこのドームの存在を知る人は少ないでしょう。


2.それで何をするのさ?

 私は最近,とても奇妙な研究を始めています。ガンマ線バーストを使って〜130億年前の宇宙の様子を調べようとしたのです。つい最近,WMAP衛星のマイクロ波の観測から,「宇宙は137億年前にビッグバンで始まり,135億年前には最初の星が作られ,それは巨星だった」と報告されました。新聞にもデカデカと出ましたね。この最初の巨星の崩壊でブラックホールが作られるのですが,その時にガンマ線バーストを出す。巨大望遠鏡「すばる」を使っても,この時代を見ることはできません(がんばって〜100億年前までかな)。ガンマ線バーストは,そのような遠方から平気で来ているらしいのです。そこで,ガンマ線バーストの明るさと頻度分布を使って〜130億年前の星の誕生の様子を“多くの批判”にさらされながら計算していました。批判の多くは,「現在までにガンマ線バーストの年齢がわかっているのは〜100億年前までだが,より暗いガンマ線バーストがたくさんあるからといって,それを勝手に遠くまで外挿するのは冒険だ」と言うものでした。全く道理です。内挿ならともかく,もともとどうして作られたか分からないガンマ線バーストの明るさ分布を使って,外挿するんですから“無理を承知”でした。その研究の中で,それなら一個でも良いから〜130億年前の年齢(距離)を観測して確認したい。私の計算が正しいか 確認ができる。距離か年齢を測る実験が出来ないか と,金沢のおいしい魚と和菓子を食べながら考えていました。もし〜130億年前のガンマ線バーストが複数見つかれば,初期宇宙の星の生成の歴史も分かりますし,それに最も遠い天体を見た“男”になれる。

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3.方法

 ガンマ線バーストは,その爆発中に限れば大変に明るい。宇宙で最大の爆発と呼ばれます。いままでは,中性子星を残す超新星の爆発が最大の爆発と信じられてきましたが,1997年になって,ブラックホールを残すガンマ線バーストがより大きな爆発であると確認されたのです。数十億光年先で発生なら,双眼鏡でも観測が出来る程に明るいのです。バースト中では,可視光では9〜13等級程度の「光フラッシュ」が観測されます。「光フラッシュ」と特別に呼んだのは,これが1〜2分間程度しか続かないからです。すぐに減光していってしまう。ガンマ線バーストが130億光年の先で起きても観測できそうなのは,この明るさにあるのですが,悲しい程に短命です。この数分間に勝負をかければ,130億光年先の様子も夢ではない やってみる価値はあるのではないか 光を受けるだけではなく,距離(年齢)も測定しなければなりません。この困難をやろうと言うわけです。ちょっと専門用語を使いますが,距離(年齢)は宇宙膨張による輝線の赤方偏移:(I)z(/I)を使います。水素のライマンα線(I)z(/I)〜10(130億光年)では赤外線になりますから,分光装置を持った赤外線検出器NICMOSを使うことになります。このアイデアを持って最初に相談に行ったのは名誉教授の奥田先生でした。先生のたまわく,「赤外線に限れば東京の空は岡山と同じだよ。やってみてごらん」と言われたのです。そこで,宇宙研の中川先生と村上(浩)先生に,「この望遠鏡がほしい。もっと観測条件が良い野辺山に持って行きたい」と脅迫したら,「そうね,1億円もあればできるだろう」と言われて,引き下がりました。「なら天文台の小林先生に相談すれば,助けてくれるよ」とてもうれしい答えでした。それからは小林先生と山崎さんと鈴木くんとで作業を始めました。数年間も使われたことが無く,壊れた98からLinuxに変更し,インターネットに接続してNICMOS赤外検出器の整備。これを助手になった米徳くんと学生が参加して始めたのです。ガンマ線バースト研究会を主催されていた京都大学の中村先生と筑波大の梅村先生が「科研費を取ろうよ!」とプッシュしてくださって,科研費で活動できるようになりました。

図2 ドーム内部の望遠鏡。国内で最大の望遠鏡が1.8mφであることを考えると,直径が1.3mφは結構大きい。その後の多くの公共天文台のデザインの参考となった。赤外線専用望遠鏡で,可視光に限れば小型のアマチュア望遠鏡に負ける。可視光では16号線に近い相模原では,なかなか観測が出来ない。最大の光は,隣の運動公園の照明ライトからです。
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4.開発

 ガンマ線バーストの発生は,HETE-2Swiftのような人工衛星からリアルタイムでメールで受けます。あらかじめどの方向で発生するか分からないガンマ線バーストを待ち受けるシステムは,このメールで突然たたき起こされて動き始めます。1.3mφの巨大望遠鏡とドームが,電子メールに反応して突然動き出すのはさすがにダイナミックです。ただ,これはとても危険なことで,はさまれたら事故になりますから注意しています。独占できる専用望遠鏡の強みですね。寝ていた恐竜が立ち上がってくるような感じです。しかし98用にチューニングされているこのシステムの速度はとても遅く,目標天体までには2分もかかることがわかり失望してしまいました。現在では,無人でも金沢からの遠隔操作でも動かせる状態にあります。金沢にいて,東京のシステムを整備することはなかなかに大変です。昨年は投入した旅費だけでも150万円を越えました。幸いX線グループの井上先生が私を客員にしてくださり,村上(浩)先生が共同利用研究に採択してくださいました。それでも宇宙研のシステムを金沢で開発するのは難しいことです。そこで考えたのは,大きさは0.3mφと小さいが,同じ様なシステム(ドーム,赤道儀,検出器,Linux) 一式を金沢大学の屋上にも設置して,技術を磨くことにしたのです。ここで確立した手法を東京に移植して,できるだけ東京には行く回数を減らす。全てネットに繋がったパソコンでの制御ですから,金沢でもある程度の開発が出来ました。

5.てんやわんやの予備観測

 金沢での平行開発は成功でした。3月29日,東京のシステムがまだ立ち上がっていないときに,金沢のシステムがガンマ線バーストの観測に成功したのです。もちろん金沢のシステムには分光の能力はありません。観測が出来た証拠をお見せしましょう。CCDでの星の像で,で囲んだところがガンマ線バーストに伴って出た「光フラッシュ」で,〜13.1等級もありました。まだ誰も見たことが無い,何十億光年先から初めて今届く光は,まあ恋人を独占しているような気分ですね。5月28日のガンマ線バーストでは,宇宙研ドームも自動で反応しましたが,残念「光フラッシュ」はありませんでした。「光フラッシュ」のあるものと無いものがあります。理由はわかっていません。「アイデアは良し,さて1.3mφの出番です」。あとは分光して距離を決めることですが,まだNICMOS赤外線検出器とプリズム-グリズムは完成していません。Swift衛星が打ち上がるまでに準備しましょう。3年程度は観測を続けたいと思いますので,サポートをお願いします。それにしても,13年前のこの旧式望遠鏡をオーバーホールするお金がほしい(パトロンを探しています)。

図3 金沢ドーム望遠鏡:0.3mφで観測したガンマ線バーストの光フラッシュ。〜13.1等級もあったが,距離は数十億光年もの先である。こんなに小さな望遠鏡でも〜19等級の星を観測することが出来,数十億光年先を見ることができる。


6.星を見てみたい!

 この話を読んで,「私この屋上望遠鏡で星をみてみたい」と思われた人も多いでしょう。残念ながら,赤外線用に開発されたこの望遠鏡は可視光には向いていないのです。鏡の一部に金が使われ黄色い星になり,像もちょっと悪い。観望会を期待した人は残念でした。こんな旧式の望遠鏡で,宇宙の始まりや最も遠い宇宙を狙う観測や研究ができるのは愉快です。「観測に成功してから書け」ですね。この分野は,眠っていた望遠鏡の活用法として,現在世界中でブームになっています。もちろん,ガンマ線バースト発生,一日後もすれば,NTTKeckSubaru等の8mφもある巨大望遠鏡での観測も可能で,競争は熾烈なのです。こんな巨大望遠鏡が活躍する時代に,この仕事を始めてもう一つ驚いたことは,大都会:東京のど真ん中,理研の屋上で,たった一人で0.3mφで頑張る鳥居くんを知ったことです。最近の観測では必ず彼が単独で研究者メールに名前を出してくる。しかも彼の観測は世界から高い評価で迎えられている。まだゲリラが活躍できる学問です。

この号がISASで自前編集される最後の号になると聞きました。きっと,体裁を変えてJAXAとしての再出発となるでしょう。充実した広報誌の編集,発行を長い間ご苦労様でした。

(むらかみ・としお) 


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