No.255
2002.6

ISASニュース 2002.6 No.255

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第32回

地球を観測するスペーステレスコープ

国立極地研究所  田 口 真  

 ガリレオが自ら考案した望遠鏡で木星の衛星を発見して以来,望遠鏡は天体観測にはなくてはならない観測機器です。最近では「ハッブルスペーステレスコープ」や赤外線望遠鏡「すばる」が目覚ましい観測成果を上げています。これまで利用されてきたあらゆる望遠鏡は視野を地球の外へ向けていました。しかし逆に地球の外から地球を眺める珍しい望遠鏡が登場します。

 2005年に日本で初めての本格的月探査衛星SELENE(セレーネ:ギリシャ神話の月の女神)が打ち上げられます。SELENEは月の表面組成,地形,磁場,重力場,プラズマ環境等,主に月の科学を研究するために,13の観測機器が搭載されます。その中のつ超高層大気プラズマイメージャー(UPI)がここで紹介する望遠鏡です。この機器だけは月を巡る軌道上にありながら,月を見ずに常に地球の方向を向きます。UPI2台の望遠鏡で構成されます。1台は極端紫外光を使って地球のプラズマ圏を撮像観測することを目的とするUPI-TEX,もう1台は可視光でオーロラや大気光のグローバルな分布を観測するUPI-TVISです。

 TEXについては別の機会に譲り,ここでは可視望遠鏡であるTVISについて取り上げます。国立極地研究所ではオーロラ観測のために明るい光学系と高感度CCD撮像素子を備えた地上観測用カメラを開発してきました。現在それらのカメラは南極昭和基地,南極点基地や北極の観測拠点で活躍しています。TVISはそれらの開発で培われたノウハウをもとに生まれました。地上で使用される全天カメラの視野180°に対して,TVISは月から見て地球がすっぽりと収まる視野2.4°という違いはありますが,明るい光学系,狭帯域フィルター,高感度CCD撮像素子を備えるという基本設計は同じです。なぜならば撮像対象はどちらも同じ,動きの速いオーロラや暗い大気光だからです。


UPI-TVISフライトモデル


 小型軽量で,420〜800nmの広い波長範囲にわたってシャープな像を結び,明るくなくてはならないという厳しい条件のもとで設計されたTVIS光学系には,反射・屈折両方を組み合わせた光学系が採用されました。光学ガラス点数を少なく,しかも収差を良好に補正するために,主鏡・副鏡には裏面反射を利用しています。透過帯域幅約2nmの干渉フィルター4枚と近赤外領域を透過するバンドパスフィルター1枚の切り替えで,オーロラや大気光の輝線スペクトルの波長を選択できます。CCDは高感度でしかも機械式シャッターが不要なフレームトランスファー方式です。量子効率は90%を越え,電子冷却により暗雑音を抑えています。空間分解能は地球表面での距離に換算しておよそ30kmとなります。

 望遠鏡の鏡筒にはジュラルミン,チタン合金,インバー,CFRPが適材適所使用されて,熱環境変化が光学系へ悪影響を及ぼすことを抑え,打上げに耐える剛性を保ちつつ軽量化されています。またフィルターは温度変化によって透過特性が変化しないように,外周にヒーターが巻かれて温度安定化が図られています。

 TVIS及びTEXは特殊な2軸ジンバルに搭載されます。第1軸は絶対空間に対する衛星本体の回転運動の軸と同じ方向を向き,同じ角速度で逆回転します。これによって望遠鏡は絶対空間に対して静止します。第2軸は月の地球周りの公転運動をキャンセルします。これで望遠鏡は常に地球を追い続けることができます。

 地球を周回する低軌道衛星(高度300km)では一度に見渡せる範囲は地球半球面積のわずか4.5%ですが,380,000km隔たった月からは地球半球の約98%を一望できます。TVISはこのような衛星軌道の特徴を生かして南北両半球のオーロラ帯を同時に撮像することができます。これによって今まで困難だった南北地磁気共役点オーロラの詳しい直接比較が可能になります。また大気光観測からは超高層大気中を大規模擾乱がグローバルに伝播していく様子を一目瞭然に捉えることができます。UPIは世界初の月を周回するスペーステレスコープとして活躍が期待されています。

(たぐち・まこと) 


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