No.240
2001.3

ISASニュース 2001.3 No.240

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第11回

気球,惑星の空を飛ぶ!

矢 島 信 之  



 1783年,人類は空高く昇る手段“気球”を手に入れました。すると,気圧計,湿度計などを積み,どこまでも高く昇ろうとする科学者達が現れました。無謀にも,何の防護もなしに一気に1万メートル近くまで昇るのですから,命を落とす人もいました。でも,地球という惑星について少しでも多くを知りたかったのです。成層圏が発見されたのも,そうした気球による観測の成果です。時が過ぎ,今は衛星によって宇宙空間から地球を見下ろし,詳しく観測できる時代になりました。

 さて,他の惑星の探査では,上記の経過とは逆向きに,探査機はまずは惑星の衛星となって観測を始めます。そして,次の段階では,より接近して観測しようと,地表にまで降り立つか,大気があれば気球を浮かべようとするのは当然の流れとなります。ローバーのように地表を動き回るのも有効な手段ですが,気球の魅力は,風に乗って広く浮遊することです。

 大気があって気球を浮かべることができる惑星は,火星,金星,土星の衛星タイタンです。大気の主成分は,火星と金星が炭酸ガス,タイタンが窒素です。また,木星,土星,天王星,海王星は水素のガス体で,それより軽い気体はないため,熱気球の原理で浮上するしかありません。地表の圧力,温度を比べると,タイタンが地球に一番近く,火星は地球の成層圏に相当します。特異なのは金星で,90気圧470℃の高温,高圧の世界です。高度50kmでやっと地球表面と同じです。しかも,高度50kmから70kmにかけて硫酸の雲があり,地表を視界から遮っています。

 気球が浮遊したことのある惑星は,今のところ金星のみです。それは,旧ソ連,フランス共同のプロジェクトでした。(1985年Vega1号2号,高度50km)。それ以降実行に移された計画はありませんが,多くの研究があり,さまざまなアイディアが提案されています。

 私達は,気球工学部門を中心に,金星の20km以下の低い高度に気球を浮かべようと研究しています。そこは,300℃20気圧以上という気球を浮かべるにはとても厳しい条件です。私達の考えている気球は,地球上のそれとは異なり,直径1m程の金属製の球です。高温,高圧に強く,システムもシンプルなのが利点です。課題はいかに軽く作るかです。

 最近耐熱温度が500℃にもなるPBOというフィルムが現れました。その温度に耐えるフィルムの接合法は未開発ですが,膨張型の気球の可能性も大きくなりました。上記金属気球と組み合わせた,おもしろい気球も考えられます。

 搭載装置も高温に耐えられなければなりません。前々号で紹介された,高温エレクトロニクスに熱い期待が寄せられています。それでも動作範囲外の場合は,冷却器を用意しなければなりません。

 火星とタイタンは温度も低いので,地球と同じような薄いフイルムで作った大型の膨張型の気球を浮かべることができます。しかし,現用の気球は,満膨張になるとガスが溢れ出る排気孔を持っているため,日没とともにガス温度の低下で体積が収縮し,高度が下がってしまいます。これを補償するには,バラストを投下しなければなりません。はるばる遠くまでバラストを運ぶのも無駄なことですし,そうしても飛翔日数が飛躍的に延びるわけではありません。

 いつまでも気球を飛び続けさせるには,排気孔がなく,外気圧との差が増加して上昇が止まるスーパープレッシャー気球を実現する必要があります。私達は,新しい気球設計法を考案し,長年の課題を解決しました(ISASニュース,No.222)。外形はカボチャのように扁平で,表面にはビーチマットのような膨らみが縦に入っています。その小さな曲率半径の効果で,フィルムに発生する力は大幅に減少し,強い気球となります。フライトテストにも成功しました。惑星の空にカボチャ気球が長期間浮遊し,地表の拡大画像や多くの観測データを地球に送って来る日が遠からずくるでしょう。

(やじま・のぶゆき) 


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