No.268
2003.7

ISASニュース 2003.7 No.268

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最終回

科学観測用大気球の今後

山 上 隆 正  

 「科学観測気球大空へ」シリーズの最後として,科学観測のための大気球の今後について述べることにした。気球の歴史は,1789年にモンゴルフィエ兄弟によってあげられた熱気球が始まりで今から約215年も前のことであった。戦後,プラスチック産業が発展するにつれて,気球素材としてプラスチックフィルムを用いた科学観測のための気球が作られようになり,今日の大気球の発展への道を切り開いてきた。この古い飛翔体である気球が今日でも多いに利用される要因として,ロケット,人工衛星と比較して下表のような特徴があげられる。気球に搭載する観測器の制約は,大きさの面ではほとんど無く,重量においても日本の場合,安全性の上で500kg以下としているが,外国では2〜3トン程度までの観測器をあげている。気球の利点は計画立案から実験までの期間が短く,突発的な現象を最先端の技術で観測できること,また回収が可能で観測器を改善し更に精度の高い再実験を行うことで,信頼度の高い観測が実現できる。




 気球工学部門が東京大学宇宙航空研究所に設立されて以来,「より高く」「より長時間の観測」を目標に気球工学部門は発展してきた。「より高く」に関して,2002年には10kg 程度の観測器を高度50km以上まで飛翔させることを目標に研究開発を行ってきた超薄膜型高高度気球が高度53.0kmまでの飛行に成功した。この気球は,日本が世界で初めて開発した厚さ3.4μmのポリエチレンフィルムで製作され,容積が60,000m3であった。到達高度53.0kmはこれまでの世界最高高度51.8km30年ぶりに更新するものとなり,世界でも高い評価を受けている。現在はさらに薄いフィルムの開発が進められており,製造用ダイスの開発,巻き取り装置の改善等により,試作フィルムとしては厚さ3.0μmができている。フィルムの機械的性能試験の結果では問題なく気球材料と使用できる性能を有している。この3.0μmフィルムを用いて,容積60,000m3の気球を製作し飛翔させた場合,高度55.0kmまで飛行させることが可能で,更に,1.5倍の容積90,000m3の気球では,高度60kmまでの飛行も夢ではない,現実のものとなる日もそこまで来ている。一方,重量500kg程度の観測器を高度40km以上で実験を可能にするための,フィルム厚20μmで製作される大型気球の開発も進めている。これまで日本で成功している最大容積の気球は200,000m3であるが,2003年度500,000m3の大型気球の飛翔試験が計画されており,成功すれば,さらに質の良い高精度な科学観測が可能になるものと期待される。




 一方「より長時間の観測」に関しては,これまでに開発してきた飛翔方法には,ブーメラン気球,パトロール気球,気球中継気球,衛星中継気球等であり,日本で最長観測時間は87時間,約3.7日間の観測が行われた。また,日中共同大洋横断気球や日露共同実験のカムチャッカから放球しモスクワ近郊で回収する実験では2〜6日の観測が行われた。更に南極周回気球では南極の夏の時期に放球し,約1ヵ月間の周回飛行も行われてきた。最近,日没時でも気球内ガス温度の低下量を軽減するための気球材料の研究開発も行っている。温度低下量を半分にすることができれば,倍の飛翔が可能となる。また,世界でも最近開発が活発に行われている気球内部に圧力をかけておくスーパープレッシャー気球の開発研究も進めている。従来の大型気球重量と同等で,内圧に耐えられる気球材料の開発製造が行われ,将来のスーパープレッシャー気球の誕生を実現できるものが開発されつつある(写真は直径3mのパンプキン型気球の破壊試験)。この様な気球が完成すれば,日伯豪共同実験のようにブラジルから放球しオーストラリアで観測器を回収する飛行計画も可能になり,2週間程度の長時間観測ができる(図)。




また,南極での実験を計画すれば高度40km以上で100日間程度の観測時間を実現できるものと期待している。宇宙科学研究所は,今年10月より宇宙開発事業団,航空宇宙技術研究所と統合されることとなった。この機会に,大気球事業を宇宙科学,宇宙工学を支えるつの重要な手段として,また,宇宙開発技術者の自由な発想を実用に結びつけていく手段として,しっかりと位置付け,大気球事業の拡充がなされることを強く希望している。

(やまがみ・たかまさ) 


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