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No.237
2000.12

ISASニュース 2000.12 No.237

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タイ王国で象を撫でた

小 林 康 徳  

 11月4日から10日間,タイ王国チェンマイ市のホテルで開催された第6回国際ヒートパイプシンポジウム(6IHPS)に参加し,帰途バンコク市のAIT (アジア工科大学)に立寄ってきた。6IHPSの会議は元々,日本で組織し開催されてきたが,諸々の理由で第5回目から東南アジア・環太平洋地域の国々に開催地が広げられた。2年後は韓国で第7回目が開かれる予定である。環境汚染やエネルギー問題に悩まされている事情はどこの国や地域も同じで,「ヒートパイプ」という熱輸送デバイスに何らかの期待を寄せる気持ちはアジア地域にはまだ強い。いま世界中に出回っているほとんど全てのノートブック型パソコンにはヒートパイプが埋め込まれているが,その供給源は日本と台湾でほぼ独占している。このような事実もアジア諸国を刺激しているのかもしれない。会議は5日間,参加登録者は114名でその2/3は外国からの出席者であった。

 タイ王国は初めてであったが,評判通り王様を心から愛し尊敬している国であった。総じて人々は穏やかでゆったりとした時間の流れの中で暮らしているという印象が強い。これは多分,私たちが滞在したチェンマイ市が首都バンコクから約600km北にある古都であったことにもよるだろう。海抜310mに位置し,平均気温はバンコクより数度は低いという。20世紀初頭にタイ王国に大同団結するまでは600年の歴史と独自の文化を持つラーナタイ王朝の首都であった。年輩諸氏にはユル・ブリンナー主演の「王様と私」の映画・演劇でお馴染みのダンス大好き王様が活躍した舞台である。現在の人口は約60万人,タイで二番目に大きい都市だそうたが,国の総人口の一割を抱える国際都市バンコクの1/10に過ぎない。市の街中は「古都」からイメージする静寂や清新な雰囲気とは遠く,騒音と車の排気ガスで淡く霞んでいる。人々も街並みも地味な色彩を装うチェンマイ市内にはしかし,度外れて金ピカで華麗な寺院が新旧大小,合わせて300寺ほどあるという。中に鎮座する仏陀たちも眩いばかりの金色に輝いている。周囲の街並み風景と際立つコントラストである。象が神聖な動物として祭られ,様々な姿態の塑像や壁画が祭られているのも特徴的だ。上仏座仏教の正体を知りたくなった。

 チェンマイ市を北西に向かえば直線距離100km強でビルマ,北東方向に200km程でラオスの国境にたどり着くが,会議中の行事でその国境近くの象の飼育公園の一つを訪れた。そして,初めて神聖なる象の背中に乗った。乗ったと言っても2人掛けのスキーリフトに似た木枠の中に収まるわけだが,背上から眺めると象の背中は馬の背のように丸くも広くもないことに気がついた。もちろん馬よりずっと胴幅はあるが,背中あたりの勾配は結構急なのである。それに背骨列が10センチ位高く突き出ていて歩行とともに大きく蛇行する。つられて木枠もゆらりゆらりと左右に大きく揺れる。乗り心地は決して良くない。象の頭は才槌頭でてっぺんに人ひとりが座れるほどの広さがある。この特等席には象使いの少年が腰掛ける。10頭くらいが私たちを背に列を連ねて小一時間,川の浅瀬を渡り,森の中の獣道や小さな沢をただ黙念とノシリノシリ歩いてくれた。象たちは運命を達観しているに違いない。はしゃいでいたのは背上の人間様だけ。我々を目的地に下ろすと今日の稼ぎは終わったのだろう,三々五々象たちはご主人を頭に乗せて森の中に消えていった。山岳の少年も象もいたって無口ではにかみ屋であった。

 タイ王国の旅で受けた最大のインパクトはやはり品物や労賃が圧倒的に安いことだろう。北部住人の質素な生活風習,土産物売りの子供達の必死な目,物の値段と人々の人格を混同し兼ねない危うさを覚える。まこと,私はタイで経済システムのからくりの一端を見た思いがする。これらの物品はおそらくバンコクに拠点を置くブローカー達を介して,何倍もの商品価格になって日本市場に流れ込むのだ。バンコクを中心に推定20万人もの有象無象の日本人がはびこる所以である。仏教徒の国,タイ王国はしかし,私たちにまだまだ大いなる郷愁と好奇心を抱かせる異郷である。チェンマイ市の城壁やアユタヤ遺跡の膨大な量の赤レンガ,曲々しきエメラルド寺院,バンコク郊外の巨大な食料品卸売り場の雑踏と異臭,水上ラーメン屋の珍味,等など。それに,夜のバンコクはもう一つの異郷が現れる。蒸し暑さと人いきれ,片言の日本語,陳列棚の美女達,酒と踊り・・・。日本人は醜いか。私はタイの王様と人々と拝顔した諸々の仏陀に密かに合掌して帰路についた。機内は買い物袋で膨れ上がったツアー客で満席。座席の窮屈さに優しい気分はすぐに吹き飛び,成田の寒気で心底が震えた。異郷からの帰還である。

(こばやし・やすのり) 



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