No.268
2003.7

ISASニュース 2003.7 No.268

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“天よ裂け,地よ裂けよ,はやぶさは幾千里の彼方に旅立つ”

帯広畜産大学 根 本 義 久  

 平成15年5月9日(金)午後1時29分,大きな夢と期待がつまった1機の小さな探査機が文部科学省宇宙科学研究所・鹿児島宇宙空間観測所(鹿児島県肝属郡内之浦町:大隅半島の東南端)から大空に飛び立った。2km先の射点で静座していたロケットに閃光が走った。一瞬に広がった白煙の中から上部が白,下部がメタリックグレーの直径2.5m,長さ約30mの機体が射角を保ったまま,ランチャーを駆け上った。と同時に,天も裂けよ,地も裂けよ,とばかりの雷鳴に似たバリバリという空気を切り裂く音が耳を突き抜け,五臓六腑にしみわたるショックウェーブが体に心地よくあたる。「うまく行ってくれよ。」思わず,心の中で叫ぶ。機体は,所定軌道を刻一刻と駆け上がっていく,白煙を残して。

 約75秒後段のうちの第段が切り離され,第段の点火により膨張する白煙の端から,第段が推力を失い,ゆるやかにおだやかに落ちてくる。「よし,前回の宿題はクリアしたぞ。」。所定軌道延長上にポッカリと空いた青空の中,第段も順調に駆け上がっていく。この頃には,青い空に白煙をひく白い点が見えるだけとなっているが,3分から4分たったろうか,第段もきれいに分離され,第段が点火するのがはっきり分かった。

 水平飛行に移った機体の仕事は,探査機の分離だ。しかし,この探査機は直接惑星間軌道に投入されるため,日本の持つ追尾ネットワークでは分離は確認不可能であり,米国のNASAに追尾が託された。

 約30分後,鹿児島空港に向かうタクシーの中,時事通信からのメール号外で,分離の確認,打ち上げ成功を知った。本当にホットしたと同時に,良く知る関係者の破顔一笑が脳裏に浮かび,妙にうれしくなった。同乗したこの研究所のOB先生にも,「先生,分離確認,打ち上げ成功と時事が伝えてますよ。」と伝えた。車内に安堵の空気と歓喜の声が満ちあふれた。こうして,緊張と感動の1日はくれようとし,一路,東京へと鹿児島空港から,成功を祝うかのような虹色に彩色された飛行機で飛び立った。感動の余韻を残しながら・・。

 思えば,私が宇宙を担当した期間は,天国から地獄に突き落とされる(もっとも,当事者はもっと深刻だった。)繰り返しだった。あるいは,逆に自分が疫病神なのではないか,と真剣に思い悩む繰り返しであった(繊細な人だったら,本当に自殺をしていたかも知れないくらいかと思う)。このロケットの前号機の打ち上げは失敗だったが,原因究明を良く知る私が思うには,本当に不運であったとしかいいようがないところが推定原因だったりするので,“不運”という言葉が私の心に重くのしかかる。衛星用ロケットとしては2機,観測ロケットといった小さなロケットでも数機,探査機・衛星の不具合も集中という,この研究所が開発初期のトラブルを克服し,順調に打ち上げを重ねたきた歴史の中の不具合・失敗の実に約6割から7割に関与したことになる。この3月までも,打ち上げを間近に控え,「絶対に関与しないようにならなくては・・」と心に念じていたところであり,4月に担当から離れ,直接担当しない立場で立ち会った打ち上げ成功に,いささか不本意ではあるが,“ああ,やはり,科学では割り切れないディスティニーといった非科学的な事実があるなあ”と思い,“でも,そうなって本当に良かった”と心にのしかかっていた暗雲を払いのけた気がした。

(ねもと・よしひさ:前文部科学省宇宙科学専門官) 


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