No.255
2002.6

ISASニュース 2002.6 No.255

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第10回

シリコン結晶の基礎研究を宇宙で
 dash マランゴニ対流の解明 dash  

東京都立科学技術大学 航空宇宙システム工学科  
日 比 谷 孟 俊 

 IT社会をハードの面から支えているのが,半導体チップ技術である。その素材であるシリコン単結晶ウエハの大口径化と高品質化が進行している。シリコン単結晶成長を支配しているのは,固液界面における熱と物質の輸送現象である。これには,浮力による対流,融液自由表面でのマランゴニ対流(表面張力対流),坩堝や結晶の回転による強制流,さらに固液界面近傍でのドーパントの拡散が深く関わっているが,マランゴニ対流に関しては,未だよく理解されていない。マランゴニ対流の強度は,マランゴニ数と呼ばれる無次元数によって示される。この値が臨界値を超えると,流れに不安定性を生じ,振動流から乱流へと遷移してゆく。振動流になると固液界面で温度が振動し,拡散層厚さも振動することが予想される。結晶にはこれを反映して,成長縞と呼ばれる組成の不均一性が導入される。したがって,マランゴニ対流の不安定性を調べることは,マランゴニ対流が結晶成長に及ぼす影響を解明する上で,最も重要な切り口の一つである。

 微小重力環境は,浮力の効果を排除し,マランゴニ対流だけを抽出して観測できる理想的な環境である。筆者らは,宇宙開発事業団が運用している実験用小型ロケットTR-I-A,およびジェット機の放物線飛行が作る微小重力環境,さらには地上において,シリコン融液柱におけるマランゴニ対流を研究してきた。

 溶融シリコンのような低プラントル数の不安定性は,戻り流における不安定化として理解されている。これにより,液柱内部には非軸対称性を有する低温度場が生成し,これが液柱の周方向にm=2Γで示す波数を有して振動する。ここでΓは形状比であり,液柱の高さと半径との比である。液柱の周方向に配した複数本の微細熱電対やCCDカメラが検出した液柱表面温度振動の位相関係,2方向から観察した固液界面位置の振動,位相シフト干渉法による液柱表面の振動,エックス線により可視化視されたトレーサ粒子の挙動(図1参照),さらには,育成した結晶中に残された成長縞の観察から,液柱内部の非軸対称温度場の生成と振動を実験的に捉えることができた。シリコン融液と同一の密度を有するトレーサ粒子を準備することは極めて困難であることから,地上においてマランゴニ対流を可視化観測することは不可能に近い。その意味で,微小重力環境の利用は,シリコン融液におけるマランゴニ対流の研究において,極めて有効な手段である。


図1 エックス線により,世界ではじめて可視化観察された
   溶融シリコンのマランゴニ対流。          

 シリコン融液のマランゴニ対流に特徴的なことは,マランゴニ対流の強度が雰囲気酸素分圧に顕著な依存性を示すことである。図2に,微小重力下ではじめて観測された,流速と雰囲気酸素分圧との関係を示している。酸素分圧の増加に伴い,マランゴニ対流の強度が減少してゆく。これは,マランゴニ対流の駆動力である表面張力の温度係数が,雰囲気酸素分圧に依存するためである。このことは,共同研究者である九州工大の向井教授によって,見事に解明された。溶融半導体において,表面張力および温度係数が雰囲気酸素分圧の関数として精密に測定された最初の例と言えよう。このことから,酸素供給源のないフローティング・ゾーン法と,石英坩堝を利用することからリコン融液に酸素が溶け込んでいる引上法とでは,結晶成長時のマランゴニ対流の様子がかなり異なっていると予測できる。


図 2 トレーサ粒子の移動速度として観測されたマランゴニ対流の
   速度の雰囲気酸素分圧依存性。              

 フローティング・ゾーン法と引上法とでは,酸素に関する環境が異なるばかりでなく,融液の形状も異なっている。前者が液柱形状をとるに対し,後者の融液表面は平面である。図3は,引上法融液の表面を模擬した,薄い融液の表面におけるマランゴニ対流の観察結果である。坩堝の端から中央のダミー結晶に向かって強い流れがあるが,CCDカメラを用いて熱画像として解析すると,ダミー結晶から放射状に伸びた黒いパターンの存在が見られ,これは,流れとほぼ直交して周方向に移動している。これは,低プラントル数流体におけるhydrothermal waveを実験的にはじめて観察した例ではないかと考えている。


図3 引上法を模擬した平面シリコン融液に観察されたhydrothermal wave

 平面型のマランゴニ対流についても,浮力対流を抑制できる微小重力環境を利用することにより,実態が明らかになることが期待できる。この結果,地上における引上法結晶成長の技術がさらに向上することが期待できる。

(ひびや・たけとし) 


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