No.258
2002.9

<研究紹介>   ISASニュース 2002.9 No.258

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銀河団の進化を探る

宇宙科学研究所 山 崎 典 子  



 銀河団とは,その名の通り,数十個から1000個程度の銀河が1000万光年以内程度の狭い領域に集まっている宇宙でも最大規模の天体です。1000万光年が狭い? と思われるかもしれませんが,銀河の直径を約10万光年とすると,直径の100倍の範囲に1000個仲間がいるわけです。一方太陽に最も近い恒星,αケンタウリまでの距離4.3光年は,太陽直径の3000万倍にあたります。銀河団の中には,銀河が集まっているということがおわかりいただけるかと思います。残念ながら,銀河団の様子を肉眼で見ることは無理ですが,望遠鏡を使えば銀河が集まっていることがわかります。写真はヘルクレス座銀河団の様子です。このような銀河団をX線,すなわちよりエネルギーの高い光でみると,可視光とは全く違ったものが見えてきます。さらにX線の観測からは,光を発しないダークマターの存在が示されます。本稿では,「あすか」衛星を始めとするX線による銀河団観測でわかってきた銀河団の進化について御紹介します。


図1 ヘルクレス座銀河団の可視光での画像


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 さて,今度はX線で銀河団をみてみましょう。図はX線で全天で最も明るい,ペルセウス座銀河団を「あすか」で13回,計5日以上かけて観測した結果です。等高線のようにかいてあるのが,X線の強度を示しています。地図の上の山のように,中心にいくほど明るい,X線で輝く固まりがあることを示します。つまり,銀河と銀河の間からもX線が放射されているのです。どのようなX線がでているのか,X線スペクトルをとって調べてみると,数千万度の温度をもつ,電離したプラズマからの放射と考えられることがわかります。これを銀河間ガス,と呼びます。銀河間ガスのX線強度は電子密度の2乗と体積の積になっているはずで,銀河団の大きさはおよそ分かっていますので,銀河間ガスの密度や,全質量を求めることができます。銀河間ガスの密度は,銀河団の中心でも100立方cmに原子1個程度,周辺にいくにつれ密度はどんどん下がり,その千分の1から1万分の1になります。我々の銀河系の中の星間ガスは1立方cm1原子程度なので,銀河間ガスは非常に希薄なガスです。これでも宇宙の平均密度よりは100倍以上濃いといえるのです。


図2 ペルセウス座銀河団のX線での画像。
   色の濃さは銀河間ガスの温度を示す。


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 ではなぜ,銀河や銀河間ガスは銀河団に集められているのでしょうか,そして銀河間ガスはこのような高温にまで熱せられたのでしょうか。銀河団は重力によって束縛された「自己重力系」である,と考えられています。つまり,宇宙の中で少し,密度の高いところがあると,重力によって周りのものを引き寄せ,さらに密度が高くなっていき,重力によって束縛されているということです。銀河間ガスの量と温度はわかっていますから,これだけのガスを閉じ込めておくにはどのくらいの重さは必要か,ということから,銀河団中の質量分布を求めることができます。図には,ある半径より内側にある質量を示しました。すると,この質量は,銀河団に含まれる銀河,つまり星たちの質量と銀河間ガスの質量を足したものの10倍にもおよびます。つまり,銀河団には可視光でもX線でも光っていない,ダークマターが大量に含まれていることが示されたのです。


図3 A1060銀河団でのある半径内の質量。
   星(点線),ガス(破線)そして全質量(実線)


 巨大な重力ポテンシャルとつりあうために,銀河や,銀河間ガスは,大きな運動エネルギーを持ちます。その結果銀河間ガスは数千万度の温度になりました。この銀河間ガスの1個の粒子あたりのエネルギーが,ちょうど「あすか」の測定できるエネルギー範囲0.5-10keV(キロ電子ボルト)とほぼ一致しています。そのため「あすか」はX線画像をとり,かつこのような温度を精度よく決定できる初めてのX線衛星となり,銀河団の内部構造を詳細に調べることができました。「あすか」によって銀河団の進化に関する理解は格段にすすんだといってよいでしょう。

 「銀河団の進化」,という場合につの意味があります。つは,銀河団の中の進化です。これは銀河間ガスの加熱,銀河から銀河間ガスへの重元素放出や相互作用,などで宇宙における物質の進化の解明にとって重要なことです。もうつは,銀河団を形成した宇宙の進化についてです。自由落下によって物質が集められたとすると,銀河団ができるまでの時間は,ほぼ宇宙年齢と同じくらいかかります。つまり,銀河団はまだ形成途中にあるのです。実際,銀河団の大きさは属する銀河の数にして,数個から1000個くらい,と大きな幅をもっていて,規模の小さな銀河団が衝突合体して大きくなっていくと考えられています。銀河団の数や明るさの分布は,いわゆる宇宙論的パラメータや,宇宙初期の密度ゆらぎがどうなっているか,を調べるうえで重要な手がかりを与えます。

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 ペルセウス座銀河団の図の中で細かくメッシュにきって色を塗ってあるのは,X線で測った温度を表います。このような結果は「あすか」が始めてもたらしたものです。我々は,かみのけ座銀河団,おとめ座銀河団,ケンタウルス座銀河団,AWM7A1060など多くの銀河団の内部の温度構造,重元素量構造を調べました。その結果,銀河団の中の温度は一様ではないことを明らかにしました。例えば我々に一番近いおとめ座銀河団は,M87からM49へと南北にのびた形をしており,まだ力学的緩和がすすんでいないと考えられます。M87M49のちょうど中間のあまり銀河がいない部分の温度は周囲より2倍も高いことがわかりました。これは,銀河団が成長する過程で,ある程度の大きさにまとまったサブクラスターが周辺から落ち込んでくる,という予想と一致します。つまりM49を含むサブクラスターの衝突によって,温度があがっているのではないか,と考えられるのです。このような温度構造は,銀河間ガスが希薄で,巨大なために数10億年も痕跡は残ることが示されているため,銀河団内部の温度構造は,銀河団の進化の歴史をたどるてがかりとなります。


図4 おとめ座銀河団の温度


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 また,「あすか」によるX線スペクトルをみると,電離した鉄やシリコンに特徴的な輝線があることがわかります。いわゆる宇宙初期最初の3分間にできる元素は水素とヘリウム,ごく少量のリチウムなどで,鉄やシリコンなどの「重元素」は星の寿命の終わり,超新星爆発によって作られたものです。すなわち,銀河間ガスに重元素があるということは,一度星になったバリオンが,銀河から銀河間ガスに放出された,ということを示すのです。「あすか」はこのような重元素の空間的な広がりを調べました。ここでは長く述べませんが,銀河団によってかなり様子が違い,複雑な様相をみせています。おとめ座銀河団やケンタウルス座銀河団では,中心部で,非常に重元素が多いく,これは中心にいる銀河の星形成活動が活発であるためのようです。ペルセウス座銀河団や,AWM7では全体になだらかな分布を示し,銀河の分布に沿っているように見えます。かみのけ座銀河団や,A1060では「あすか」では重元素は一様に見え,なんらかのかきまぜ機構が働いたかのように見えます。また鉄,シリコン,など元素の種類によっても違いがみられ,銀河団形成のいつ,どのような超新星爆発が起きたかということを反映しているようです。

 「あすか」によって,始められたこのような研究は,同じようなエネルギー範囲で観測が可能なアメリカのチャンドラ衛星,ヨーロッパのXMM-ニュートン衛星によってさらに進められようとしています。角度分解能に優れたチャンドラ衛星によって,より細かな構造も見え始め,銀河と銀河団の相互作用についての研究が重要になってきています。XMM衛星は,銀河団の中心部を詳細に調べています。銀河団中心部は,これまでX線放射をだすことによって,段々エネルギーを失い冷却していると考えられてきましたが,それだけではなく未知のエネルギー供給源もあるようです。2004年度に打ち上げられるASTRO-E2衛星には,これらとは全く別な観点からの情報を得ることのできる検出器が搭載されます。つは,エネルギー分解能にすぐれたXRSです。輝線のエネルギーを用いて,銀河間ガスの運動速度を直接測定したり,電子とイオンの温度が同じかどうか,など熱的状態をより詳しく見ることができます。また,より低温の,宇宙の大構造を形作るガスをみることもできるかもしれません。もうつは,よりエネルギーの高いX/γ線に感度をもつHXDです。銀河団の衝突合体や,銀河間ガスを加熱していく過程で粒子加速が起こっている可能性を探ることができます。新たな観測により,より銀河団についての知見を深め,また新たな謎に出合うことを楽しみにしています。

(やまさき・のりこ) 


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